富山で日本の酒造りの最先端を見た
先週初めての富山に訪問。九州とその他主要都市に出張は多いが、北陸や東北は小さい頃から縁がなく、それもあり非常に楽しみにしていた。目的は酒蔵見学。3日に分けて、初日に三郎丸蒸留所と若鶴酒造、T&T TOYAMAの熟成庫を、2日目からIWA、そして満寿泉の桝田酒造店をじっくり見学させていただいた。
以前から何度か飲んだことあり、そして独自の蒸留機で特許を取得していることは知っていたが、伺って更に理解を深めることができた。
まず印象的だったのは、新設された蒸留所に隣接されているリクーパレッジ。リペア・リチャーなどを中心に作業が行われており、昨今の樽の需要増による品質の低下とはよく聞くものだが、フープの位置、ホグスヘッドへの加工、その流派による加工の違いなど、具体的に問題点を把握することができた。この状況下であるとクーパレッジがあることはマストなんだと実感し、自社の樽だけでなく他蒸留所の業務も承っている事で、樽のハブとして重要な役割を担っているのだと感じました。
そして蒸留所で特筆すべきはやはり蒸留機。この特許を取得した「ZEMON」は地元の伝統的な高岡銅器の鋳造技術を組み合わせており、銅が約90%、錫が残り約10%でできている。ウイスキーを始めとする蒸留酒は硫黄成分除去の為、純銅のスチルが使用されるが、錫が含まれると酒質がまろやかになるという。エネルギー効率や寿命も2.5倍ほど伸びるとのことで、実際に持たせていただいたが質量が段違いで実感した。蒸留所には初留・再留の2機がある。焼酎に身を置いているものとしては、焼酎でも使用することがある錫と、洋酒由来の銅スチルが、日本の技術で組み合わさって独自の酒質を産んでいることにロマンを感じざるを得なかった。
次に三郎丸蒸留所から車で20分ほど行ってT&T TOYAMA 井波熟成庫へ。ここでは三郎丸の原酒と、その他蒸留所からニューポットを買い付けて熟成している日本初のジャパニーズウイスキーボトラーズをされてる。熟成庫はスコットランドの気候を再現する設計で、CLT(クロス・ラミネーティッド・ティンバー)構造を採用し、寒暖差を抑え、ダンネージには地面が露出しており、床下の土も活用して湿度管理をいる。温度や湿度そして樽の管理はクラウドで一元化され、随時モニタリングされ、熟成とは人間が意図できないプロセスではあるが、環境を最大限に整えている為、温度差の大きい日本の気候下で熟成されている蒸留所のとは異なる酒質が生まれており、ボトラーズの意義を強く感じさせられた。
翌朝5時半に起床し、富山駅中心から40分ほど、白岩地区にあるIWAへ向かう。まだ朝早く暗くて見えなかったが、道中は絶景の立山連峰の麓に向かっていく道で、日中ならそれも楽しめる。IWAはドンペリのリシャールさんが手がけられてことで日本酒業界では有名だ。自分も以前から取り組み含めて好きであったが、実際に目の当たりにして、想像以上の取り組みに感銘と刺激を受けた。
まず白岩という土地に決めたことが、海や山、田んぼが一望できる絶好のロケーションを最優先に選んだ結果だという。地盤が非常に硬く、地下130メートルから水を汲み上げており、リシャールさんは1991年に初めて来日して日本の食文化に深く魅了され、IWAのパートナーである満寿泉の桝田さんが富山だったので富山に決めたそう。もちろん新しい蔵を建てるには酒造免許の取得が不可欠で、休眠蔵を買い取った形で始めた。
いろんなメディアでも取り上げられている通り、建物は圧巻だ。例えばヤブタ(搾り機)は元々緑なのをわざわざ白塗装で見た目にこだわり、日本人にはなかなか出せない独特の感性を具現化した空間でした。しかし元ドンペリの醸造責任者だからといって、ここまで資金調達するにはかなり大変だったという。
リシャールさんが日本酒を選んだ理由は、ブドウという天然素材を扱うワインよりも人の手が大きく関わる工程に魅力を感じたから。IWAの造りで象徴的なのがアッサンブラージュだ。全体の80%はフレッシュな酒、残り20%を熟成酒とし、瓶熟やワイン樽熟成を含む17種類以上の酒を組み合わせてアッサンブラージュ用の種酒を生み出している。原料米は麹米に山田錦、掛米は仕込みごとに替えており、南砺市産の五百万石を35%まで磨くこともある。満寿泉・桝田さんの「日本市場ではある程度磨かないと受け入れられにくい」という助言に基づく選択でやったそうだが、種酒は市場に出回っていないことから、それさえもあまり知られていない。麹室は、床はコンクリートのままになっていたのだがそれが返って麹を乾燥しやすい環境になった。生酛と速醸、清酒酵母とワイン酵母などを分けて仕込み、酒母室が分割されていることも印象に残った。
それら種酒をアッサンブラージュして、その年の一本が生み出される。アッサンブラージュという言葉は最近よく耳にする機会が増えたが、正直ここまでやっているとは思わなかった。アッサンブラージュ4から、ボトリングしてそこから1年ほど瓶熟成してリリースするようになり、全ては味わいの為、原価と時間を厭わないリシャールさんであるので、ここまでの複雑で重層的な日本酒が創り上げられるのだと実感した。
この壮観な白岩の地を眺めながら朝8:30からの並行テイスティングは一生忘れることがなさそう。
IWAでの見学を終えた後、満寿泉を手がける桝田酒造店へ。この桝田酒造店がある岩瀬地区というのが北前船の港町で昔は栄えていたが、長らく寂れていたが、15年前ほどから桝田社長が都内などからシェフを誘致して、今ではミシュラン掲載の店が数多くあり、作家やアーティストなども集まり、イケてる地域になっている。
そんな岩瀬を訪れたからにはと、昼食はカーヴユノキへ。ここは2009年のオープン当初、それこそ岩瀬が全然盛り上がっていなかった時期から店を構えており、富山の食材を使った一皿一皿が素晴らしく、心からよかった。
そして2日にかけてじっくりと酒造りの現場を見せていただいた。満寿泉は富山を代表する地酒で、5代目の桝田社長が蔵に帰ってきた平成4年から熟成にも力を入れている。自分が蒸留酒寄りの人間であるので、樽や熟成といった要素には自然と目が向いてしまう。ペルノリカールとのコラボ商品LINK8や、アンリジロー樽熟成の満寿泉が好きであったため、今回の見学であらためて満寿泉における熟成の取り組みと、さらに熟成に向いている酒質なんだなとも感じれた。
夜には蔵人たちとの晩酌にも参加させていただいたのは良い経験だ。
最後に酒とは、単なる美味しいなどの物差しを超え、民俗的な嗜好品としての存在意義を標榜している自分にとって、今回の富山で目の当たりにした酒造りは、ヒトの尽きない探究心・情熱と地域の風土が重なり合って生まれるものだと改めて実感し、同時にこうした姿勢を目指さないと先はないと思った。年初から素晴らしい体験をさせていただき、アテンドしてくださった皆様には心から感謝です。