山口遼監督と語る!ゲーム理論×AIによるサッカー戦術分析の可能性
2024年1月17日に、Xのスペースにて、エリース東京FC監督の山口遼さん@ryo14afd、クラファンプロジェクト(3/14まで)の共同研究者の川口さん@mixingale、染谷さん@agiats_footballと一緒に対談したのですが、ゲームモデルを言語化された現役のサッカー監督の考えがとても興味深かったので、文字起こしをして下記に公開することにしました。約85分、2万字以上と読みごたえがありますので、興味のある方はぜひご覧になってください。
音声はこのリンクからX上で再生できるのですが、この日のXの調子が悪く、リアルタイムの音質もですが、録音の音質がかなり悪かったので、こちらの文字起こしを読んでいただいた方が良いかもしれません。
かなり長いので、先にGeminiの助けを借りた要約を入れておきます(ChatGPTだと長過ぎて入りませんでした…)。
阿部(academist) 普段はacademistでは研究者の方々を呼んで、研究について雑談してもらう(Xの)スペースを行っています。今回は特別編として、現役のサッカー監督である山口さんをお呼びして、『ゲーム理論×AI』でサッカー戦術分析の研究プロジェクトを行っている染谷さん、川口さん、藤井さんと一緒に、現場感を伺いながら、これからのサッカー戦術分析について話を伺いたいと思います。早速ですが、簡単に皆さんから自己紹介をお願いします。まずは染谷さんからお願いします。
染谷 東京大学の総合文化研究科、修士2年の染谷です。普段は話題のChatGPTを取り巻く、自然言語処理という分野の研究を行っています。一方で、小さい頃からサッカーをしていて、中高年代はJリーグの柏レイソルというチームにいました。大学では本日来ていただいている山口遼さんにお世話になってサッカーをしてきました。最近は、その経験を生かしながら、今回の話のようにサッカーの研究を進めています。本日はさまざまな話ができることを楽しみにしています。お願いします。
阿部 川口さん、お願いします。
川口 私は香港にある香港科技大学という大学のビジネススクールの経済学部に所属しています。専門は産業経済学で、主に企業や消費者の行動を、データを使って分析しています。そのときに使う方法がちょうどサッカーのような戦術分析でも使えるかもしれないと考えていました。それをさまざまな人に持ちかけていたところ、染谷さんや藤井さんを紹介いただき、今回の研究を始めることになったという流れです。本日はお願いします。
阿部 最初に経済学とサッカー分析が気になりましたが、この後に話をいただけると思います。藤井さん、お願いします。
藤井 ご紹介ありがとうございます。名古屋大学の藤井です。普段は情報学研究科というところに所属し、スポーツとAI(機械学習)について研究しています。サッカーに限らず、さまざまなスポーツを研究していますが、サッカーが好きで研究している学生が多いです。今回も染谷さんや川口さんに声を掛けていただき、非常に面白いプロジェクトを始めることができそうで、楽しみにしています。山口さんの話も非常に楽しみにしています。
阿部 そして山口さん、お願いします。
山口 ありがとうございます。山口遼です。私は鹿島アントラーズというクラブのユースでサッカーをしていました。そこから染谷と似た形で東京大学に進学し、東京大学サッカー部の選手でした。4年生の頃から監督を始めて、指導者を始めて5、6年目ぐらいです。現在は関東1部リーグです。Jリーグから数えると、J1、J2、J3、JFLときて関東1部なので、J5ぐらいのリーグに所属しているエリース東京FCというチームの監督を務めています。このたびは染谷から貴重な縁をいただいたので、ぜひ話を伺いたいと思っています。お願いします。
阿部 皆さんがディスカッションに入る前に、皆さんの研究プロジェクトが一体どのようなものなのかについて、藤井さんから簡単に説明をお願いします。
藤井 私から説明します。サッカーに限らずスポーツ全体で、高画質な映像は手に入るようになってきましたが、選手やプレーの評価が、まだ人の目で行われています。特にプロチームだと人手をたくさんかけて評価しますが、多くの人はそれを利用することができません。そのため、AIや機械学習などの力を使って評価できないかということが、もともとの私たちのモチベーションでした。
今回、染谷さん川口さんと一緒に取り組むクラウドファウンディングの内容ですが、スポーツAIだけではなく、川口さんが経済学で得意とされているゲーム理論を導入し、人間の思考を取り入れることでサッカー分析の革新をめざすものです(後に説明します)。また、スポーツ分析で使えるかどうかを検証するために、現場と連携しなければいけないという課題があります。そこで東京大学のア式蹴球部出身であり、研究もできる染谷さんに誘われた形で一緒に取り組むことによって、現場と一緒により高度な分析ができるとても良い機会をつくっていただき、このプロジェクトが始まっています。簡単に言うと、人間の戦略のようなところをゲーム理論で表現し、それをAIと組み合わせます。AIは大量のデータがあれば非常に賢くなることは、既にChatGPTなどでご存じだと思います。ゲーム理論とAIを組み合わせることによって、サッカー選手が考えている戦略・戦術、意思決定の正確さなどを、より評価できるというのがこのプロジェクトの概要です。
最近ではテレビなどでもゴール期待値という言葉が出ていると思います。ゴール期待値はシュートを打つときに入るかどうかをベースに考えていますが、その1歩前、2歩前にさかのぼって評価することを考えています。サッカーだとボールを持っていない攻撃選手が10人います。10人を評価するためには、より時間をさかのぼる必要があります。あるいは、ボールに関わらない選手も評価できるようにならなければいけません。もともとそのような問題意識がありました。そのような選手たちもしっかりと正確に評価できるようにしようということが、今回のプロジェクトの大ざっぱな内容です。
阿部 ありがとうございます。実は私はサッカーについて、日本代表戦を少し見るぐらいのビギナーです。いつも点が入らないときはどのように見ればいいのかと思っています。今回のプロジェクトが実装されると、観戦の仕方もより楽しくなりそうだと思っています。
藤井 言われたとおりだと思います。本日はサッカーに詳しい染谷さんや山口さんがいます。私はもともとバスケットボール出身なので、サッカーは全く詳しくありません。サッカーの知識が豊富な方の話を聞くのは非常に貴重な機会なので、とても楽しみにしています。
阿部 ありがとうございます。川口さんが聞こえるようになって戻ってきました。川口さん、おかえりなさい。
川口 音声が途切れていたので、どこまで話をされているか分かっていません。藤井さんが言われたように、本日は簡単に私たちの研究内容を概要としてしゃべった上で、それを現場にいる山口さんがどのように使えると感じるのかを主に聞きたいです。それを受けて、さらに必要なところを深掘りして、説明していく感じにすると面白いと思っています。
阿部 ありがとうございます。ここからはバトンタッチをして、皆さんで山口さんと一緒にその辺りの現場感を伺いながら、ディスカッションをしていただきたいと思います。
川口 最初に伺ってもいいですか。私たちが目標にしているのは、藤井さんが言われたように、ゴール期待値という概念を、もう少しサッカーの全局面、全行動に拡張して、オン・ザ・ボール、オフ・ザ・ボールによらず評価できる枠組みをつくるということです。それが可能になった場合、現場の監督としてどのようなユースケースが一番に思い浮かびますか。
山口 現在のサッカーはトレーニング理論や戦術のことが、特にスポーツの中でも結構、発展してきているほうだと思います。実際、先ほど言っていただいたように、サッカーは他のスポーツと比べて圧倒的に点が入りません。私たち現場の人間からすると、ゴールに関わらないところの評価をとてもします。ゴールに関わらないところについて、例えばよく聞く言葉で、ビルドアップのように局面を分けてしまいます。局面ごとに目的意識、どのようなことをしたいのかを定義して、運用するような指導を行っています。そのつながりや局面ごとの目的に対する達成度を定義できると、非常にいいと思っています。
川口 今回、私たちは主に欧州のリーグのデータを使ってモデル学習をしようとしています。それを使う場合ですが、学習に使う欧州のリーグでの、特定の局面があります。例えばビルドアップにおけるあるパスの価値、中盤でのある選手によるスペースをつくる動きなどは数値化できると思います。それは欧州のリーグを観戦する上では役に立つと思います。次に、その学習モデルを使って日本の文脈に持ってくる場合の話があります。トレーニングなどで、実際に学習したデータとは違うデータにあてはめて評価に使うことになります。例えば日本で山口さんが監督を務めているチームでの選手のパスの価値を評価することになるわけですが、それは、その後に続くプレーが仮にラ・リーガの選手であればどのような価値だったのかという形の評価になると思います。そのような評価でも既に役に立つと考えてもいいですか。それとも、もう少し日本の環境に合わせて、ある程度はデータを推定し直す作業が必要ですか。
山口 両方あると思います。私たちは基本的に先ほど言ったような局面ごとの目的を定めて、それに対してプレー原則を与えます。これは監督によってそれぞれです。このようにすればサッカーがうまくいくのではないかという原則は、細かさも含めて本当に人それぞれで設定しています。これが有効なのか、有効ではないのかについては、多くの方が手探りで取り組んでいるはずです。例えばヨーロッパで有名な監督だとペップ・グアルディオラがいます。当然、ペップ・グアルディオラはどのような原則を使ってサッカーを表現しているかは明かされません。そうなると、私たちが取り組んでいることと、トップレベルの現場で起きていることのずれを発見するのは、指導者にとって、少なくとも自分にとっては価値があると思っています。
一方で、国内の特殊な環境の場合です。例えば日本だとこのようなことが起きやすいということも当然あるので、そちらにチューニングしたモデルもあると非常にいいと思います。私たちの現場レベルでの研究・研さんに必要なものと、実際の試合における目先の勝利に必要なものが違うと思うので、両方あるととてもいいと聞いていて思いました。
川口 前者の点に関してです。欧州のリーグのデータで学習したモデルを使って、例えばトレーニングのときに一定のプレー原則Aを与えた場合と、プレー原則Bを与えて試合させた後のトラッキングデータを取るとします。それぞれのプレー原則の下でプレーが生み出した価値を評価してみて、どちらが高かったのかについては見せることができると思います。
山口 まさにそこが非常に大事だと思っています。私はそもそもモデルをつくること自体がサッカーの真理に近づいている感覚を非常に受けます。
川口 ありがとうございます。私ばかりが質問してもいけませんので、次、染谷さん、どうでしょうか。この時点で何か聞いておきたいことはありますか。
染谷 まず先ほどの話で共感するところについてです。欧州のモデルをつくって差分で学ぶところと、現実的にはそれほどうまくいかないところについてです。勝つためにやむを得ず採らなければいけない戦略もあると思うので、現場との擦り合わせなどが非常に難しいだろうと、あらためて聞いて思ったというのが一つの感想です。
あとは、評価のところから急に話が飛んでしまうかもしれませんが、逆に戦術を変えたときに、流れがこのように変わるかもしれないという、シミュレーションのようなこともできると面白いと思います。プレー原則Aではなく、仮にプレー原則Bを与えたときにどのようにプレーが変わっていくか、どのようなシチュエーションが生まれていくかについて、シミュレーションを行うことができたら、何か使い道はありますか。
山口 あると思います。プレー原則ベースで、プレー原則に対応する変数などです。例えばサッカーにはさまざまな変数があると思いますが、それに対してこのプレー原則だとこれが適正ということはあります。予想される変数、パラメータの変化に対してずれを追っていくと、シミュレーションの精度は高くなっていきそうです。私たちがこうなると思っていた戦術だけれど、実際は求めている変化が起きない戦術ではないか、そのようなことがサッカーではいくらでもあると思っています。実際にそこによく気付く人が、今のヨーロッパのサッカーで戦術度を高めている印象があるので、そこです。私たちが本当に良いと思っている当たり前に取っている行動が、サッカーにおいて有効なのかについてです。そもそもどのようにプランを変えるのかもそうです。そこを見直すのに非常にいいと感じます。
ヨーロッパのサッカーにおいて特徴的な、ここを良くすれば良くなるという変数を明らかにしたいですが、まず私たち現場のほとんどの人はそれが全く分かりません。まずは有効な変数が何なのかについてです。さらに、パラメータはこうすればこう変わると思っているけれどそうならないのではないか、そのような話が非常にありそうだと感じています。
染谷 現状の研究のフォーカスは、どのようにチームや選手を数値で評価するのかというところにあります。今の話だと、勝敗を左右するパラメータや変数はどのような操作を行えばいいのかという、変化を起こす根源が抜き出せるといいということでした。それはヒントになりそうですが、難しくて最も大事なところだと話を聞いて思っていました。
山口 現場といってもさまざまな人がいます。スカウトが欲しがるものと、本当に深めていきたいと思っている監督が欲しがるものと、今すぐに解任されそうな監督が欲しがるものが、それぞれで少し違うと思いました。でも、結局はそれが一つの研究から派生して、サービスとして提供できそうな雰囲気もあると思います。逆に、それが機械学習を使ったサッカーの理解に基づいているのであれば、それはとても面白いです。私たちでは分からないというか、私たちが考えた仮説に対してAIが別の提案をしてくれるので、それはとても面白いです。さまざまな人が新しいサッカーの理解を使って、私たちもさらに進めて仮説を立てていこうという話が出てきます。その辺りは結構、面白いと思いました。
川口 今の話についてです。議論を精緻化するために、二つのキーワードを入れてもいいですか。
山口 はい。
川口 一つ目が反実仮想予測というキーワードで、もう一つがゲーム理論における最適反応というキーワードです。最初に染谷さんが言われた、現状はこのような戦術で進めているというところから、仮にこの戦術になったときはどうなるか、現実には起こっていない状況をつくったときに何を起きるのかを予測するという意味で、反実仮想予測という範疇の作業になります。これはよく経済学で行われていて、今の法律の下での企業の競争のデータをもちいてパラメータを推定した後に、仮に法律を変えたときに企業の行動がどのように変わるのかといったようなことを考えます。それが経済と企業にとってよいことかどうかということに基づいて、法律変更の是非を議論します。潜在的にはサッカーでも同じようなことができると思います。ただし、囲碁のように完全に解ききるのは無理です。現状から少しずらしたときにどうなるかという、少しローカルな改善の評価ができるぐらいだと思います。そこに関してはできるだろうという感触があります。それが1点目です。
もう一つは、プレー原則や戦術を変えたときに何が起こるのかについて話をするときです。自分たちができることに加えて、相手がそれに対してどう反応してくるのか、修正してくるのかの部分もあります。そこが今回のフレームワークにおける一つの売りだと思っています。ゲーム理論を組み込むことで、誰かがグーを出すと相手がパーを出してくる、相手がパーを出すとチョキを出してくる、この関係をしっかりとデータから捉えて推定する形になっています。自分が少し戦略を変えたことに対して、相手が別の戦略を返してくる場合の帰結も評価できる可能性はあると思っています。
山口 それはとても面白いです。特に私のキャリアでは、偶然にも半分ぐらいはリーグで優勝を狙えるようなチームでプレーすることが多かったです。例えば他のチームと対戦するときです。チームAがいつもこの戦術だったけれど、私たちに対してはこの戦術かもしれないみたいというときに、普段のスカウティングが機能しないときがあります。要するに、直近の5試合を見たけれど、全く違う方法で私たちとの試合に臨んでくることが結構ありました。相対的にリーグの下半分にいるチームでも、このチームには絶対に勝ちたいということで、スカウティングが機能しないパターンが結構あると思います。まさに相手がどのように臨んでくるかについてです。
例えば私たちの戦術に対する合理的な対抗策についてです。これも一つではないと思いますが、いくつかの解が均衡して出てくるようになると、今まで私たちが感覚で取り組んできたことが、もう少し定量的に扱えるようにはなりそうだと思いました。スカウティングは非常に難しい部分なので、結構、役に立つ場面があると聞いていて思いました。
川口 今のスカウティングは、次の試合に臨むための相手の分析ということですか。選手の配置などです。
山口 そうです。言葉の定義として、私たちがスカウティングと言うときは相手の分析で、スカウトと言うときは選手の発掘のニュアンスということが、何となく現場レベルだと多い気がします。この辺りは微妙な文化ですが、そのようなニュアンスで使う人が多い気がします。
川口 そこについては、ある程度を答えることができる上に、精度も検証できると思います。全ての試合のデータを使うのではなくて、半分ぐらいのデータを使って学習します。残りの試合の相手がマンチェスター・シティやノリッジ・シティの場合はこうくるはずということを学習モデルで予測したときに、相手が対抗するチームや選手に対応して最適反応をしているかを予測して、それが当たるかどうかは検証できるので、ある程度は信頼を持ってアウトプットとして出せる部分だと思います。藤井さん、どうですか。他に何かありますか。
藤井 少しだけ話がずれるかもしれません。山口さんはずっとサッカーに関わってきていて、目の前の試合のことなども考えていると思います。そのような監督の仕事の中でどこが最も大変というか、時間がかかるので自動化したい部分があるか、についてお聞きしたいです。われわれは究極的には監督の暗黙知のようなものをモデル化したいです。反実仮想のアイデアやゲーム理論の競合的でじゃんけんのような関係について、山口さんの頭の中にはあると思います。どうにかそれを取り出して明示的な形にすることを目指しています。文章生成におけるChatGPTという感じで、監督にとってのアシスタントになり得るAIを作ることができればいいと思っています。今、困っていること、時間がかかり過ぎていることはありますか。
山口 網羅的な話になってしまいます。監督を細分化していくと、さまざまな業務、仕事があると思っています。大別すると、まずはトレーニングをつくって運用することです。この改善があります。要するに、チームのパフォーマンスを現場で改善することが一つ目の業務です。二つ目はより土台になってくることです。先ほど言ったプレー原則や、より大きな概念であるゲームモデルです。チームの戦い方などを決定することです。これはサッカーの理解や解釈が肝になってくる分野だと思います。この二つは混同されがちですが、結構違います。戦術を組むのは得意だけれどトレーニングに落とせない、トレーニングを組むのは好きだけれど全体像はあまり分かっていない、そのような人も結構いるので、コーチと分業して進めることがあります。最後が現場で、試合当日の修正などです。先ほど言っていただいたような、相手がこうくるのではないかという予想に対する対応です。予想して、対応して、しかも試合中に選手を交代させます。先ほど染谷が言ってくれたように、プレー原則を少し変える、戦術モデルを大きく変えるなどの当日の采配です。このように三つに分かれると思います。
それぞれに難しさを感じる人が多いですが、特に後半の二つです。ゲームモデルの設定、策定と当日の采配です。特に当日の采配は、不確実な中での意思決定です。しかも、時間がありません。時間がかかるというよりは、時間がない中で決めなければいけない側面が大きいです。この辺りは不確実性も伴い、この選手を入れたからといってどうなるかは分かりません。先ほど染谷も言っていましたが、選手を替えたときにどうなるかの予測です。そもそも現状を言い当ててもらえる可能性があります。今はこのようになっていて、このパラメータが良くないからこうなっているということに対して、このパラメータを改善するのであればこれをするということです。そこが見えてくると、非常に助かる人はいると思います。
藤井 ありがとうございます。ゲームのシミュレーションについては、われわれが行っているようなモデル化をするとできるので、その辺りは思いつく応用だと思います。逆にゲームモデルをどう考えていけば良いかが予想できないというか、全く分かりません。どのように考えていけば良いでしょうか。
山口 サッカーのゲームモデルは何かというと、基本的にはチームのスタイルを決めることです。大まかに言うと、ゆっくりと攻めるチームと速く攻めるチーム、前から守備をして激しく奪いにいくチームと、ブロックをして深く守るチームなどをイメージすると思います。ゆっくりと攻めるときも、どのように攻めるかです。実際に11人が別々に動いています。われわれはそこで4-4-2などの、強めの相互作用を見いだして、グループ化をして分けて考えます。それに対してラインを越える概念を導入して、プレー原則を設定していきます。
例えば大体は3列から4列あるラインで、1個超えるとゴールにも近づきます。単純にゴールまでの間にいる相手の人数が減るので、チャンスになる確率が高いです。そのようにわれわれはソフトな表現で有効だと定義します。これに対して、より定量的な評価ができるようになると、プレー原則の評価ができて、そもそも根底にあるこのパラメータが効いていると分かります。一時期は縦パスが有効だといわれていましたが、ゆっくりと攻める上で無理な縦パスはあまり有効ではありません。周りのサポートがないときや受け手がフリーになっていない中で、無理に縦パスをしても失ってしまうと思います。そうすると、縦パスの本数はパラメータにはなりません。有効な指標にならない可能性が高いです。
どのようにサッカーを評価するのかは難しいです。私や私と一緒に取り組んでいるテクニカルと話していても、そこが難しいとなります。どのようにサッカーをモデル化するかということ自体、私も含めて頭を悩ませている感じだと思います。
藤井 われわれが研究していることも近いところがあります。今後はゲーム理論も使っていきますが、AIによって、得点が入りそう、ボールを奪えそうという形で評価していくことが多いです。結局、ゴールを取ることができるほうがよくて、ゴール数は増えるほうがいいと思いますが、その手前で何があるといいのかは人や状況によっても違うので、評価値の計算を出すことはできますが、どれぐらい適切なのかは正解がないので非常に難しいです。取り組んでいることは違いますが、そこは非常に共感するところです。本当はそこを突き詰めていけるといいです。われわれはそれにこれから取り組むことになると考えました。
山口 まさに言っていただいたとおりです。私たちの直感や予想に反するものが出てくることが非常に重要だと思っています。そこからサッカーで有効なことを解釈していくことが、私たちのサッカーの現場というか、サッカーを考える人にとってはとても重要、かつ有効だと伺っていて思いました。
藤井 ありがとうございます。川口さん、お願いします。
川口 サッカーをしている人が意外だったというのを出す反実仮想予測をするためには、現状をうまく表現できる学習モデルをつくらなければいけません。そのために最も必要なのはゲームの推移で最も効いてくる情報を整理することです。われわれの言葉では状態変数といいますが、それをどう表現するかが重要です。何も考えずに状態変数を定義すると、全22人の選手とボールが一つあって、それらすべての位置と進んでいる方向のような数値の集まりになって、非常に高次元になってしまいます。
山口 分かります。
川口 でも、実際は、先ほど山口さんが言われたように、高次元の状態変数にもとづいて意思決定を行っているわけではなくて、ラインがどこにあるのか、ラインにおける選手間の距離がどうなっているのか、ラインとラインの間にスペースがあるのか、といったような低次元の空間に状態変数を落とした上で、先ほどプレー原則と言われたように行動指針を考えているのだとすると、そうした情報は分析にも活かすことができます。そのような理解でいいでしょうか。
山口 まさにそのようなことです。実際に私はサッカーの簡単なモデル化を、戦術というか、サッカーを解釈する上で行っています。私が出版した『シン・フォーメーション論』という本にも少し書きました(下記に紹介します)。サッカーの変数は、まさに選手の多いことが煩雑さです。ただし、実際に重要なことについてです。ゴールは変わらず、ピッチの大きさも変わりません。大まかに言うと、ボールと人だけが動きます。まずは絶対に守備の選手が到達できない所があります。ボールの位置に対して足を伸ばしても届かない、走っていても到達できないエリアがあるので、まずはそこをスペースと呼べます。要するに、空間の状態が定義できます。守ることができるエリアとできないエリアに分かれます。そこに攻撃の選手が配置されています。ボールが到達できて、守備が守ることができないエリアにいる人のことを選択肢と呼んであげると、変数が大きく減らすことができるのが、私が考えている中で結構きれいなモデル化だと思っています。そのような感じのことをより定量的に進めていけばいいだろうということを、私とテクニカルの間で話しています。
川口 私たちのフレームワークの成功の鍵になるのは、表現学習といいまして、現に選手たちが参照している状態空間の、縮約の仕方について学び、しっかりと表現できるかどうかです。将棋や囲碁の場合は、非常にたくさんのデータがあり、いくらでもシミュレーションができるので、完全にデータドリブンで適切な状態空間の表現を得ることができます。
それに対して、サッカーはまだ比較的ましなほうですが、意外とスポーツにはデータがそれほどありません。ライセンスの問題でリリースされていないデータがたくさんあるので、完全にデータドリブンで低次元構造を抽出することが意外に難しいです。そこでどうしても先ほど山口さんが言われたような、実際に現場の人々が言語化しているルールを組み込み、まずはそれをスタート地点とする必要が出てきます。そのうえで、そこから差分があるのであれば、それはデータから取る、という学習の仕方になると思います。このような形で山口さんや現場の人が考えている状態、局面の捉え方を言語化していただけると、データに語らせる部分がより限定されていき、より精度が高くなると考えています。
山口 この間、染谷にも言ったことですが、まさに私がしたいことがそれでした。言っていただいているようなことが、ぴったりだと思います。22人と一つのボールが動いて、複雑に動き回っているものを、いかに簡単な少ない変数で表現してモデル化をするのかとなると、サッカーをもう少しシンプルに記述できるのではないかとずっと考えていたので、これを行っていただけるのは本当にありがたいです。
川口 その方向性で行きたいと思います。まずは簡単なプレー原則のルールを言語化してもらって、その下で学習します。出てきたシミュレーションや評価値を見て、何か足りていないところを絞れば、ファイナルサードが変、ビルドアップが変、プレスするときの評価が変、そのように直感を出してもらえると、言語化できていなかった部分を足して、もう一度学習して現場の形とマッチさせます。そうするうちに、そこから現場の人にとっても意外な部分も発生するような学習モデルが出来上がると思っています。今回はあくまで概念実証なので、そこまでできるのかは分かりませんが、一度フレームワークができれば現場で何回も回して、実務で使えるレベルに仕上げていきたいと思います。
山口 本当にそうです。とても可能性があると思って、私も非常に興味を持ちました。染谷はどうですか。
染谷 今ずっと話にあった状態の表現が肝です。逆に、そこさえできてしまえば、うまくいくという感覚は手を動かしていてもあります。そこが本当に大変です。
山口 本当にそうです。サッカーをうまくモデル化できるかどうかにかかっていることは自分も感じていたので、その感覚と合っていると思いました。
染谷 まだ川口さん言われたような経済学では、状態が少なくて、アクションも少ない中で考えているってことが今分かっていることです。そこをコンパクトに表現するにはどうすればいいのかだけを考えればいいということです。そこは先ほどからずっと話にあったように、現状はデータドリブンだけではうまくいかない気がしています。私はデータが無限にあれば、今のChatGPTを見れば分かるように、うまく表現を学習してくれると思います。いずれにしても、ルールとデータを組み合わせるアプローチが現実的、かつすぐに結果が出そうな方法だと思いました。
川口 もう一ついいですか。あとは、状態空間が高次元ですが、サッカーはアクションのほうも高次元だと思います。スペースやラインを縮約するのは状態です。でも、局面を見てどう動くかのコンビネーションも、先ほどの話のように別々に動いているわけではなくて、ある程度をコーディネーションしてパターン化して攻撃のシークエンスを決めていると思います。そこはどのように選択肢を減らした上で、取り得る攻撃のパターンを次元縮約していますか。
山口 シンプルに言ってしまうと、ボールの動きです。サッカーのあらゆるアクションはボールの移動に集約されます。パスもドリブルもシュートも、攻撃は基本的にボールの移動です。ボールを移動させるために人が移動するので、まずはボールの位置を定義します。X、Yで定義できると思います。それと、例えばボールの位置に対して、守備の方法もゾーンとマンツーマンがあります。特にゾーンだと、ボールの位置に対してファーストディフェンダーという1人目のディフェンダーを決めます。それに対するカバーリングで周りのポジションが芋づる式に決まっていきます。ボールの位置さえ分かってしまえば、守備のスペースの状態まではそれほど難しくなくたどり着けると思います。
それに対して攻撃の選手がポジションを取ります。ボールの動きは基本的に、当然、前のほうがスペースの価値は高いです。外とサイドと中央であれば、中央のほうがゴールに近くて選択肢も多いのでスペースの価値が高いです。守備がいなければ、基本的にボールは中に、前に向かっていくことを考えると、選択肢が減っていきます。例えばポジションを取っている選手のスペースの価値は、割と簡単に定義できます。そこが守備の配置、スペースの状態によって利用可能かどうかで、起き得る選択肢はある程度、予測がつくというか、優先順位は絞られてくる感じはあります。
川口 攻撃のシークエンスをデザインするときに、ボールロストの可能性とそのときのプレスなどの動きはどのようにデザインしますか。
山口 まさにこの辺りが監督によって違うというか、ゲームモデルによってだいぶ変わってくるところです。例えばボールを失うときです。このスペースへの入れやすさや入っていきやすさで、60パーセントはボールを失うとします。そのときに60パーセントは危険なので、もう少しボール持ってゆっくり攻めようと捉える監督もいれば、60パーセントであれば行ったほうがいいと判断する監督もいます。むしろ早く攻撃して、相手に時間的な余裕を与えないほうがいいと考える監督もいます。まさにこの辺りが監督によって違うところです。
基本的にゆっくり攻める場合は広くポジションを取って、相手を広げさせます。早く攻める場合によく例えられるのがランチェスター戦略ですが、一点に戦力を集中させて突破する感じで、狭く攻撃することも割とあります。まさにこの辺りが先ほどのプレー原則などによって、選手の配置、攻撃の状態や起き得る事象の可能性について、このほうが起きやすいという、このほうが起きにくいという順序が変わってくるところだと思います。
もう少しいいですか。先ほど中央のほうが価値は高くて、サイドのほうが価値は低いと申し上げましたが、価値の差にわれわれの解釈が入ってくると思います。例えば中央から速く攻めてしまう場合は、中央のほうが価値はより高いスペースとなるかもしれません。逆に、まずはサイドに振って相手を広げる場合で、またスペースの捉え方が変わってくると思います。
川口 そこの次元にしても、ゆっくりと攻めるか、速く攻めるか、中をどれぐらい重視するか、前に行くことをどれだけ重視するか、そのときにどれぐらいボールロストの可能性をケアするかなど、まさしくプレー原則の重要な変数になってくるわけですね。反実仮想予測をする場合は、相手はこの選手、戦術であれば、自分たちはこれぐらいに調整し直したほうがいいということが見えるとうれしいという感じでしょうか。
山口 まさにそうです。それが分かってくるといいです。そのような感じだと思います。
藤井 少し口を挟んでもいいですか。最近の研究で、どちらかというと、われわれはサッカー選手をエージェントとしてモデリングしています。ゲーム理論を導入するアプローチの話です。今、世界で注目されている研究方法がもう一つあります。きょう言われたスペースを評価することについて、ある程度は実現できている研究があると思っています。ディフェンスが到達しない場所を計算します。例えば監督がサイドや中央にする価値付けをデータドリブンで行う方法もありますが、重みをデザインすればそれほど難しい話ではありません。
山口 そうだと思います。
藤井 そのような研究がいくつかあって、われわれはそちらの方向の研究もしています。そこにギャップがある感じがします。エージェントをモデル化する話と、スペースをモデル化して適切に対応することです。しかも、スタイルが2、3通りあって、それらを適切に用います。そのような階層構造的なことがあります。それはわれわれもできていませんが、山口さんの話を聞いていても、非常に難しい印象を受けました。そこを明確にできると、非常に助かる感じでしょうか。スペースの価値ともう少し高次のゲームの戦略的な部分です。あとは、個々人の判断などについてです。昔からそのような多様な階層があると考えていましたが、なかなかまとめて研究はできないので、スペースの評価だけの研究、エージェントだけをモデル化するの研究など、今までは別々に研究してきました。ただし、本日の話を聞くと、もう少し包括的にモデル化をすることが必要だと、究極的で先の長い話ですが話を聞いていて感じました。
山口 先ほど言っていただいたように、サッカーを最もシンプルに捉えると、22人のデータを取る話になってしまいます。でも、それだと複雑過ぎます。これでも簡単になったほうというか、非常にシンプルに解釈できていると思いますが、それでも難しい部分があります。だからこそ指導者のソフトセンサーのようなものに頼っている部分が大いにあると思うので、それをもう少し解き明かしていくことです。ある意味、優れた指導者が感覚的なものを占有している状態です。完全にそこが指導者の力量差につながっています。例えば指導者を評価する上でも、強化部やクラブ側がそれを持っていないと、指導者を評価することすら難しいです。結果以外で何も評価できなくなってしまいます。その部分を考えると、そこの部分がもう少し共有知として広まるといいです。これはヨーロッパのサッカーもそうですが、この辺りはまだまだできていないと考えているので、非常にレベルが上がると考えています。
藤井 もう一つ質問をしてもいいですか。私自身も優れたコーチとは、優れた監督とはどういうことなのかをよく考えます。トップチームは勝てる監督が良い監督と捉えられると思いますが、私たちはトップばかりを見ているというよりは、大学ということもあり、ユースなどの若い選手における、ユースや大学チームなどで良い監督はどのようなものなのかも気になります。必ずしも勝利至上主義ではないと思いますが、その意味での良い監督像をぜひ聞かせてもらえるとうれしいです。
山口 まずはトップレベルの話をすると、圧倒的な第一人者というか、サッカーは監督の時代だと思います。かつてないぐらいに監督の重要性が膨れ上がってしまっています。価値のインフレーションが起きてしまっていると言ってもいいぐらいの状態だと思います。完全にそれをつくっているのは、先ほど名前を挙げたペップ・グアルディオラです。2008年にバルセロナに就任して以来、ずっとタイトルを取っています。毎年、あり得ないぐらいに勝っています。彼のサッカーは育成でも通用します。要するに、選手の価値を高めつつ、結果も出すことが実現できています。
もう一昔前の監督で言うと、例えばモウリーニョはどうなのかというと、彼は育ててきてくれた選手を使いつぶすという言い方をするといけませんが、使う、利用するようなスタイルの監督でした。例えばこれを育成年代で行ってしまうと、選手の価値が伸びない話になります。まさに皆さんが研究されているようなことかもしれませんが、フットボーラーとしての価値は何なのかについてです。良い選手とは何なのかを理解した上で、そこをどう伸ばすのがいいのかなどです。難しいです。育成の話になってくると、生態系というかエコシステムのような話にもなりかねません。例えば1人の良い選手をつくるために他の全員を犠牲にしていいのかなどの難しさはありますが、非常に大まかに言えば、一人一人の選手の価値を伸ばせる監督は良い監督だと思います。
川口 それを受けて聞いてもいいですか。
山口 はい。
川口 勝ち負けとは違う監督、選手の評価についてだと、ある種、期待ゴール値はそれに応えている部分があると思います。試合には負けたけれど、少なくともこの監督はここ5試合でゴール期待値はずっと勝っています、だから、方法は間違っておらず、単に運が悪かったのか、あるいはストライカーのフォームが崩れたからだ、という形で免責される、そのような面があると思います。これは最初に述べたことですが、今回の私たちのフレームワークの目標は、期待ゴールという概念を自然に全ての局面、全ての行動、ボール保持・非保持にかかわらず検証できるようにすることです。結果とは違う形での評価を、ゴールに直接関わらないところでもある程度できる意味で、勝ち負けとは違う評価を与える枠組みになると思っています。
藤井さんの質問の前はプランニングの話をしていましたが、次はプランニングの話を終えて、試合が終わってからの試合の評価や監督・選手の評価の話を始めてもよいでしょうか。そのようなことができるのは価値がありますでしょうか?負けたけれど期待ゴール値が高かった、というような場面についてです。仮に期待ビルドアップ価値、期待裏抜け価値のようなものがあったとして、それがしっかりと評価できて高いプレーができていたのでOKであることを確認できるのは、振り返りをするときに役に立ちますか。
山口 とても価値があると思っています。例えばサッカーをバスケットボールと比較すると最も分かりやすいですが、とにかくゴールの数が少ないです。正直に言うと、バスケットボールは試合展開がそのまま点差に反映されやすいです。バスケットボールは外した本数が効いてきます。攻撃が完結しなかった本数が、後の点差として効いてくることが多いと思います。どちらかというと、サッカーは決まってしまった本数という言い方がいいのか分かりませんが、ほとんど決まりません。
逆に言うと、非常に苦労して取った1点と、こちらがミスをして取られた1点が同等の価値になってしまって、それで1対1ということがよくあります。これがゲーム内容を反映していたのかというと、必ずしもないということが非常に多くあります。点差について、例えば良いキーパーの選手を1人連れてくるだけで、逆転できてしまうことが多いです。先ほど言っていただいた、裏抜けでチャンスをつくることができているのが選手の評価として、あとはシュートを決めればいいということに評価が効いてくるのは、選手・監督に関して、助ける部分だと聞いていて感じました。
川口 そこからさらに一歩進みます。先ほどの裏抜けの例で言うと、裏抜けの価値はつくっているけれどゴールが入らない場合は、選手の、エンドプロダクトのクオリティーの場合と、ランをしっかりと見つけることができるパサーがいない場合があります。私はトッテナム・ホットスパーFCのファンですが、デレ・アリが走っているのにエリクセンがいなくなってから見つけてもらえない、ソンが走っているのにホイビュルクが見つけてくれないことがよくあります。私たちのフレームワークにおけるもう一つの売りが、全局面の期待ゴール値のようなものが評価できるだけではなくて、価値を生み出しているもの、あるいは価値を失ったもののうち、意思決定の質の悪さで起きた結果と、プレーの精度が悪くて起きた結果に区別できることです。これにも有用性はありますでしょうか。
山口 それも本当にあると思っています。例えば大まかに育成年代を考えるときに、これは大人の年代以上に価値があると思っています。どちらが得意なのかは非常に分かれると思います。判断はいいけど精度が低い子、逆に精度は高いけれど判断が悪い、ポジショニングが悪い子がいるときに、伸ばしたい能力は全く違います。分かりやすく言うと、戦術やサッカーの理解を高めたほうがいいのか、あるいはパフォーマンスコーチを置いて、動作を伸ばしたほうがいいのかは全く変わってきます。サッカーはここが結構、混ざってしまいます。今は精度が悪かったのか、それとも判断が悪かったのかです。
例えば少し前まではパス・アンド・コントロールのトレーニングを行う指導者が多かったです。サッカーで起きたポジショニングや判断のミスについて、全ては技術がないからとなりがちでした。最近はトレーニング理論が改善されてきて、判断と意思決定のスポーツとなってきたので改善されてきています。どちらに原因があったのかの考察は明確にしておかないと、選手の評価や局面の評価を誤ることは非常にあります。
川口 判断の質の問題なのか、選手のプレーの問題なのか、その区別は監督・コーチにとって大事なのか、選手を納得させる上で大事なのか、どちらのほうが大きいですか。選手が分からないときに、あなたは意思決定の質が悪いから訓練をしようと言っても、単に私はプレーが下手なので自分の練習をしたいという場面があると思います。どちらのほうが比重が高いイメージですか。
山口 はっきりと言うと、本当にどちらにも大事だと感じています。特にこれは日本の選手の傾向かもしれません。染谷もよく分かると思います。日本にうまい子はたくさんいます。とても多いです。ただし、その子たちはポジションが悪い、体の向きが悪いなどで損をしていることが、日本国内で無限にあると感じています。とてもボールタッチのうまい子がどこに立って、どこへプレーするのかの部分が改善されるだけで、ステージが2、3、上がる子もいます。でも、逆もまたしかりで、ポジショニングはとても良いけれど、キックの精度が伸びない子もいます。あとは、ドリブルがもう少しできるようにならないと上にいけないような子もいるので、本当に違います。私たち監督としても、当面の勝つことを考える上でも、なぜミスが起きているのかを考える上でも、それが分かることは非常に大事です。
染谷 その意味では、教育にも使っていけるといいです。もちろん現場でじかに教えることができる良さが増えることも大事ですが、限界があるというか、すぐには増えないと思います。指導者が学ぶための道具としても、戦術的なインテリジェンスを身に付けさせるように使っていけるといいと思います。先ほどのうまいけれどちょっとという子は確かにいると思います。どこの世界でも同じだと思いますが、特に日本は特にそうかもしれないので、開発されると日本で意味のある技術である可能性が高いと、話を聞いていてあらためて思いました。
川口 ちなみに、意思決定の質を高める目標について、具体的にどのような形でトレーニングに落とし込みますか。
山口 先ほど言ったようにプレー原則を設定します。プレー原則を言い換えると意思決定の基準です。私たちが進めたい、サッカーにおける意思決定の基準です。例えば相手のボールホルダーがフリーなときはディフェンスラインを下げるプレー原則があるときに、それができていないときは当然、意思決定の質が悪いとなります。ここは下げるべきだったのに認知ができてなかった、フリーだったのが見えただろうという形のフィードバックを、トレーニングを行うたびに入れていく形です。
川口 最後にもう一つありますが、話を変えてもいいですか。
山口 はい。
川口 できることの範囲について、技術的にできることと、確実に手に入るデータでできる概念実証と、このように現場でしゃべることやデータを取ることで初めてできることがあります。その先ですが、リーグレベル、あるいはサッカー界全体で、データを取って公開することを全てのカテゴリーで進めていくと、私たち以外からもこのような分析が進んで、そこから多様な概念やユースケースが出てくるという段階があると思います。今、サッカー界全体にそのような動きはありますか。ないとすれば、それはなぜでしょうか。何がボトルネックなのでしょうか。
山口 ボトルネックについてですが、日本サッカー協会を見ても、言い方が悪いですが、基本的に小学生などの草の根の重要性を認識されていると思います。例えばそこに対して包括的にデータを取ることはなされていません。データを取る取らないはトップレベルの特権ではありませんが、ソフトとハードをそろえる難しさが根底にあります。その中でどうしてもユースケースとして価値があると見なされるのはトップレベルや、それに準ずるプレミアリーグに出場する高校になりがちな部分はあると思います。
例えば位置情報を取るにしても、ソフトとしてGPSを導入するよりは、ハードとしてグラウンド自体にカメラがあるほうが取り組みやすいです。それ自体にもさまざまな課題はあると思いますが、データによって変わることがより広く周知されてくると、現場の指導者や統括、運用する協会でも意識が変わってくると思います。ただし、それはヨーロッパでは既に起き始めている感じもします。VARも動きが始まってからは割と早かったです。10年たたずにここまで普及したので、動き始めるとすぐに起きる可能性もあると思います。その意味では、サッカーは組織の運用を含め、全体的に未熟な部分があると思います。
川口 藤井さん。サッカーのデータ環境は比較的良いほうですか。
藤井 とても充実しています。トッププロであれば権利が発生して、データ会社もそれでお金を稼いでいます。サッカー界にはある程度のデータはあるけれど、値段が高過ぎてアクセスできない感じです。他のスポーツはそもそもアクセスできないというか、あまり取得していないという別の問題があります。大学で研究する分には、お金を使わないとデータにアクセスできないという難しい状況です。それもあって今回のクラウドファンディングでも、データ取得を主に掲げて取り組んでいます。
山口 XGもそうです。プレミアリーグのXGも取られてしまっていて、オープンリソースになっていません。
藤井 ラ・リーガではボールの位置やイベントのデータが公開されていますが、ラ・リーガ以外はあまり公開されていません。あとはワールドカップなども公開されています。その意味では、サッカーのイベント時は公開されているのでいいほうです。ただし、今、公開されているデータは主にボールの位置が多くて、その他の選手の位置が分かりません。
山口 それだと何の意味もありません。
藤井 そうです。ボールを持たない人の位置は購入しなければ手に入りません。別のプロジェクトになりますが、われわれは自分たちでカメラベースでも取ることができるようにしようとしています。ただし、それもプロの会社がお金をかけて取るのに対して、機械と人手で行うことなので、プロ並みに大量のデータを取ることは非常に難しいです。今のところ、大量のデータを取るのであれば、プロの会社から購入するのが現実的な策という感じです。
川口 私たちはたくさん質問をしてしまったので、山口さんから私たちのチームに質問というか、要望のようなものはありますか。
山口 逆にここまで私の話を聞いていただいて、皆さんの研究で生かせそうな部分が多少はあったのかが気になります。私たちが現場で考えていることと、実際に研究レベルでモデル化するときに何が違うのかについては、今後、役に立ちそうだと考えています。ここのずれを擦り合わせていくのが非常に大事だと思っています。
川口 私の質問の趣旨ですが、大体が認識の擦り合わせのためでした。分析上、このようなアイデアはあるけれど、その形で進めたときに現場の人にとっておかしなことになっていないかを確認するために質問しました。大体は山口さんから同意いただいたので、その点に関しては、ある程度は自信を持って取り組んでいこうと思いました。ただし、何回も会話を往復したほうがいい気がしています。まずはこれを行ってみて、その結果を見て変だったところを聞いて改善する、それを次々と繰り返していけるといいと思っています。
藤井 私も非常に参考になるところがいくつかあって、ここはしっかりと取り組まなければいけないということがありました。一方で、これができるとうれしいという話が合っていたので、非常に貴重な話だったと思います。ただし、山口さんが常識と思っているところについて、まだまだできてないところがあります。この短い時間で全てを言語化するのは無理だと理解しているので、そこまで要求するものではありません。現状のサッカーAIは、囲碁のようにゼロから学習しても人間より優れるわけでもありません。ゼロからの評価学習の方法は全くしっかりと動きません。人間の知識が非常に大事です。しかも、サッカーをしている人の常識も、本当はしっかりと考えていかなければいけません。そこはわれわれの仕事です。川口さんが言ったように擦り合わせが大事なので、機会があればまた話を聞かせていただいて、進めていきたいと思っています。ありがとうございます。
山口 ありがとうございます。逆に染谷はどうでしたか。両方をそれなりに分かります。この対談を聞いていて、どうでしたか。
染谷 同じことを繰り返してしまうかもしれませんが、取り組もうとしていることは間違っていないと思いつつ、深層学習の分野で行っているようなデータと計算量で殴ってしまう手法ではうまくいかないとあらためて認識しました。もともとクラウドファウンディングで取り組んでいた理由の一つに、特にこの分野は現場と研究者がつながることが非常に大事だと思っていました。研究だけではうまくいきません。現場でもこのようなモデルをつくってくださいと言っても、できる人はそれほどいないと思います。その意味で、私が間に立つというか、機会になればいいと思っていたので、まずはこの機会を持つことができて非常に良かったと思っていました。引き続き擦り合わせというか、しっかりとしたルールを状態の技術に限らずアクションの選択に入れてあげることが、今後、現実的にデータが増えたとしても大事になってきたと思います。
何回も繰り返しになりますが、引き続き議論しながら精緻化しなければいけないと、本日はあらためて感じました。現場の導入までは何ステップかあると思いますが、無理ではないという可能性も見えたなと個人的には思っています。
山口 私からすると、とてもいけそうです。研究の難易度も知らないのに、このようなことを言って申し訳ありませんが、十分に可能性がありそうだと話を聞いていて感じました。もちろん最初はプリミティブなものからつくっていくと思います。非常にプリミティブな結論や提案や仮定だとしても、現場からすると、何かしらの示唆は得ることができます。例えば2対2や3対3が解明されるだけでもわれわれにとっては大きいので、やり方はあることはとても感じました。
染谷 最後の話ですが、2対2、3対3の研究をしている人はあまりいません。3対3バスケットボールの研究はあると思いますが、これでも使えるという話も今後で深めていけるといいです。
山口 それは絶対にあると思っています。例えばラグビーや先ほど話していたバスケットボールです。ルールが違うだけで基本的に似たような球技です。逆にルールの違いによって戦略にどのような違いが出てくるのかです。その辺りの応用もそうですが、研究の一環としても面白そうだとは思います。
藤井 スポーツの共通部分と違う部分が当然あります。機械学習やAIとルールの共通部分のようなところは絶対にあると思います。別のプロジェクトで自分の研究室の話になってしまいますが、それは完全に同意するところです。
川口 アカデミストさん。リスナーからも1、2の質問を取ったほうがいいですか。
阿部 質問がある方について、アプリケーションの場合は右下の吹き出しから質問のコメントをください。もしくはacademistのポストへの返信で、質問や感想をいただけると非常に助かります。皆さん、どうですか。今、皆さんが書き込んでくれていると思うので、感想を言います。この話の中で最後に皆さんも言っていたように、研究と現場の目線合わせが行われている過程を、オープンな場で聞けたこと自体が面白かったと思いました。
染谷 日本でこのような例がより増えてほしいということが、割ともう1段階上の思いとしてあります。海外でも研究者がクラブのオーナーシップを持って、データドリブンで好き放題に進める例がいくつかあります。物理学者がチームに入っています。
山口 リバプールですね。
染谷 あのようなことがより増えると面白いという感想です。
山口 本当にそうです。逆に言うと、あれは現場から離れているから価値があることです。離れ過ぎてもいけなくて、距離感が非常に重要です。それが少し近づくのは良いことです。
染谷 一定の距離感というか、お互いに別の本職がありつつ、コラボレーションをしていくぐらいの感じがいいと思いました。
川口 今回はサッカーの話ですが、普段、私はさまざまな産業、会社の人と似たようなことをしています。最近だとディファイナンスの業界で、暗号資産の流動性供給のアドバイスをしている会社とコラボレーションをしています。頭の使い方は一緒です。起きている問題を現場の人がどのように理解しているのかを聞いて、それを自分の中の概念に落とし込みます。そこで問題を解決するために必要な情報を言語化して聞いてみることを繰り返します。私としては過程自体が随分と似ているという認識です。そのようなことをもう少し外に出すことができるといいと思っていました。
川口 質問はありませんか。
阿部 はい。本日ですが、実は何人かからアプリケーションだと音声が聞こえないという声をいただいています。もしかすると不具合が発生していることも影響しているかもしれません。こちらは録音でも聞くことができます。録音を聞いて質問が出てきた方は、きょう話していただいている皆さんのアカウントをフォローしていただき、そこに質問していただいても皆さんは大丈夫ですか。
山口・藤井 もちろんです。
染谷 お願いします。
阿部 ありがとうございます。お願いします。最後にクラウドファウンディングの単語も出てきました。今回のクラウドファウンディング・プロジェクトですが、初日の本日でこの放送の間に40パーセントを超えています。多くの方から注目を集めているプロジェクトだと思います。これから支援いただいた方へのリターンも含めて、説明をお願いします。
藤井 私から説明します。クラウドファウンディングのページを見ていただくと、下にリターンの話があります。最も安いものはお礼のメッセージで、名前の掲載もあります。あとは、オンラインサイエンスカフェに招待するものもあります。それには結構、払っていただかなければいけません。論文を書くので名前を載せること、研究室のホームページに名前を載せること、個別のディスカッションを行うなどがあります。われわれの目玉として考えていることについては、ラ・リーガの1シーズンのデータを購入する予定ですが、ラ・リーガの分析する1チームを指定できることが目玉になっています。ぜひページを見ていただいて、可能な範囲で構わないので検討いただきたいです。応援よろしくお願いします。
阿部 今、academistのスペースのコメント欄にも投稿していますが、他の皆さんもたくさんコメントをしているページをご覧ください。ぜひ今後も注目してください。あとは、このスペースを聞いて面白かったという感想や、ここをもう少し聞きたいという投稿も、ぜひ皆さんにお願いしたいです。励みになります。皆さん、本日は夜遅くまでお付き合いいただきありがとうございました。本日は山口さんも本当にありがとうございました。
山口 本当にありがとうございました。楽しかったです。
一同 ありがとうございました。
(編集後記)この対談で得られた知見は、今後のゲーム理論と逆強化学習を用いたサッカープレー評価のフレームワーク設計に大きな影響を与えています。クラウドファンディングは2024/3/14まで行っておりますので、応援のほどよろしくお願いいたします!