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「今回のエントリーメンバー14人を発表する。4年生から安倍、木村、田島、橘谷……以上の14名で今年は予選会に挑もうと思う。」

「いやいや、え…間違えてない?ミスってない?」


こんにちは。本日はマネージャーの小林ではなく、4年生の田口翔太です。
いつも通りのブログリレーなら木村の次は小林ですが、今回は駅伝主務としていつも以上に素晴らしい文章を予選会直前にのせてもらうため、先に私が書かせていただきます。
 
あまり長文を書くのは得意ではありませんが、今回はサッカー少年だった私が箱根出場に向けて挑んできた「4年間の予選会と自分」をテーマに頑張って書いていきます。


箱根駅伝予選会

駅伝に詳しい人でない限り、正月にTVで見る箱根駅伝に予選があるということを知っている人は多くないというのが私の印象です。私の周りにいるサッカー友達は予選会のことを話すと、「箱根って予選があるの?」と驚いた顔で聞いてきます。かくいう私も高校2年生までは予選会というものを知らず関心を持っていませんでした。しかし競走部に入部する頃には、当然陸上にも詳しくなってテレビ中継もされる予選会の舞台に非常に魅力を感じるようになりました。
どんなに足が速い選手でも人生でMAX4回しか走れない貴重な舞台に立ちたいと思うようになりました。
そして
 
「4年生でチームの代表として予選会に出走して箱根駅伝に出場する」
 
と1つ大きな目標を入部後に立てました。


予選会と私(1年目)

当然、入部当初は予選会メンバーには箸にも棒にもかからないような実績しかありませんでしたが、上級生や同期の練習に必死でくらいついていました。その成果として1年生で経験を積ませる枠として選抜合宿である菅平に連れていってもらいました。「万が一にも予選会を走れる可能性がある!」ととても喜びました。しかしながら選抜合宿とその後の富津の強化練習で自分と速い選手との実力の違いを目の当たりにして「予選会メンバー入りは楽じゃないな」と感じました。それでも予選会メンバーを争う選手と一緒に練習し、レベルが違うなりにも競争をして自分の成長を実感できる環境が私にとっては非常に嬉しいものでした。
メンバー発表を経て予選会当日、一緒にした上級生や同期がテレビの中で走る姿を見て率直に羨ましく思いました。
その時に、「4年生で予選会に出場して…」という目標から「まずは来年予選会のメンバーに選ばれる」ことを新たな目標として掲げました。


予選会と私(2年目)

毎日の練習に少しずつ慣れてきたこの年は「ひたすらに練習に取り組む」ことをテーマに毎日を過ごしました。
スピード感を身につけるために橘谷から“ドリル練習”を教わりました。手本を見せてくれた時は「こんなの出来るわい」と心の中で突っ込みましたが、いざやってみると一歩も前に進めず衝撃とショックを受けました。そこから毎日jog後にドリルに挑戦し、何か月後かに橘谷がドリル出来ている私のことを見て驚いていた時は成長を実感できてとても嬉しかったです。

ドリル以外にも朝練前の柔軟体操、競技場までの軽jogなど練習量(陸上に費やす物理的な時間)を増加させる取り組みに意識的に取り組むようになりました。怪我無く練習を継続できたことで初めて予選会のエントリーメンバーに選ばれました。しかし、そこから出走できるか否かのボーダーライン上だった私は一切気が休まりませんでした。1つ練習が終わるたびにドキドキして生きた心地がしませんでした。

そして予選会2日前。出走メンバーを発表する際に私の名前が呼ばれました。嬉しさ半分、安堵半分の気持ちで発表後の朝練に走り出したことを今でも覚えています。

けたたましい太鼓の音、各大学の応援団による応援合戦。予選会当日の駐屯地は朝早くからにも関わらず祭りのような賑わいをみせていました。そんな雰囲気にあてられ私自身も心臓を打つ音が速くなりドキドキしていましたが、緊張というよりもワクワクする気持ちの方が強かったです。

沿道にいるたくさんの応援者を横目に走るのはとても楽しかったですが、21㎞強は半端なくきつかったです。しかし間違いなく良い経験となりました。

「この舞台で他大学と競り合うような活躍をするにはどうしたら良いのだろう?」と考え、その答えを見つけに行くことが新たな目標となりました。


初の予選会

予選会と私(3年目)

初めて予選会を走った翌年、次は「予選会で活躍してチームの勝利に貢献する」ことをテーマに取り組みました。そのため夏合宿では誰よりもBチームの練習を引っ張りました。橘谷に「変わるよ」と言われても「いや行く」と。
自分の活躍がチームの底上げにつながると思ってたくさん引っ張りました。練習は量より質とも言いますが、大学3年の8月に月間走行距離が1000㎞を超える練習量をこなしたことは確実に自分を成長させてくれました。
そして挑んだ予選会。5㎞通過、10㎞通過共に自己ベストを更新して15㎞通過も作戦会議通りの通過タイム。「これは行ける」「絶対いける」と思ってゴールしましたが、結果は予選会通過ラインより10分の差がありました。
当然のことですが、周りの大学も強くなっていることを肌で実感しました。

予選会と私(4年目)

昨年と過去5年間程の予選会の結果を踏まえて「予選会:64分30秒、個人150位」という目標を立てました。
予選会のタイムから自分の成長を実感できたので今年はさらにタイムを縮めていくぞと意気込みましたが、予選会後の11月から大学生活初の怪我による長期離脱で4年目をスタートしました。1度回復したものの納得できるように練習に合流したのは6月末でした。
スタートは遅れましたが8月の合宿前後から少しずつ調子が上がってきました。怪我をしていた期間で立てた「予選会までベストコンディション持ってくる計画」に結果が伴ってきました。
 
9月中旬以降の練習もコンディションの良さを実感しながら走れました。間違いなく目標タイム(64分30秒)で帰ってこられるような状態に仕上がっていると10月6日(日)の練習を終えて思いました。
その日の午前に駐屯地で行った試走でも勝てるイメージが湧いていました。
帰寮後にメンバー発表があったのでその時間までドラマを見て過ごしていました。
「代表選手としてしっかり覚悟持たないとな」そんな風に思っていました。
そしてメンバー発表の瞬間がきました。
 
「今回のエントリーメンバー14人を発表する。4年生から安倍、木村、田島、橘谷……以上の14名で今年は予選会に挑もうと思う。」
 
「え?」
 
「いやいや、え…間違えてない?ミスってない?」
虚をつかれました。予選会当日を考えて少し緊張していた私にとっては正直、想定外の出来事過ぎました。
保科さんに呼び出された時に「あ、マジのやつだ」とようやく理解しました。呼び出された後、どうしてもと思い、選外の理由を聞きに行きました。
様々な基準や要因が重なった結果、メンバー外になったのだと聞いて「そうか…」と納得、、、、、、、は出来ませんでした。
聞いたうえで
「ハーフですよ」
「僕ですよ、コンディション上がってますよ」
「絶対に自己ベスト更新して帰ってきますよ」
と柄にもなく熱い言葉が飛び出しそうになりましたが
「信頼の置かれるような状態に持ってこれず、すいません」と力なく答えるのが精一杯でした。
2日前の尼子のブログにもあったように私も「4年生で予選会に出走して…」という目標のスタートラインに立つことが出来ませんでした。

予選会まで残り6日


今日まで私と話すときに予選会メンバーの話題については正直、触れずらかった人も多いと思います。メンバー外について驚いてくれた人、かわいそうだな…と思った人、外れたのに泣きもしないのかと感じた人も。
泣き顔も悔しがる顔も見せずにヘラヘラしている(ように見せていました)日々を過ごしていました。
 
 
でもね、死ぬほど悔しいですよ。
こんなにいい状態でスタートラインに立てないんですから。
“4年生で予選会に走る”という目標のチャンスすらないんですから。不貞腐れようかとも思いました。
けど、冷静に考えてみたらこの4年間で、数を挙げればキリがないくらいのたくさんのチャンスを自分は与えられてきました。
 
初心者なのに入部させてくれたこと、1年目に菅平選抜合宿に連れていってもらったこと、2年目に賭けかもしれないが予選会メンバーに選んでくれたこと、、、、
まだまだ数えきれないくらいありますね(笑)
危ないですね、理想通りにいかないと今まで自分が与えられたものをすぐに忘れて、一時の感情で行動してしまうところでした。
 
わざわざ自分の感情を出さなくてもよくないかと思う人もいるかもしれません。
しかし、私は人生の酸いも甘いも知っている50代のおじさんではなく、まだまだ未熟な20代です。この出来事を自分の中だけで消化できるほどの強さや経験値は持ち合わせていなかったので、ここに表現してしまいました。
だいぶひとりよがりな文章になってしまい、すいません。
 

今回エントリーしたメンバー、特に同期4人は全員強いです。「後は頼みましたよ。」

Bチーム、自信を持って予選会に臨んでください。
最近取り組んだ5000m×2、15000mのビルドアップ走は今年が一番早い設定タイムでした。慶應の予選会突破は6~10番目のタイムにかかっているのでガンガン勝負してきてください!
 
当日は声でしか後押しできませんが、精一杯応援します。チームで予選会を突破しましょう。
 

潮見小学校の陸上教室は良い経験でした


次は橘谷です。
ばなやの特徴は優しさです。1年生の頃から初心者の僕に陸上の知識やドリル練習などを根気強く教えてくれました。そんな優しさは普段の練習でも見られます。
2年生になってからはBチームで先頭を走りBチームの底上げに貢献していました。そんな他人想いなばなやも今年は自分のタイム短縮に特にこだわって取り組んできました。Jogの1つ1つ、睡眠時間の確保など。去年とは比較にならないくらいのタイムで帰ってくると確信しています!ファイト!
ばなやの優しさにつけこんで「推しの子」コミックスを毎度読ませてくれたお礼をしていなかったので予選会が終わったらお礼します。多分笑

まずは予選会、爆発してきてくれ!
 

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