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『天才を殺す凡人』にはならない。ただ、見殺しにするだけだ!


とある著者の出版記念パーティーに出席していた夜だった。ボクは、通りすがりの業界人から1人の天才(?)を紹介された。

「もうPRはやってないんだっけぇ?この人、超天才だからさ。もしよかったら話だけでも聞いてやってくんない?で、いいなって思ったら協力してあげて!」

ボクは、その言葉を聞いた瞬間、これまた面倒なことに巻き込まれはじめたな、と思った。けど、突然こんな風に面と向かって頼まれると面談料も請求しづらい。

ボクは、イヤイヤ仕方なく1時間だけ話しを聞き流してみることにした。

カフェに到着して紅茶が運ばれてくると、天才は他の人と同じように息をつく間もなく自分の話を語りはじめてきた。ボクは、なるべくその話しの中に引きずり込まれないように淡々と相づちを打っていった。

15分後。

たしかに、通りすがりの業界人が興奮していただけの才能があるな、と思った。たぶん、この人は本当に天才と呼ばれるに相応しい人なのだろう。

でも…

これはPRに携わっていた頃から感じていたことなんだけどさ、天才って結構いるのよ。実は、メディアに取り上げられていないだけでかなりの人数が道端にゴロゴロと転がっている。


ボクは、それがずーっと疑問だった。


もったいないなぁ。何とかして世の中に出ていくお手伝いができないかなぁと思って低額のギャランティで奮闘していた時期もある。

だけど、PR職人の師匠から学んだ通り、誰かをスターにしていく仕事は低額料金でやってはいけない。それは、身をもって痛感したことだった。

なので、ここは目の前にいる天才の役に立ちたいという「奉仕の精神」をグッと抑えて、自身のサービスについて説明することにした。

かくかく、しかじか。

ということなので、もしもご興味があればコチラの金額でご検討くださいね、と。

よし。

これでいい。

たとえ、相手がとんでもない天才であったとしても無料でサポートをすることは自分のためにも相手のためにもならない。この金額を提示して相手がNOと言うなら、それはそれで縁がなかったということ。

ど、どうだろう?

なんか…こういう微妙な間ってイヤなんだよね。とりあえず、断るなら断るでさっさと返事をしろよ!こっちは早く帰って明日の準備をしなきゃいけないんだぞ!

ボクは、そんな心の声を悟られないようにフッと天使のように微笑んで見せた。

すると、その天才はボクの笑顔につられたのかムフッと天使のように微笑み、悪魔のような答えを返してきた。

「僕が君に…お金を払う必要なんてないと思うんだけど。だって、君は今僕と話しているだけで恩恵を受けているでしょ?このコンテンツに触れて。それって、お金以上に価値のあることだと思わない?そうだ。こうしよう。君が持っているスキルと僕が持っているコンテンツを交換するんだ。君は僕をメディアに売り込み、僕は君が成長できるようにアドバイスを与える。どう?すごくいいアイデアだよね?ああ、それともう一つ。僕は出版が決まったとしても文章を書くことはできないから…君にゴーストをお願いしたいんだけど。これも無料でやってくれるよね?そうしたら書いているだけで君は僕のコンテンツを学べるもんね!(中略)」

し、師匠ォォーーーーーーーー!



やばい。やばいです。

ボク、すっげぇ変なヤツと遭遇しちゃいました!こ、これですね。師匠が言っていたことは!

こういう悪魔みたいな天才がウヨウヨと徘徊しているから高額なPR料金を盾に自分のエネルギーを守らなきゃいけなかったんだ。っていうか…マジで怒りを通り越して怖いんですけど。誰か、誰か助けてぇー!


ボクは、心の中で絶叫した。


そして、気づいてしまった。天才なのに道端で転がったまま埋もれているヤツらの原因が。

まぁ、簡潔に言うとだね

性格がヤバいからでしょ?

だ、か、ら、周りもサポートしたいとは思わないし、一時的にその才能に惚れて協力しようと思った人が現れても本性を知った瞬間に離れていく。


お金の問題じゃないんだよ。


実はこれ、文化人のPRをやっていたときから感じていたことなんだよね~。

才能と人格は一致しないなーって。

ネガティブな天才ってさ、影でサポートしている存在を消そうとしてくるんだよ。凡人を殺して、本物のゴーストへと仕立て上げてくる。


ボクは一度、

こんな目に遭ったことがあるんだ。


あれは、PR職人の師匠がジムを経営する某マッスル著者をTVやラジオに出演させ、めでたく出版にこぎ着けたときのこと。

その著者の出版記念パーティーのお知らせがFacebookにUPされた。詳細には「関係者の方々は、お気軽にお越しください」と書かれていたので、ボクと師匠は「おめでとうございます」というお祝いの言葉を伝えるためにちょっとだけ顔を出そうか、ということになった。

2人の著者候補を引率して。

師匠は、急に人数が増えると迷惑をかけるかもしれないので事前にスタッフの人達に連絡を入れた。そうしたら、まだ余裕があるのでOKですよ!という返信をもらった。

でもね、当日会場の前に到着すると中から慌てた様子のマッスル著者がゴリラのように飛び出してきて吠えたんだよ。


「今日は帰ってくれないか?」って。


師匠は懇願した。「え、でも…事前に連絡も入れているし、今日は著者候補の方々も一緒なので少しだけ見学を兼ねて入れてもらえませんか?」と。

でも、それでもマッスル野郎はYESと言わなかった。最終的には、扉を閉めながら"こう"言い放って華やかな会場へと消えていった。

「申し訳ないけど…今日はもう満員なんで…」

バタンッ!


こうして、師匠とボクと2人の著者候補は門前払いを喰らって帰ることになった。雨がザーザーと降りしきる、冷たくて寒い夜だったのに…。


ボクは、ブチ切れまくったよ。


師匠はさ、「あれぇ?事前に言ってたのにおかしいなぁ。みんな、ゴメンねぇ!」って謝りながら居酒屋に連れていってくれたけど。

ボクは、どうしても許せなかった。

そりゃあさ、マッスル野郎がすごい人だっていうのは知ってるよ。天才的なアイデアで芸能人からも注目されている業界の革命児であることも。

だけど…こうやって裏方の存在を消してまで「天才」でいる必要はあるのだろうか?


いや、必要はあるのか…。

ボクはねぇ、知っているんだよ。


お前がボクたちを門前払いにした本当の理由を。

怖くなったからでしょ?

PR職人が会場に入ってきて他の参加者としゃべったらバレちゃうんじゃないかーって。

マジで魂胆が見え見えなんだよ!

どうせ、メディア出演も出版も自分の才能だけで獲得したものなんだ~って周りに言いふらしていたんじゃないの?

PRを依頼したんじゃなくて、TV局や出版社のほうから熱烈なオファーが来て困っちゃったよ~みたいな感じに見せたかっただけ。


ネガティブな天才は、残酷で傲慢だ。


とはいえ、こういった仕打ちをしてくるヤツはマッスル野郎だけではない。

結構いるんだよ。

だからね、こっちも高額なPR料金を設定してネガティブ感情を相殺するようにしているってワケ。

結局、師匠が笑って許せていたのもそうした屈辱を晴らせるほどの金額を貰っていたからだ。



でも…

ボクは嫌だ!!!



思い出したよ。そうだ。ボクがPRから足を洗ったのはこういうコトに耐えられなかったからだ。

ボクは、どれほど高額なギャランティを積まれても「誰か」の影として完全に存在を消すことなんてできない。

ゴーストライターを……やれだと…?

ふざけんな!


誰がお前みたいなクズ野郎のゴーストなんかやるか!お前は、一生道端に転がっておけよ!っていうか、踏んで踏んで踏んで踏みまくって地下深くに埋めてやる!ボクは、お前の存在なんか知らなかったことにするから。

教えてやるよ。

SNS全盛期のこの時代。自分の才能にアグラをかいて他力本願に待ちぼうけている天才より、行動して行動して行動しまくっているボクのような凡人のほうが勝つんだよ!そんなことも知らず、マジで滑稽だね。

アハハハハ!

ということなんで、ボクはもう今日でお前が存在していたことを忘れる。サヨナラ。時代の化石となって消えていくネガティブな天才たちよ…。

ボクは、『天才を殺す凡人』にはならない。ただ、見殺しにするだけだ!



トゥルルルルルルル。



おっ!事前にセットしておいたiPhoneのタイマーが鳴った。ナイスタイミング!

ボクは、ゴースト野郎に「じゃ、今日はこのヘンで!」と言ってお会計をすることにした。

「あ、ここは僕が払うつもりだったんですけど…」って言われたけど、こんなキモい野郎に750円の「借り」などつくってたまるか!


キッチリカッチリ、
割り勘でいいですからぁぁ!


帰り際、ゴースト野郎は「連絡お待ちしていますね」と言って名刺を渡してきた。

ボクは、名刺を持たない主義なんですみません。と、言って平謝りした。

ホント、名刺を捨てておいてよかったよ。

もう、こっちから連絡を入れない限りゴースト野郎から接触してくることはないだろう。とはいえ、一応念には念を入れて2週間だけWEB-MEDIAのコンタクトページを閉じておくか。

サヨナラ、天才。

もう2度と、ボクがお前に会うことはないからね。バイバイキーン!



3日後。



ゴースト野郎に対する「怒り」が時間差で込み上げてきたボクは、某イベントでたまたま偶然バッタリと出逢った知り合いの芸能マネージャー(GM)に事の一部始終をぶちまけた。

GMは、ゴーストのくだりで大爆笑。

「へぇ~。それはまた…とんでもない化け物に出くわしたな。俺は、お前が取った行動は間違ってなかったと思うよ。連絡先を交換しなかったことは不幸中の幸い。そのまま切っときな!」


ソノママキットキナ。


ボクは、その言葉を聞いた瞬間、心の奥底にあった罪悪感がスーッと消えていくような気がした。

GMは、バーカウンターの向こう側にいる美女を眺めながら聞いてもいない仕事論について語りはじめてきた。

「俺たちもさぁ、仕事だからといって誰のことでも売り込めるかって聞かれたらそうじゃないワケよ。お前と同じ。どんだけ高い給料をもらっていたとしても無理なヤツはムリ。やっぱ、この人のために!って思えなきゃ売り込むことなんてできないんだわ」


この人の……ために…か。


「天才ってさぁ、本当にバランスの悪い生き物だよなぁ…。自分のカラダになんて到底収まり切らない才能を持って生まれてくるんだから。まぁ、だからこそ俺みたいに影でサポートする人間が必要なんだろうなぁ~って思ってるよ。天才は、絶対に1人で輝くことはできない。絶対に。」


ば、バランスの悪い生き物?


「で、そのことをちゃーんと自分で理解して周りへの感謝を忘れない"人間力"っていうか器の大きい天才だけが生き残っていけるってワケよ。たぶん、お前にゴーストライターをやれって言ってきたヤツの器はマジで小皿以下だと思うよ。てか、そもそも器自体がなかったりしてぇ~。そんなヤツ、マジで切って大正解!よっ!さすが野心家!ギャハハハハハハ!(オエッ)」


も、もしかして…

結構酔っていらっしゃる!?


まずい。ボクは、酒癖の悪い人間に絡まれるのだけはイヤなので、もう少ししたら帰ろうかと思います的な空気を醸し出してみることにした。

が、その雰囲気を感じ取ったのか、GMは急に真剣な表情でボクの目を見つめてきた。

「俺は…この世の中には2種類の人間がいると思ってる。俺みたいに人のために仕事をするような人間と、自分自身のために仕事をする人間。俺、お前は後者だと思うよ」


!!!


「お前は、お前のために生きるのが向いている。自分のことを凡人だと思って天才に奉仕をする必要なんてない。あんまり、そのエネルギーを自分以外の誰かのために使おうとするなよ!人の話しを聴いたり企画を動かしたりするのはお前の勝手だけどさぁ…お前は、完全な裏方にだけはなるなよ!自分が本当に心からやりたいと思うことにだけにそのエネルギーを使え!」


………。


「で…またいつか書けよな!お前が…お前自身のために書いている言葉はみんなが思っていることだ。その言葉を必要としている人間は必ずいる。どっかで必ず待ってっから!で…えと…なにを…い…(パタッ)」


ボクは、涙をこらえるのがやっとだった。


そうだ。そうだった。

無意識だったけど、ボクは昔からそうやって自分のカラダの中に到底収まり切ることのないエネルギーを「誰か」のために使わなくちゃいけないんじゃないか?凡人である自分のために使うのではなく、天才のために捧げなくちゃいけないんじゃないか?って自分で自分を疑ってきた。

そして、そういった自己犠牲的な傾向は拙著『はじめての野心』が売れなかった頃からより顕著に自分自身を追い詰めはじめていた。

ほら見たことか!結局、凡人である自分にエネルギーを注いでも失敗ばかり。これからは世のため人のためにそのエネルギーを使えよ!って。

だから、一生懸命「裏方仕事」を究めようって頑張ってきた。頑張ってきたけど…やっぱり、ムリだったんだ…。


GMに言われた通りだよ。

ボクは、ボクのためにしか生きれない。


何十回何百回何千回と失敗し続けていたとしても…ボクは、自分がやりたいと思うことにのみ"この"エネルギーを注いでいたいんだ。

メディアへの飛び込み営業だってそう。得意なんかじゃない。全部、自分自身を売り込んで出版という野心を叶えるためだったからできたことだ。

正直、自分以外の「誰か」を売り込むなんて1回500万円を貰ったとしてもしんどいよ。

人の話しを聴いて"一行"にする仕事だって同じ。一見、困っている人を救うためにやっていると思われているかもしれないけど、元をたどればぜーんぶ自分のためにやっている。

あくまで、自分自身のエネルギーを守るためにやっているだけなんだ。

ボクは、自分発信以外のことは頑張れない。他人事を自分事になんかできない。

こんなコトを言ったら凡人のくせに!って思われるかもしれないけど…


これが、自分だから…!


ボクは、そう開き直ったとき、ブワッと足元からエネルギーが舞い戻ってくるのを感じた。

ありがとう、GM。

大事なことに気づかせてくれて。もう潰れちゃったみたいだからボクは先に帰るね。オヤスミ!



帰宅中。



ボクはふと、そういえば「天才」ってどういう意味なんだろう?と思って、ネットの辞書を引いてみた。

【天才】てんーさい
生まれつき備わっている、並外れてすぐれた才能。また、そういう才能を持った人。

goo辞書


なるほど。ということは、全世界約80億人全員が天才ってことになるんじゃないの!?

と、ボクは思った。

なぜなら、ボクは人間は誰でも必ず1つは並外れてすぐれた才能を持っていると信じていたから。

何もない人なんていない。

自分を含め、何もない人なんていないんだ!っていうのがボクの信念だったから。

天才って、天から選ばれた"特別な人"っていうイメージがあったけど違ったんだな…。

そういえば、『子供はみんな天才だ!』っていう言葉があるもんね。これは裏を返せば、大人はみんな天才でだった過去があるということだ。

子供が天才でいられるのは、まだ自分の才能が社会によってねじ曲げられていないからだよね?


あっ!


だから現時点で「天才」って呼ばれている人たちには子供っぽい人が多いのか。

そりゃあ、子供の頃のまま純粋無垢に生きていくことのできる環境にいられたら自分の才能を守ることなんて簡単でしょうよ。コンチキショウ!

なぁーんだ。

天才って、ただそのままの自分を生きてこられたラッキーな人ってだけじゃん。ぜんっぜん特別でもなんでもない。ここで再定義しておこう。

【天才】てんーさい
生まれつき備わっている、並外れてすぐれた才能。また、天から与えられた才能をそのまま生かして生きている人。

MY辞書


今、並外れた才能に見えているのは天から与えられた才能をそのまま生かして生きている人が少ないからだよ。全員が全員、自分に目覚めることができたら現時点で天才と呼ばれている人は天才でもなんでもなくなる。


全員、凡人になりますからぁぁ!


いや、ちょっと待てよ。違う。違うよ。そうじゃない。そうじゃないよ!

逆だよ!

もしも、もしもですよ。全世界約80億人が生まれ持った才能を生かして生きることができたら?

み、みんなが天才!?

あっちを向いてもこっちを向いても天才だらけ!なんてことになるんじゃないのォ?


そうだよ!


生まれつき備わっている才能は、色々な要因が重なって埋もれることはあっても消えてしまうことはない。

つまり、全世界約80億人を真っ新な"0"の状態にリセットすることができればボクもオレもワタシもオイも、みーーーんなが天才って呼ばれる日が来るじゃないか!


やたーーーーーーーーーーーーーー!


と、ボクはこんな妄想を1人で繰り広げながら東横線に乗って帰っていった。

END



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中村慧子|Keiko NAKAMURA
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