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Revolutionary: トンゴ・アイゼン=マーティン@ノーネーム・ブック・クラブ

最近、以前から興味のあったノーネーム・ブック・クラブに加入した。パンデミック中はあらゆる対人のイベントが休止されていたので加入に躊躇していたのだけれど、最近全米各地でイベントが行われているため、加入を決意した。わたしが加入した後にLAで初めて行われたイベント、ベイエリアの詩人、トンゴ・アイゼン=マーティンをゲストに招いて行われた詩の朗読会+座談会に出掛けて来た。

会場はノーネーム・ブック・クラブの本部で、別名ブック・クラブ・ヘッドクオーター、ラディカル・フッド・ライブラリー(直訳すると「過激なフッドの図書館」だけれど、ラディカルは急進的な、先鋭の、と訳す方がしっくりくる気がする)。この本部開設に合わせてか、ノーネームもしばらく前にシカゴからLAに引っ越してきたようだ。

会場の近くに車を停めると、LAの富裕層地域から貧困層地域まで、ある意味平等に与えられている、パームトゥリーの並木道。青空とのコントラスとがあまりにゴージャスで、いつ見ても思わず吸い込まれてしまう。


(わたしには珍しく)時間通り会場に着くが、予想通りまだ始まっていない。「ちぇ、畑に水くれてくればよかったな」、と思いながらトイレに入ると、鏡の横にはマルコム・Xの肖像画、水道の背後には「欲しい物を取ってって」と英語とスペイン語(?)で書かれた、おむつやタンポン、トイレットペーパーなどの生活用品。既にブラックパンサー党的な理念や精神が感じられる。


まわりを見渡せば、ラティーノ、アジアン、ブラック、ホワイトと、思っていたより人種が混ざっていた。この日ビデオを撮っていた人もアジア系っぽかったし。そして会場には、ユニークな形で見覚えのある本棚に、所狭しと本が並ぶ。

なかなか始まらないので、いろんな本を見て回っていると、「Pro Life is A Lie」のポスター。最近、最高裁で強行突破された妊娠中絶禁止の法律に物申す、「妊娠中絶反対(生命尊重)なんてウソ」というはっきりとしたスタンス。ノーネームのブック・クラブらしいというか、リベラルなカリフォルニアらしいステートメントだ。

しばらくすると、本日の主役で、2メートル近い長身のトンゴ・アイゼン=マーティンが前に出て、前触れもなく詩を朗読し始める。今時の注意不足障害人口なんて関係なし、と言った感じで、黒人の命にまつわる社会の現状や歴史的背景など、革命的なピースをゆったり、かつ力強く、知的に、15名ほどのオーディエンスに向かって語りかける。どことなくモス・デフ(ヤシーン・ベイ)を思わせる、口をちゃんと開かずにもごもご喋る感じの話し方で、正直ちょっと聞きずらい英語ではあった。


15分ほど、圧倒的な雰囲気のポエムを朗読し終えると、トンゴが司会やオーディエンスの質問に答える座談会が始まった。聞けば、ベイエリアの黒人、ラティーノのコミュニティであるイーストオークランドにあるパーカー小学校が90日間お上に占領され、閉鎖の危機に追い込まれていて、彼はそれに対抗する運動に関わってきたという(現在も続ているかも)。

サンフランシスコ、オークランドと言えば、大分前からジェントリフィケーション(高級化、中産階級化◆劣悪化している区域に中流階級あるいは裕福な階級の人口が流入していくのを伴った区域再開発・再建プロジェクトのことで、通常それまでの貧困層の住民が住む場所を失う)が盛んで、長年住んでいた一般市民がどんどん街から追い出されてきた印象が強い。

トンゴは、これはエスニック・クレンジング(特定の民族浄化)が目的であり、数々の地元の学校も閉鎖に追い込まれ、昔人口の50%が黒人だったオークランドは、今では20%までに減少したという。

Wikiを訳したっぽいトンゴさんの日本語の紹介がこちらにあったので、拝借させていただこう。

「アイゼン=マーティンは1980年、カリフォルニア州サンフランシスコで、革命家の母アーリーン・アイゼンのもとに生まれた。両親は彼をジョサイア・トンゴガラにちなんで命名した。壁画家のミランダ・バーグマンは彼の名付け親である。コロンビア大学でアフリカ系アメリカ人研究の学士号と修士号を取得し、アフリカ系アメリカ人研究所の教授として、2012年のカリキュラム「We Charge Genocide Again!」を作成した。また、サンクェンティンやライカーズ島などの拘置所でも教壇に立った経験を持つ。ブラック・フレイター・プレスの共同設立者」

地元への貢献だけでなく、全米の刑務所や留置所で、構造的人種差別と闘う政治活動の一環として、そして「エクスプレッション・オブ・ラブ(愛の表現)」として、教育活動を10年続けてきたというトンゴさん。ブラックパンサー党のような、いわゆる「過激で急進的な」活動を始めるのもいいが、まだまだできることはあるとも語る。そして彼が使っていた「暴力は抑圧者が語る言語」という表現も、とても印象的だった。

僕は学校で若者たちに教育をしているだけであって、別に闘いを求めているわけじゃない。サンフランシスコのプロジェクト(低級所得者用団地)を合併するために住民を追い出しておいて、結果的に追い出した人口の1/3しか住民を元の場所に戻さず、挙句の果てに他州への移動を促進していた政府の仕打ち。狂暴な警察の暴力。次々とトンゴさんの地元住民を追い詰める現実を冷静に、かつ赤裸々に語っていく。

トンゴさんは病院ではなく、彼が育ったアパートで生まれたそうだが、そのアパートは現在、月になんと約130万円の家賃で賃貸されているという。だから、そこで生まれ育った住民たちが(自分たちが生まれ育った街に住む権利を守るために)団結しなくてどないすんねん!?と半分苦笑いしながらも、力強く訴えかけていた様子が非常に印象的だった。

革命家の彼のお母さんの口癖だったという「革命家には泳げる(溢れる)ほどの種が必要(Revolutionary needs seeds to swim in)」という言葉も、じっくりと噛み締めながら。

最後に、現在~今後の活動について語るトンゴさん。


久しぶりに直に対面で、知的、社会的、創造的刺激、思考の糧を浴びるほどいただいた。今度は毎月ノーネーム・ブック・クラブから出る今月の課題読書を読んで参加するお話会にも参加してみたい。

数多く並ぶ本の中から、いくつか目に入った作品を紹介。

「共産主義のいろは」的な。
「わたしたちはサバイバルするだけじゃない、それ以上のことがしたいんだ」
染みる…


「白人の怒り」


「1865年以前のホワイトアメリカでの黒人の暮らし」


最後にアジア系の男性が教えてくれた、「トンゴの本、ここで買えるらしいよ」。
トンゴさんが共同創設者となった出版社だった。
会場ではなぜか本が買えなかった。

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