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『ちいかわ』現象:『ちいかわ』ヒットの要因とSNS発コンテンツの未来とは?

「ちいかわ(なんか小さくてかわいいやつ)」は、「日本キャラクター大賞2022」でのグランプリ獲得を皮切りに、今、最も注目度の高いキャラクターIP(知的財産)である。

今回は、『ちいかわ』のヒット要因について、マーケティング的なエッセンスで考察してみたいと思う。

※本記事は私個人が集めたデータを、私なりに分析した記事となります。個人的見解・意見を述べるものであり、所属する組織の公式見解を示すものではございません。

そもそも『ちいかわ』とは?

ちいかわ』は、SNSで活躍するクリエーター:ナガノ氏が2020年にTwitterで展開し始めた漫画作品である。

現在ではキャラクターライセンスを専門に取り扱う株式会社スパイラルキュートがプロデュースしているIPだ。

本記事では、IPビジネスのメカニズムに言及しつつ、『ちいかわ』そのものや、主にスパイラルキュート社のプロデュース戦略に焦点を絞って考察する。

『ちいかわ』が展開しているドメインと、そのユニークネスについて

まず『ちいかわ』が展開するのは、主に日本の国内キャラクタービジネス市場というドメインである。

国内キャラクタービジネス市場の特徴

2023年の日本国内の市場規模は約2.6兆円で、世界規模では220兆円と推定される。少子高齢化等の影響により、成長速度は遅くなっているが、市場の規模は大きい。

なかでも近年登場したのが、「SNS派生型IP市場」というサブドメインである。

これは、2010年代のSNSの登場以降、個人クリエーターが自分の作品・キャラクターを自由に公開・発信できるようになったことで生まれた新しいIP市場である。

キャラクタービジネス市場:相手にしている顧客の特性とは?

国内キャラクタービジネス市場の顧客は、主に2つに分かれる。

  • キャラクターに愛着を持ち、関連商品を購入するエンドユーザー(生活者/toC)

  • 様々なメディアや商品でキャラクターを利用する事業者(toB)

エンドユーザー(生活者/toC)

キャラクタービジネスにおいて、基本的なターゲットは子ども(とその親)である。しかしながら、近年では「オトナのキャラ好き」というクラスタが増えている(特に女性)

この背景には、

「小さい頃からキャラモノが好きで、そのまま大人になった」
「昨今の推し活ブームで、キャラを自分のアイデンティティとして捉える」
「コロナ禍での巣ごもりの中でアニメコンテンツのファンになった」

といったクラスタ(オトナ女子)が近年増加していると考える。

実際、少々古いデータではあるが、キャラクター・データバンク社の2017年にデータによると、オトナ女子市場は年々拡大にある。

(※そして、後に詳しく触れるが、『ちいかわ』ヒットの源泉になったは、こうしたクラスタからの支持が大きかったのではないか?というのがボクの仮説だ)

株式会社キャラクター・データバンク「“オトナ女子” 研究プロジェクトⅡ 」2017年9月より

様々なメディアや商品でキャラクターを利用する事業者(toB)について
とりわけ事業者(toB)は玩具メーカーやイベント企画会社、広告代理店など、多岐にわたる。これらの企業との取引には、高度なビジネスノウハウが必要である。

具体的には、様々な事業者と付き合いながら、

IPのレピュテーションリスクを常に天秤にかけつつ、

「IPのブランド管理・拡大」
「売上の最大化」

を行う専門的なスキル・ノウハウが必要になる。

キャラクタービジネス市場:経済性に関する考察

IPビジネスの収益は、主にライセンス供与によるロイヤルティ収入である。ロイヤリティは一般的に、出版10%、グッズ15%、広告タイアップ20%が相場となる。

■IPビジネスのうまみ

・参入障壁が低い
IPビジネスでは、製造業や小売業に比べて、設備投資や在庫が必要ない。基本的には、「人気が出そうなIP」さえあれば誰でもスタートできるビジネスだ。よって、参入障壁は非常に低いといえる。

・(運良く人気IPを生み出すことができれば)収益性が高い
仮に一度IPが人気になると、たちまちライセンス契約が結ばれ、継続的な収入となる。版権は原価がかからないため、収益性が高いのが一番のうまみだ。

さらに、IPの種類によっては、様々な業界・業種とのコラボレーションができる。IPのブランドが確立されることで、市場での独占的なポジションや、長期的な競争力につながる。

要するに、運良く人気IPを生み出すことができれば、自動的にじゃぶじゃぶと収益を生み出してくれる魅力的なビジネスである。

■IPビジネスのつらみ

・そもそも何が人気になるのか?の予測が不可能
しかしながら、そもそも流行り廃りが激しい生活者のニーズやトレンドを捉え、人気が出そうなIPを創出することは大変困難である。

基本的に映画と構造は同じで、いくらコストをかけたとしても、売れないIPは徹底的に売れない。

・ヒットしても賞味期限は限定的
更には、その人気を長期的に維持するのは、非常に難しい(一般的にどんなにヒットしたIPでも、賞味期限は『5年』といわれる)

IPビジネスは、他のエンタメビジネス同様、ハイリスク・ハイリターンなビジネスである。

これまでのIPと一線を画す「SNS派生型IP」

そのためこれまでは、ディズニーなどのIPの創出・商品化・映像化・商品化などのメディアミックスに関するノウハウ・バリューチェーン・ネットワークを持っている事業者が主なプレイヤーであった。

もちろん、これまでもニッチなマーケットで人気のあるキャラクターは存在した。しかしながら、これらはメインストリームになることは難しかった。どこまで行っても「ニッチ」な存在だったのである。

ところが近年、こうした状況に変化を訪れる。そう、SNSの登場である。

クリエーターがSNS上で自由に作品・キャラクターを発表できるようになったことで、様々キャラクターが人気を博すようになった。ここでは、そうしたキャラクター群を「SNS派生型IP」と呼ぶ。

<SNS派生型IPの例>
・コウペンちゃん
・ベタックマ
・うさぎゅーん
・おぱんちゅうさぎ

スパイラルキュート社代表の川上氏も言う。

コウペンちゃんのようなキャラクターが生まれてくるのもそうですが、ビジネスを仕掛ける選択肢が増えました。

たとえば、映像化にしても、昔は媒体としてはテレビくらい。代理店が入って大企業がスポンサーにつかないとダイナミックなビジネスに参加できませんでした。僕らみたいな規模の小さな会社は指を加えて見ているしかなかったんです。

でも、いま、SNSがテレビの対抗馬にまでなるまでに成長して、むしろ、YouTubeがテレビよりも影響力を持つ時代になった。しかも、SNSは基本的にタダ。技術的にも独自のコンテンツを作るハードルは下がりましたし、もっともっといろんなことができるんじゃないかと思っています。

https://media.moneyforward.com/articles/4425


SNS派生型IPの特徴とジレンマ

では、SNS派生型IPの特徴はなんだろうか?

■SNS派生型IPのうまみ
SNSを起点としたキャラクターは、主にクリエーター個人の感性・熱量によって生み出される。

・従来のIP企業が生み出せないような個性的なキャラクター
そのため、従来のIP企業が生み出すキャラクターとは全く異なるような、生活者のインサイトを的確に捉えた個性的なものが多い(加えて、SNSの特徴として個性的であればあるほど拡散=話題になる傾向も強い)

・インタラクションによりファンとの感情的な結びつきが強い
さらには、クリエーターはSNSを活用することで、「いいね」や「リツイート」など、直接的な交流やファンとのダイレクトなコミュニケーションが可能である。

そのため、クリエーターとの感情的な結びつきとなり、「応援」や「推し」といったコンテキストと結びつきやすくなる。その結果、「盤石なファンダム(ファン集団)」が形成されている。

そうしたこともあり、近年では従来のビックIPたちも無視できない存在になりつつある。

■SNS派生型IPのつらみ
従来のビックIPたちでさえも脅かすSNS派生型IP。彼らにも決定的なジレンマがある。

・競合がめちゃくちゃ多いこと
SNSでは誰もがクリエーターだ。作品を発表するために、書籍の刊行のような手間が全く必要ない。手軽に作品を発表できる分、めちゃくちゃ競合は多くなる。

・認知が局所的であること
発生場所がSNSであるため、存在がSNS内で閉じてしまいがちであることだ。そのため、普段SNSをしない層(子ども/マジョリティ層/シニア層)に
はなかなか届かず、トレンドが局地的になりやすい。

・トレンドの流れがものすごく早い
SNSというユーザが主体でメディアゆえ、定番IPよりも流行り廃りのスピードが激しく、常にトレンドの荒波に晒されている。

つまり、この新しい形のキャラクタービジネスには、

『ワンチャン、ディズニーやポケモンも追い上げるポテンシャルを持ちつつ』生き残りの難しさや、特定の層にしか浸透しづらいという難所もあるわけだ。

これらを踏まえた上で、SNS派生型IPのビジネスのキモとは?

そのため、SNS派生型IPを大きなトレンドにしていくためには、

  • ①いかにビッグIP(従来のIP企業)にはできないような個性的なIPをSNS上で創造し、

  • ②いかにヒットの兆しを適切につかみ、トレンドの波を逃さずに、スピード感を持ってマジョリティ層へと広げていくか?といった、高度な審美眼・判断力・行動力

が重要なのだ。

これらを踏まえて、『ちいかわ』はどんなアクションを取っていったのか?


IPビジネスの特性を押さえた上で『ちいかわ』を考察してみる

『ちいかわ』の内容や作品の魅力については、多くのサイトで考察されている。そのため、作品そのものの魅力はそちらの説明に譲るが、やはりIP・作品の「個性的」なキャラクターやストーリーは非常にユニークだと思う。

・ほっこりするストーリー
・日常でのあるある
・子どものときの懐かしい感じ

といった共感性のある内容に加え、

・闇深い世界観。ディストピア的
・思わず考察をしたくなるような裏設定・伏線

など、「かわいい」といった枠組みを超えたギャップこそがこの作品の魅力だと感じる。

こうしたチャレンジングなIPキャラは、従来型のIP企業では生み出すことは難しい。なぜなら、チャレンジングなぶんリスクがあり、一歩間違えると彼らの既存ビジネス・保有IPキャラに対してのレピュテーションリスクがあるためだ。

『ちいかわ』の魅力は、ナガノさんの絶妙なクリエイティブセンスの賜だと思う。

特に、こうした「カワイイだけじゃない、殺伐とした世界観」は近年市場が増えつつある「オトナのキャラ好き」というクラスタのインサイトにぐさりと刺さったと考える(実際、『ちいかわ』のファンは子どもよりも、20-30代の女性が多いという話がある)

「トレンドが局地的になりやすい」というジレンマをどう乗り切るか?

では、スパイラルキュート社はナガノさんが創出した魅力的なキャラIPをどのような形で展開したのだろうか?

特に、

  • ヒットの兆しを適切につかみ、トレンドの波を逃さずにスピード感を持ってマジョリティ層へと広げていくか?

といったSNS派生型IPのビジネスの難所をどう乗り越えていったのか?

そこで、実際の施策を時系列で並べてみた。

■2020年01月:『ちいかわ』公式アカウント設立と連載スタート
■2020年12月:商品展開を開始し、公式オンラインストア『ちいかわマーケット』オープン
■2021年02月:初の書籍『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ(1)』リリースおよびポップアップストア開設
■2021年08月:キディランドとのコラボレーションで「ちいかわらんど」原宿店・大阪梅田店がオープン(2023年08月現在、全国10店舗展開中)
■2022年04月:『めざましテレビ』にてアニメ化され、放送開始
■2022年06月:「日本キャラクター大賞2022」でのグランプリ獲得

各種報道データより筆者作成

上記をグーグルトレンドにプロットしたグラフである。青が『ちいかわ』。赤、黄色、緑は比較用に入力した超有名IPであるA、B、Cである。

グーグルトレンドを元に筆者作成

グーグルトレンドの収集方法が2022年1月に大きく変更しているようなので、一概には言えない部分もあるものの、アニメ化(2021年4月)前後で大きく他のIPのトレンドグラフを引き離しているのがわかる。

やはり『ちいかわ』にとって「アニメ化」は現在のポジションを築くためには重要なアクションであったと言える。

これらのアクションを考察にするに、特筆すべきはやはり驚異的な展開スピードだ。

書籍の刊行からわずか1年後にはアニメ化

特に、書籍のリリースからわずか1年後には『めざましテレビ』でのアニメ放送が始まっている。通常、アニメ企画の実現には2年程度は必要とされる中、『ちいかわ』の進行は非常にスピーディーである。

しかも、ローンチの時間軸で並べてみると分かるが、

「MD化」
「書籍化」
「ポップアップストの立ち上げ」
「アニメ化」

を、ほぼ同時並行・同時展開で実施したと思われる。

膨大な企画を同時並行で進めつつ、山のような契約・監修作業を行うことは、一時的とはいえかなりの負荷がかかったのではと推察できる。

なぜ当時はまだまだ局所的なブームだった『ちいかわ』がアニメ化できたのか?

そもそもIP・作品にとって「アニメ化」というものは、多くの旨みがある。

当たり前だが、IP・作品がテレビというメディア(近年はテレビ離れも叫ばれているものの、影響力はまだまだ強い)に乗り、多くの生活者に届くことで一気にメジャーデビューができる。企業で言うところの、まさに「上場」である。

それにより、さらなる書籍やグッズの売上の売り伸ばしに繋がったり、さらなるメディアミックスの機会にもつながる。

しかしながら、当然アニメ化には莫大なコストがかかるため、多くのリスクヘッジや妥当性に関する検証が行われる。いくら人気の出そうな作品・IPであっても、アニメにするときはそれなりの妥当性が必要だ。

では、なぜ、当時はまだまだ局所的なブームだった『ちいかわ』がアニメ化ができたのか?

その辺の背景がこの記事に詳しい。要するに、アニメ化の背後には、『めざましテレビ』のコンセプトとIPの高い親和性や、SNSを中心に情報を得る20〜30代のファン層の獲得という戦略が番組側にはあったようだ。

つまり『ちいかわ』と『めざましテレビ』の補完関係。具体的には、紐づくクラスタ(ファンダム)の相互送客作用を目指したのではないか。

ただし、これらの補完関係ではまだまだ説得力に欠けると思う。

その際の判断材料であったのが、それまでスピーディーに展開して来たMDや書籍の反響や、ポップアップストアの集客状況が、いわゆる『レバレッジ』として働いたはずだ。

こうした大胆なアクションが、SNS中心のIPが抱える「局地的なトレンド」というジレンマを乗り越え、さらなる大きなトレンドになったと考える。

リスクを取った「アクセル全開でのメディアミックス」がIPを成功へと導いた

結果的にこうしたリスクを取ったアクセルベタ踏みは、結果的に大成功に繋がったと考える。

しかしながら、この時点ではまだまだ先が見えない中で、なぜスパイラルキュート社はアクセルを踏めたのか?

おそらくそのリスクをヘッジする根拠になったのが、ナガノ氏と感情的に繋がっているファン=ツイッターフォロワーと、彼らがゆるく繋がる熱狂的なファンダムがあったおかげだろうと推察できる。


まとめ

SNSによって、誰もがコンテンツを発信できる時代となった。

その中で生まれた超ユニークで個性的、そして魅力的なコンテンツが『ちいかわ』である。

『ちいかわ』は特に「オトナ女子」の心を深くつかんでおり、SNS上で感情的に結びついたファンダムが形成されている。

そして、スパイラルキュート社はこのトレンドの種・波をいち早くキャッチし、スピーディーかつ大胆にメディアミックスを行った。この展開のリスクを軽減したのは、やはりSNS上の熱烈なファンダムであった。

SNSの登場から約10年。

新しいコンテンツの発生が、SNSとSNS上のファンダムを通じて行われる流れは、今後も続くと考えられる。


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