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尼子から引き継ぎ、予選会まであと6日というタイミングでこのブログを書きます
トレーナー4年の井上りこです

全体の引退ブログの締切とこのブログの締切が同日で、ただでさえ体も頭もいっぱいいっぱいなのに何も考えられない状況です

でも私という人は、普段自分の思いを口にすることは苦手で溜め込む性質を持っているので、定期的にこうして考えを綴ることのできるブログというツールは時に気づきもあったりしてありがたいものでした

いつも私のブログの順番はどこかにストレスや不満や悩みを抱えている時期だったりして、自分にとって理不尽だと思ったり怒りの感情が渦巻いていたりしているのですが笑
書くことを考えていくと、自分の足りない部分や周りの状況が見えてきたりして書き終わった時には最初とは違った感情になっていることもあったのでした

予選会は通過する予定なのでこの先もブログを書く機会はあるのですが
それでも予選会を前にしてこれまでの感謝を伝えておきたいなと思いました

あちこちで何度も言っていますが、私は当初長距離マネージャー志望でした
なぜなら今まで陸上はもちろんスポーツ自体まったく無縁の生活をしてきた私はどの部活もピンとくるものがなく、唯一知っているのが箱根駅伝だったからです

自宅のテレビはほぼスポーツしか映っていないという我が家の環境で箱根駅伝だけは(お正月だから)毎年必ず観ていたし
予選会は地元立川での開催だったため現地で見ていたことは大きく
結果発表での各校の悲喜交々は少なからず、自分の心を揺さぶるものがありました

そしてこれは多分初めて言いますが、私が大好きだった祖父は私が小学校5年生の時に亡くなったのですが
肺がんの末期で余命半年と言われた2011年の6月
今までテレビで見ていた箱根駅伝を来年のお正月は箱根で観ようと予約をして祖父も私たちもとても楽しみにしていました
夏が来て秋が来て12月に入った時にももうすぐ箱根だなと病室で話をしていた矢先に亡くなってしまいました
翌年の箱根駅伝を観るのはとても辛かったのですが、復路の9区を走るどこかの学校の選手が箱根直前に父親を病気で亡くし、彼が箱根を走るのを楽しみにしていた父のために走っているというその姿を見て涙しました
どのスポーツもそうだとは思うのですが、箱根にはいつも特別なものが詰まっているという印象でした

祖父が亡くなって数年は箱根の小涌園が映るたびに悲しい思いで胸がいっぱいになりました
私が大学生になって競走部に入って箱根に行ったら祖父はどんなに喜ぶだろう、小涌園の画面が悲しい気持ちではなく慶應は先頭からどのくらいかなと
ワクワクして観られるようになる・・
という私の入部理由というか夢は杉浦さんが見事叶えてくれたわけですが笑
やっぱり学連選抜ではなく、慶應義塾として箱根に行くことが当初からの目標です

マネージャー志望が気づけばトレーナーになり、トレーナーとして何の経験も知識もない私だったのに
長距離の先輩たちは優しく接してくれ、温かく見守ってくれました
後輩である私を頼ってくれる先輩もいました
ごはんに連れて行ってくれて
愚痴を聞いてくれたり
逆に悩みを打ち明けてくれる先輩もいました
数少ない同期たちとはもっとたくさん食べたり飲んだりしたかったなと今になって思います
可愛い後輩たちは後輩なの??と思うくらい図々しく気軽に接してくれて私先輩なんですけど!って言いたくなるくらい生意気に意見してくれたりして本当に可愛いです
全てに感謝しかありません

そんな生意気な子たちが苦しんだり迷ったり悩んだり愚痴ったり怒ったりしながら来る日も来る日も練習して頑張ってる姿をたくさん見せてくれたことは、私の日々の活動の力になりました
プロでもない私のケアで体が良くなった、りこさんにやってもらいたいと言われることが嬉しかったです
怪我に苦しむ姿を見るのは辛すぎました
怪我なく、練習や試合を終えてくれることが最大の喜びだったし絶対箱根に連れて行くからと言われた時はその気持ちが嬉しすぎました
辛かったことも悔しかったことも眠れないこともいっぱいあったはずなのに4年間が幸せすぎました

ありがとう

ここからどうか怪我することなく
当日悔いのないレースができますように

最後の予選会頑張ろう!

次は大木くんです
よろしくね☺︎

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