【試し読み】『女性たちの韓国近現代史』
2024年10月刊行の『女性たちの韓国近現代史』は、開国から植民地期、朝鮮戦争を経て現代へ至るまで、激動の世紀を生き抜いた女性たちを描く韓国・朝鮮ジェンダー史の基本書です。著者である大阪産業大学国際学部准教授の崔誠姫先生は、連続テレビ小説「虎に翼」の朝鮮学生考証で制作に携わった、今注目される若手研究者の一人です。今回は冒頭の「はじめに」を特別公開致します。ぜひご一読下さい。
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大学で歴史に関連する授業をするとき、初回ガイダンスで学生に必ずする質問がある。その質問は次のとおりである(便宜上、大阪の大学での質問という設定)。読者の皆様もこの質問の答えを考えてみてほしい。
質問:今から配る用紙に歴史上の人物を三名書いてください。国や時代は問いません。ただし存命中の人物、現在放送しているNHK大河ドラマの主人公、大阪で最も有名な人物といえる豊臣秀吉は除きます。
読者の皆様が選んだ三名はどのような人物だっただろうか。この質問には二つ目的がある。一つは学生の歴史に対する知識・関心を問うことである。集計を出すとたいてい戦国大名が多くなる傾向があり、次いで日本やアメリカの政治家となるケースが多い。これはおそらく大河ドラマやニュースの影響といえる。そして戦国大名は全員が、政治家はほとんどが男性なのである。
もう一つの目的は、第一の目的から明らかになった結果を示し、名前が挙がった人物がほとんど男性であることを可視化することにある。集計を取ったあと「この集計から何か気づくことはないか」と聞くと、「男性ばかりである」と答えてくれる学生が一〜二名はあらわれるが、多くはそのことに気づいていない。
受験生の必須アイテム『日本史用語集』(山川出版社)、『世界史用語集』(山川出版社)は歴史用語や人名の重要度を示すため頻度を数字で示しているが、高頻度の女性は日本史・世界史とも非常に限られている。女性に関連する歴史用語も似たような状況といえる。これらは歴史が男性中心に述
べられ、語られてきたことを示している。
朝鮮半島の歴史もまた男性中心に述べられてきた。たとえば世界記録遺産に登録されている歴史書『朝鮮王朝実録』は国王の一挙手一投足が詳細に述べられているが、それに比べ王妃や王女たちの記録はほんのわずかである。近現代に入ると女性が歴史上で目立ち始めるが、朝鮮の開国、植民地支配とそれへの抵抗、南北分断と朝鮮戦争、独裁政権などのキーワードとともに語られるのは、やはりほとんどが男性なのである。
近年、このような男性中心の歴史に異を唱えるかのように、女性・ジェンダーに着目した歴史研究/歴史叙述が世界中で増えている。これは、そこにいたはずの人たちに着目し、「可視化」するための作業といえるだろう。本書もこのような問題意識を出発点とし、朝鮮半島の近現代の歴史を女性中心に述べている。
一九世紀末朝鮮の開国と近代化は、国家の危機を迎えた朝鮮社会の目まぐるしい変容を示すと同時に、これまで家の中に閉ざされていた女性が「外」に出る契機をもたらした。二〇世紀の朝鮮の植民地化は、儒教思想にもとづいた男尊女卑に加え、植民地の女性としての新たな「役割」が付与されることになった。同時に植民地支配は朝鮮人女性をさまざまな要因で、日本やアメリカなどのさらなる「外」へ向かわせた。そして二〇世紀は女性たちが「支配」や「独裁」とたたかった時代でもあった。さらに、近現代は朝鮮の女性たちが教育の機会・社会進出の機会を得られた時代でもあり、それゆえ戦い、悩み、葛藤した時代でもあった。女性たちの戦い、悩み、葛藤は今も続いている。本書はこのように歴史から見えなくなってしまった朝鮮半島の女性たちを「可視化」し、今もなお不可視化される女性たちがいることを問うためのものでもある。
本書のメインタイトルは『女性たちの韓国近現代史』である。本来ならば韓国近現代史ではなく朝鮮近現代史とするべきかもしれない。しかし一九四五年以降の叙述が大韓民国中心になっていること、現代の大韓民国から振り返って近現代を見つめるという意味も込めて、このタイトルとした。
なおタイトル・本文では略称の韓国を用いている。また朝鮮民主主義人民共和国については、共和国、DPRK、朝鮮などさまざまな略称があるが、便宜上日本のメディアや教科書で用いられている北朝鮮を使用している。
また本書はなるべく平易な文章でわかりやすく書くように心がけた。各章の終わりにはコラム欄も設けて、女性たちの歴史に関するドラマ・映画などを紹介している。巻末の参考文献はなるべく手に取りやすいものを選んでみた。これらを活用し本書を通じて韓国近現代史と一緒に、ドラマや映画も楽しんでいただければ幸いである。
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試し読みは以上です。続きは本書をお買い求め下さい。
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