【試し読み】教育経済学の基本となる1冊!『子育ての経済学』
近年、中室牧子著『「学力」の経済学』(ディスカバー21)や山口慎太郎著『「家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)といった、子育てや教育をテーマにした経済学の書籍が注目を集めています。弊社は、こうした「教育の経済学」についての基本書となるような書籍『子育ての経済学――愛情・お金・育児スタイル』を刊行しました。
本書は、トップクラスの経済学者が、日本を含む世界各国の子育てについてのデータを集め、それぞれの国ではどのような育児スタイルが用いられているかを中心に、それらの傾向がなぜ生じたのかを分析していきます。データの分析というと難解なイメージを持たれるかもしれませんが、数式などは掲載せずグラフや表を用いてわかりやすく解説し、著者自身のエピソードもふんだんに紹介しながら書き進めていますので、非常に読みやすい仕上がりです。
今回は、著者が日本語版に向けて執筆された「日本語版序文」をご紹介します。この文章を読むと、著者が本書を書いた目的や、問題意識、そして日本の読者にどう読んでもらいたいのかが、よくわかりますのでぜひご一読ください!
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日本語版序文
日本の読者の皆さん、とりわけ子育て中の皆さんに、私たちが著した子育ての経済学に関する本を通じてお会いできることを、とても嬉しく光栄に思います。この本を書く最大の喜びは、多くの国の親子と交流して、そこから学ぶことです。私たちは複数の国に住んだ経験を持ち、それ以外の国についても、子育てに関する研究の過程で訪問する機会がありました。実は日本は、本書の主なアイデアを最初に発表させてもらった国です。2015年12月に、ファブリツィオが慶應義塾経済学会にて「育児スタイルの経済学」に関する講演を行いました。それ以来、日本の家族に対する私たちの関心と興味は衰えていません。
本書では、複数の章にわたり、日本の子育てについて様々に取り上げています。西洋諸国の読者からは、日本の子育てについての質問が絶えません。たとえば、日本の多くの小学校で行われている一輪車の指導のことなどです。
この本の基盤は2つあります。1つ目は数年にわたる研究、2つ目は世界の子育てに関する私たちの個人的な経験と知識です。親のしつけのスタイルは国によって大きく異なると言われており、となると子育ての方法は、主に長年にわたる国民の文化と伝統が決定するものだと結論付けたくなるかもしれません。
しかし、私たちの調査は異なる結論を示しています。世界の異なる地域の親たちは、同じような希望と願望を持っており、つまりわが子が繁栄し成功する未来を見たいと願っているのは同じなのですが、その目的を達成するために必要なことが社会によって違うのです。際限ない競争に基づいて経済が構築されている国もあれば、政府が資源と機会の再分配に大きな役割を果たしている国もあります。現代では、ほとんどの国において、教育は成功への道であり、親は子どもが学校生活を首尾よく乗り切るためのサポートに膨大な時間と労力を費やします。ただし、学校制度は国によって異なります。中国と日本では、試験と成績が非常に重要です。アメリカでは、課外活動も重要視されます。そして北欧諸国では、他者と協力する能力が、成績や個人の習熟度よりも優先されるのです。
私たちの研究は、文化的なステレオタイプに異議を唱えています。欧米では、ヨーロッパやカナダや米国といった欧米諸国の子育てと、日本や中国や韓国で行われているアジアの子育てとの間に明確な違いがあるという見方が広まっています。しかし一枚皮をめくると、日本の子育ては中国の子育てとは大きく異なり、同様にスウェーデンの子育てはアメリカの子育てとはまったく異なることがわかるのです。
西洋におけるアジアの子育てに関するステレオタイプは、野心と執拗な努力を重要な価値観とするものですが、調査データは、日本の親は他のアジアの国に比べて、子どもに勤勉の価値を植え付けることに熱心ではないことを示しています。この点については、むしろヨーロッパの親に近いのです。その代わり日本の親は、自立した子どもを育てることに非常に関心を持っていること、そしてすべての先進国のなかで最も「専制型」が少ないこともわかりました。同時に日本の多くの親は、子どもの教育面での成功に熱心に取り組みますが、これは東アジアの親に共通する特徴です。
こういった類似点と相違点を理解するために、主に2つのことに目を向ける必要があります。それは、経済的インセンティブと学校制度の組織です。経済的不平等、子どもの人生を左右する重要な試験の実施、高等教育へのアクセスのしやすさなどの要因が、子どもの成功をサポートするにあたっての親の考え方を形成し、その信念に従って子育てを選択するのです。文化と伝統にも、確かに果たすべき役割がありますが、私たちの見解では、世界中の親は一般に考えられているよりもはるかに似ており、違いは主に、直面する環境の違いによって形作られるのです。
本書は2019年、新型コロナ危機が発生するよりも前に、英語で書かれたものが最初に出版されました。公衆衛生危機は、子育てに大きな影響を及ぼしています。ほとんどの国で、学校は数ヵ月間閉鎖されたままです。日本はいち早く、夏休み前に学校を再開した国の1つでした。この困難な時代に良い親になるために何が必要なのか、子育て中の方は多くの疑問を抱えています。現在、親であることは、これまで以上に、喜びだけではなくストレスと欲求不満と不安の原因でもあることでしょう。私たちは、本書のなかですべての質問に答えていると言うつもりはありません。しかし、親の課題への向き合い方について、国際的な視点を共有することで、この本がストレスをいくらか和らげ、お父様方とお母様方が家族生活の楽しい面に意識を向けるのに役立つことを願っています。
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本書の目次
イントロダクション
第1章 育児スタイルと経済学
第2章 ヘリコプター・ペアレントの出現
第3章 世界各国の育児スタイル
第4章 不平等、育児スタイル、子育ての罠
第5章 鞭からニンジンへ――専制型の子育ての終焉
第6章 男子VS女子――ジェンダーの役割の変遷
第7章 出生率と児童労働――大家族から小家族へ
第8章 子育てと階級――英国における貴族階級VS中産階級
第9章 学校制度の組織
第10章 子育ての未来
解説(大垣昌夫)
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