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好きな食べ物アイスの実、橘谷です

はじめまして。田島から引き継ぎました長距離ブロック1年の橘谷祐音と申します。失くした時計と財布ですが、無事両方発見しました。

生粋の理系脳ゆえ、文章を書くのに少々苦手意識があります。ご容赦ください。高校でも、中長ブロック内で交換日記のようなものがありましたが、このブログはというと内輪で楽しむだけのものではないので、発言には細心の注意を払っていこうと思います、と最初に言った私は4年生でどこまで羽目を外すことになるのでしょうか。楽しみです。では、参ります。

名前:橘谷祐音(タチバナヤユウト)
学部:理工学部 学門A
出身:新潟県
出身高校:県立新潟高校
趣味:海外の映画を見る(MARVEL,STARWARS,PIXER)、スキー
最近ハマっていること:かぐや様は告らせたい、APEX、ロキ(ドラマ)

といったところです。私はあべりく同様、理工学部に一般入試で入学しました。なので、受験した経緯を彼と似たものになるかもしれませんが、話していこうと思います。(あとがき:この後趣味に関しても掘り下げようと思ったのですが、思ったことを言葉にしていたら想像以上に文字数がいってしまったので、後半パートに関しては次回語っていこうと思います。)

 私の出身校である新潟高校は4年生の前田拓海さん大河さんの出身校でもあり、代は被っていないものの、顧問の先生が同じだったこともあり、高校時代に何度か一緒に練習をさせていただきました。そんなご縁で、2年生の頃、保科コーチから慶應へのお誘いをいただきました。しかし、その時点で即志望決定というわけではありませんでした。

私は高1の春から東工大志望でした。理由はというと、もちろんアベリクのように東大を目指したい気持ちもありましたが、高校受験の段階で国語の成績だけ異常に低く、大学受験でもまともな点数を取れる気がしなかったため、2次試験で国語を受験科目に含む、東大京大は速攻諦めたからです。大学では宇宙系の研究をしたいと思っていて、それを可能にできる素晴らしい環境が東工大にはありました。ですが、慶應に全然興味がなかったかと言うと全くそんなことはなく、箱根駅伝プロジェクトには強い関心がありました。実は、東工大を志望していた理由の一つに、「関東の大学であること」がありました。そうです、実は大学で陸上を続けることは既に決めていて、関東学生連合チームとして箱根に出場したいという夢を密かに持っていました。そのため、チームとして箱根を目指せる環境はとても魅力的に感じました。

いきなりですが、世の中には「大学受験の合否で人生は変わる/変わらない」論争が存在しています。そして、当の受験生には両サイドから励ましの言葉が届きます。「今後の人生を成功させるために頑張って偏差値の高い大学へ行きなさい」、「大学受験の結果が必ずしも君の人生を決めることはないからリラックスして試験に臨みなさい」といった感じです。前者は難関大学に入ってしまえば、人生安泰などと言っているようなもので、私はこの考え方が好きではないです。一方、後者は受験に成功しようと失敗しようと、その後に自分の居場所で努力を続けるインセンティブが働くため、良い考え方だと感じます。(高校の朝読書の時間にゲーム理論の本をずっと読んでいたので、インセンティブという言葉をどうしても使いたかっただけです。使い方が違うかもしれません。)

話の本筋にあまり関係もない導入が長くなりましたが、私が言いたかったのは「東工大、慶應のどちらを目指すかで人生が大きく変わる」と思ったということです。基本的に私は後者の意見に賛同していると申しましたが、「箱根駅伝という圧倒的な知名度を持った大会へ出場するチャンスの差」、これは人生を左右するものだと考えました。出場できたのなら、そこに至る過程も含め一生の財産になるはずです。その2択は3年生になっても迷い続け、結局惰性で11月までは東工大メインでの対策勉強が続きました。12月になって高校の先生からの助言などもあり、慶應第一志望でいこうとやっと腹をくくり、慶応理工専門の勉強にシフトしました。両方の大学生活を想像し、もう一方の大学に行っていればよかったと感じない方を選びました。時間の問題で、試験問題の性質が真反対である2校のダブル合格は難しく、どちらか一方なら現役合格をつかめると思っていたので、慶應に絞りました。結果、慶應理工学門Aは合格、東工大理学院は15点足りずの不合格でした。戦略通りいったので満足です。後付けのような戦略ですが、慶應理工の試験終了後に、東工大の試験が残っているにも関わらず、“やりきった”という感情が湧き、少しだらけたので、本当だと思います(笑)

というわけで、地元を離れ、この部活で練習を開始して3か月が経ちました。順調に受験ブランクを埋めることができていて、7月中には最も調子のよかった頃の能力が戻ってきそうです。このままのペースで、上を目指して努力を続けていきます。田島に危険視されているのは何処かの橘屋君なので、私には関係ないですが、彼をさらにビビらせる結果を狙っていこうかと思っている所存であります。

次は鳥塚君です。最初、彼の出身高校名を聞いて、石川県の出身だと思っていました。やけに帰省していると思ったら… 余談でした。よろしくお願いします。

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