見出し画像

「奇跡の星」その3

3 ずっと二人で
 ぼく達は、誰もしらない未知の世界に迷い込んでしまったんだろうか。それとも自分たちだけが、見つけた新たな世界を切り拓いているんだろうか。二人が合わさって何かを始めるということは、これまでのひとりでは出来なかったことが今繋がって初めて出来ることなんじゃないだろうか。
 ぼくは道士と別れる前に、先に唯何が外に出てぼくを待つ間の短い時間に、道士に何かヒントを与えて欲しいと頼んだ。道士は、ぼくがぐずぐずして直ぐに外に出て行かないのを知っていた。道士は言う。
「何かをあきらめるかという選択であなたは少し迷っているようですね。それじゃ少しヒントを差し上げましょう。あなたは16歳で直ぐに免許を取りバイクに乗り始めました。それは父親譲りの環境のせいですね。父親が野球好きやサッカー好きだったら、子供なら同じ興味を持ちます。ただあなたはバイクを使ってレースに出たり、改造したりまでする程興味はなかった。それは別の興味をある時に抱いたからです。それは映画であったり、読んだ本であなたにその時感動を与えたものだったりします。それで今あなたはある程度自分でも自信を持って短編小説を描いたり出来ていますね。私はそれをあきらめなさいとはもちろん言っていません。ただ唯何さんも詩を描いたり、エッセイを描いたりするのが好きですし、上手です。それで自分の今のペンネームは捨てて、二人の共通するものにしたらいいでしょう。例えば、あなたはエラリー・クイーンという作家はご存知ですか?」
 ぼくは推理作家だという程度の知識しか持っていなかった。
「この人物は、二人の男性が一つのペンネームで作品を世に送り出しているのです。ひとりがアイデアを出して、そのアイデアをもう一人がつむぐ。そうして一つのストーリーが出来上がるんです」
「面白い話ですね」とすかさずぼくは言った。
「はい。日本では藤子不二雄という漫画家もそうでしたよね。そうした方がいい場合があるんです。あなたはこれから唯何さんと結婚し、夫婦となります。あなたが今毎日書いている日記もそうなんです。出来れば二人で一つの日記を作っていくべきです。そのようにした方が秘密をなくすという意味でも良好な関係を築いていけます。あまり世間では流行っていませんがね。そうでしょう?」
ぼくは、本当に道士のそのアイデアがなるほどと思うほど合点がいっていたから「本当にそんな事一度やってみたいです」とうなずいて言った。
 道士は続けた。
「バイクのことですが、唯何さんが今後あなたに乗るのは出来ればやめてほしいと注文するかも知れません。それはあなたの事が心配だからです。せっかく掴んだ幸せを失いたくないからなんです。これまでもあなたはバイクで出かけた先で物をくしたり、忘れたりしたことがありましたね。それはあなたにある『気付き』を与え、事故に遭わないように教えていたのです。それは亡くなったお父様かもしれませんし、もっと大きな存在なのかもしれません。ひとつ具体的な話をしましょう。あなたは今年の夏に一人で室生寺という所に出かけました。かなり遠方にパトカーを見つけたあなたは、側道に寄せてしばらく鞄の中に免許証があるかを探していましたね。パトカーがそばを通り過ぎている時に免許証を見つけて安心して発進しました。その数分が、実は命取りになったのです」ここまで言うと道士は大きく溜息ためいきをついた。
 親父がいつもそばにいてぼくを見守っているのを感じていた。道士が溜息をついたのは、ぼくが道士の言葉に反応して涙ぐんでしまったからだった。今こうして自分が存在するのは、親父のお蔭だと思っている。だから唯何の言うことも素直に聞けているように思う。道士は最後にぼくに話したのは、自分でも考えていたことだったから驚いた。「唯何さんとあなたでは少し文のつむぎ方が違いますね。どこで句読点を打つのかとか、ほんの些細な事で違いがあります。今後そういった小さなこだわりをお互いによく話し合ってみて下さい」
 ぼくは道士にお礼を言って深々とお辞儀をした。
 外で少し寒そうに待っていた唯何のもとに行くと、すかさず唯何はぼくに右手を差し伸べる仕草をした。ぼくはその手を左手で握って「何も心配いらないよ」と言ってやった。何も心配要らない。
 どちらかというと、森の中にあるレストランが僕たちをわくわくさせていることに違いなかった。頭をぼくの肩にそっと載せてきたからそっと抱き寄せてあげた。そして安心して唯何はいつも通りぼくの左側を歩いた。


いいなと思ったら応援しよう!