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【試し読み】『採用のストラテジー』
熾烈な人材獲得競争に勝ち抜くことが企業にとっての生命線となっている現在、採用の戦略は、中途採用、パート採用、ときには海外でのタレント獲得も含め、新たな方法論から立案することが求められています。
中村天江著『採用のストラテジー』は、「新卒採用」への過度な偏重から脱却し、働き方改革やタレントマネジメントなど新たなパラダイムを取り込んだ画期的な採用論です。
このnoteでは、特別に本書の「はじめに」を公開いたします。ぜひご一読ください。
***
「あまりに疲弊している。このままではもたない」。採用の研究に本格的に着手した2010年代半ば、日本企業、ひいては日本社会に対してこう感じる
ことが何度もありました。
当時、採用現場が疲弊していた理由はいくつか考えられます。雇用調整が
発生した2008年のリーマン・ショックから数年経ち、企業の求人意欲が急
速に回復したことや、少子高齢化などにより極めて深刻な人材獲得難が発生
していたことも原因でしょう。でも、個人的に一番悩ましいと感じたのは、
採用現場の消耗は「テクノロジー前夜」だから発生しているようにみえたこ
とです。
採用活動は煩雑で非常に労働集約的です。しかも、それを繰り返します。
労働集約的で繰り返す業務の一部は、いずれテクノロジーが担うようになる
でしょう。テクノロジーが発達したらしなくてすむかもしれない仕事を、テ
クノロジーの開発が追いついていないがゆえに、人の力で乗り切らざるを得
ない。そんなジレンマが移行過程では発生します。
テクノロジーが発達したとしても、人でなければできない創造的な採用の
仕事を明らかにしたい。それが、採用の現場から研究者に転じた筆者にでき
る恩返しだと思いました。
では、人にしかできない創造的な採用とは何なのか。それは採用活動の最
上流の工程、つまり採用の戦略立案です。
企業が採用の戦略を立てるためには、採用に影響を与える要因と講じ得る
打ち手の範囲を明らかにしなければなりません。これについて突き詰めて考
えた結果、筆者が得た結論は、これまで常識であった採用の捉え方を、三つ
の点で刷新すべきだというものでした。
一つ目は、「採用といえば新卒採用」という風潮からの脱却です。中途採用も正社員以外の採用も拡大しているにもかかわらず、現状は、実務上も研
究上も新卒採用だけに知見が偏りすぎています。
二つ目は、採用の分類を、新卒、中途、アルバイト……といった対象によ
る分類から、「攻めの採用」「守りの採用」という採用目的による分類に転換することです。同じ対象であってもその人材に期待する役割によって、採用の仕方も入社後の受け入れの仕方も異なるからです。
三つ目は、現在主流の外部労働市場における募集・選考プロセスに限った
施策を「小さな採用」と置き、外部労働市場の施策と企業内部の人材マネジ
メントの施策を結合した「大きな採用」に拡張することです。そうしなけれ
ば、もはや働き方改革やタレントマネジメントで起きている事象を説明でき
ず、人材獲得の有効打を見逃すからです。
「攻めの採用」や「大きな採用」のほうが、「守りの採用」や「小さな採
用」よりも重要だと言いたいのではありません。企業を取り巻く環境や人材
獲得の目的によって、これらを自覚的に使い分けることが大切なのです。少
なくとも採用の理想形は一つではありません。
戦略論の大家Mintzbergは、戦略は未来の方針であるプランと、過去の
実績であるパターンに大別できるといいます。未来の採用を新たに創ってい
くためには、過去に行ってきた採用活動の多様性について理解する必要があ
ります。
そこで本書では、日本国内の新卒採用、中途採用、有期雇用の「攻めの採
用」の考察に加え、日本企業、フランス企業、アメリカ企業の採用の異同も
分析しました。それらを論じるために、日本企業が国内外で直面している採
用の現状についてまとめ、複数の採用パターンを比較して考察するための採
用モデルも構築しました。採用変革に成功した企業の事例研究も行っていま
す。
一冊でこれだけ広範なトピックスを扱った採用の本はこれまでありません
でした。採用に関する事象に縦横無尽に接近したため、内容は極めて多岐に
わたります。すべて読んでいただけたらとても嬉しいですが、興味のあるトピックスだけでも、読んでいただける構成を心掛けました。関心のあるトピックスがあるかどうか、まずは目次をご覧ください。
本書を通じ、少し引いたところから採用を見つめ直し、採用の奥深さや広
がりについてあらためて考えていただけたら、そして、採用の研究に関心を
持っていただけたら、このうえなく嬉しいです。
***
著者略歴
中村天江(なかむら・あきえ)
東京大学大学院数理科学研究科修士課程修了後、1999年株式会社リクルート入社。求人求職・職業紹介・キャリア形成支援サービスの企画を経て、2009年リクルートワークス研究所に異動。12年日本労務学会研究奨励賞受賞、14年リクルートワークス研究所主任研究員(現在に至る)。16年一橋大学にて博士(商学)取得、中央大学戦略経営研究科客員教授となる。専門は人的資源管理論。「労働市場の高度化」をテーマに調査・研究・政策提言を行う。
【主な業績】
『マルチリレーション社会』(編著)リクルートワークス研究所、2020年
「『同一労働同一賃金』は企業の競争力向上につながるのか?」『日本労働研究雑誌』706号、2019年
『30代の働く地図』(共著、玄田有史編)岩波書店、2018年
目次
第1章 二つの「戦略」
1 未曽有の人材獲得難
2 「小さな採用」論の限界
(1) 募集・選考プロセス
(2) 働き方改革
(3) タレント獲得
(4) “or”から“and”へ
3 「大きな採用」論の限界
(1) 「採用」と「リクルートメント」のちがい
(2) 人材マネジメントという前提
(3) 境界を越える
4 採用変革は経営課題
(1) オペレーション化
(2) 変革の推進者
5 戦略が勝敗を分ける
(1) 採用成功企業が行っていること
(2) 戦略の5P
(3) プランにはパターン
6 本書の構成
第2章 人材獲得競争の激化
1 世界の潮流
(1) 競争優位の源泉
(2) 2030年の人材の過不足
2 日本の労働市場
(1) 過去最低の求人充足
(2) 構造的な課題
(3) 人口減少下のパラダイム
3 テクノロジーの衝撃
(1) 雇用の消失と創出
(2) 社会に浸透するスピード
(3) 人材ニーズの二極化
(4) エンジニア争奪戦
(5) HR テクノロジーの可能性
4 グローバル化の洗礼
(1) メンバーシップ型とジョブ型
(2) 海外での日本企業の採用力
(3) 何が報酬なのか
(4) 個人別の報酬
(5) 外国人の雇い入れ
5 都市と地方の需給ギャップ
(1) 都市部への人材流出
(2) 地元で働き続けたい
(3) U ターンIターン採用
(4) 「即戦力」という幻想
6 攻めの採用、守りの採用
(1) 競争優位を築くための採用
(2) 新たな採用の分類
第3章 日本企業の採用行動
1 新卒採用
(1) 日本的雇用の採用
(2) 正社員採用のメインルート
(3) 新卒採用のフロー
(4) 求める人材
(5) 面接選考
(6) インターンシップ
(7) 時期に関するルール
(8) 年間スケジュール
(9) 新卒採用の体制
(10) 少子化の影響
(11) 新卒採用における採用難
(12) 採用成果をあげる取り組み
(13) 初任給の引き上げ
(14) 「慣性」というジレンマ
(15) ダブルループ学習
2 中途採用
(1) 中途採用の広がり
(2) 中途採用の目的
(3) 中途採用の手段
(4) 中途採用のフロー
(5) 中途採用の体制
(6) 大規模採用とピンポイント採用
(7) 中途採用における採用難
(8) 曖昧な採用ニーズ
(9) 採用成果をあげる取り組み
(10) 効率性と稀少性
(11) 外部施策と内部施策のどちらを行うか
3 アルバイト・パートの採用
(1) アルバイト・パート採用の拡大
(2) 経営上の位置づけ
(3) アルバイト・パート採用の体制
(4) アルバイト・パート採用のフロー
(5) アルバイト・パート採用の採用難
(6) 採用成果をあげる取り組み
(7) リファーラル採用
(8) 勤務形態の開発
(9) 人材不足による悪循環の阻止
4 採用活動のプラニング
(1) 採用難を乗り越える方法
(2) プラニングの範囲
第4章 採用のパターン
1 30年間で拡大・分化した採用
(1) 30年間の変化
(2) 三つの採用における攻めと守り
(3) 採用目的による分化
2 「未分化」と「過剰分化」
(1) 「未分化」という現象
(2) 「過剰分化」という現象
(3) 再統合の動き
(4) 適正な分化
3 採用パターンの研究
(1) 「戦略的採用」の必要性
(2) 研究のアプローチ
第5章 採用の成果
1 「採用の成果」とは何か
(1) 四種の「採用の成果」
(2) 個人の成果
(3) 採用の成果の把握
2 採用の目的と成果
(1) 目的と成果の関係
(2) 採用の影響を特定できない
(3) 「優秀な人材」
(4) 雇用後の組織の成果
3 入社後の満足度とPerson-Environment Fit
(1) メンバーシップ型雇用と採用成果
(2) 個人のPerson-Environment Fit
(3) 企業の人材マネジメント
(4) 分析モデル
(5) 転職後のPE Fit、満足度
(6) 分析結果
(7) 中途採用が成功する条件
(8) 実務への示唆
第6章 「採用のホィールモデル」の構築
1 先行研究の到達点
(1) モデル構築のスタンス
(2) 日本企業の観察からの示唆
(3) 先行研究のモデル
(4) 既存モデルの限界
2 採用のホィールモデル
(1) ループ構造のモデル 三つの特徴
(2) 「回転」が生む慣性
(3) 採用の変革エージェント
(4) 「採用のホィールモデル」
3 マルチレベルのホィールモデル
(1) 組織階層
(2) 誰がホィールを回すのか
4 採用のホィールモデルの展開
(1) モデルの新規性
(2) モデルの網羅性
(3) モデルの汎用性
第7章 「採用のホィールモデル」の検証
1 モデルが存在するとはどういうことか
(1) 包括的モデルの目的
(2) 利用するデータ
(3) 検証の枠組み
2 ループモデルの検証
(1) 各フェーズの変数
(2) 検証結果
3 組織間連携の検証
(1) 組織間連携の変数
(2) 検証結果
4 採用ハブの検証
(1) 採用ハブの変数
(2) 検証結果
5 ホィールモデルの活用
第8章 次世代リーダーの獲得――グローバルメーカーA 社の変革事例
1 次世代リーダーの獲得
(1) 人事最大の関心事
(2) 変革の難しさ
2 研究の枠組み
3 A 社における変革の背景
(1) A 社の沿革
(2) ビジネスリーダーの必要性
4 A 社の人事制度
(1) 人材マネジメントの方針
(2) 従来の新卒採用
5 新たな仕組み
(1) 育成プログラムの設計
(2) リーダー候補者の採用
(3) 入社後の配属
6 変革への取り組み
(1) 採用の成果
(2) 採用基準の統合
(3) 人事と部門の連携
(4) 既存社員の意識改革
7 ホィールモデルにもとづく考察
(1) 「育成か調達か」ではない
(2) 変革の全体像
(3) 「対象の限定」による突破
(4) フィードバックループと「時間軸」
(5) 組織の境界を越える
第9章 新卒・中途・有期雇用の採用はどう異なるのか
1 採用の分化により何が起きているのか
2 研究の枠組み
(1) 先行研究のレビュー
(2) 研究の方法
3 新卒採用の分析
(1) 経営幹部候補の採用
(2) モデルにもとづく分析
4 中途採用の分析
(1) エンジニアの採用
(2) モデルにもとづく分析
5 有期雇用採用の分析
(1) 基幹業務社員の採用
(2) モデルにもとづく分析
6 横断的な考察
(1) 三採用の相違点
(2) 三採用の共通点
7 採用の進化
(1) 実務への示唆
(2) 貢献と課題
第10章 日本・フランス・アメリカ企業のタレント獲得
1 日本・フランス・アメリカ企業
(1) タレント獲得とホィールモデル
(2) 三カ国の人材マネジメント
2 タレントマネジメントの現状
(1) 「タレント」とは誰か
(2) 特別なキャリアトラック
(3) タレントの報酬
3 タレント獲得の現状
(1) タレントの採用ルート
(2) タレント獲得における人事の関与
(3) 採用活動に関するナレッジ
4 仮説とデータ
(1) タレント獲得に関する仮説
(2) 検証に用いる変数
5 募集・選考の成果の分析
(1) 日本企業
(2) フランス企業
(3) アメリカ企業
(4) 横断的な考察
6 雇用後の成果の分析
(1) 日本企業
(2) フランス企業
(3) アメリカ企業
(4) 横断的な考察
7 タレント獲得を成功に導く要因
(1) 各国企業に特有の要因
(2) 各国企業に共通する要因
(3) 貢献と課題
第11章 採用活動のフィードバックループーー日米企業の比較から
1 フィードバックループ
(1) 採用の本質的な特徴
(2) ループの種類
(3) フィードバックループと採用の成果
2 日本とアメリカでのインタビュー
(1) インタビュー調査の概要
(2) 日本企業へのインタビュー
(3) アメリカ企業へのインタビュー
3 定量調査の分析
(1) 人事とテクノロジーと時間軸
(2) 日本企業の分析結果
(3) アメリカ企業の分析結果
4 フィードバックループのメカニズム
(1) フィードバックループが回る条件
(2) 採用ハブを担う人事
(3) 貢献と課題
第12章 過去と未来
1 採用のこれまで、これから
(1) 採用の戦略
(2) ユニバーサルな戦術
(3) グローバルな戦術
(4) ローカルな戦術
(5) 戦略的採用の核心
2 研究のこれまで、これから
(1) 本研究のまとめ
(2) 今後の展開
おわりに
参考文献
事項索引
人名索引
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