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20代の失恋、人生の大きな土台を得た

『自分のファンになろう!』
そう思えた20代の失恋
なぜそんなふうに思えたのか?
どん底から抜け出た時に得た大きな人生の土台
これこそ、別れてくれて「ありがとう」だった


|失恋したことありますか?

学生同士から付き合い始めた彼とは
大学院生と社会人と違う立場になり
付き合うことが、とても難しくなった
そして、20代前半に付き合って2年くらいで振られた

初めていわゆる彼氏と彼女だったわけで
振られたくない!という想いがとても強かった
女子校からの音大に行った、女性ばかり生活で
半分漫画の中のような、恋に恋をしていたこの頃
可愛い偏った恋愛でもあった

そんな付き合いだったからもあるだろうし
時間的に、すれ違いが多くもあったので
別れになったのだと思う

|全部いうことを聞いてた自分

彼氏に嫌われたくない
その想いが、ただただ強くあった
観たくもない映画を観たり
行きたくもないショップにも付き合った
さらに、片道3時間半もかけて会いに行ってた

さっきは、可愛い偏った恋愛と書いたけれど
冷静に思い返せば、しょうもない恋愛だった

自分の意思は、全くなく
彼氏のいわれた通りだけだった
嫌われないようにが基本だから
明らか、他人軸での行動
自分の意思は、その時は全く持てていなかった

|しょうもない人だった…

そんなこんなで、彼氏もいろいろ思うことがあっただろうし
生活もずれ始め振られるという、当たり前のことが起きた

そして、思い切り他人軸で生きていたから
振られた瞬間から、何をどうすればいいかわからない
週末に出掛けようにも、誰とどこに行き何をすればいいかがわからない
自分の意思で何かをすることをやめてたツケがまわってきた

そんな何もできない日々が続き
本当に、自分のことが情けなく大嫌いに思えた
こんなにも人任せでいたことに
今更ながらに気が付いた

|あれ?でもこのままでいいわけ?

そんなどん底の自分大嫌いの日々の中で
ある日ふと「このままでいいの?」とと思うようになっていた

最悪な自分
大嫌いな自分
そんなふうに自分のことを思っていて
誰が私のことを好きになってくれる?

そうある時浮かんできた
自分で自分のことが嫌いなのに
誰が好きになるのか?と冷静に考えた

誰もいないんじゃない?という答えになった

ならば、自分で自分を好きになってあげよう
そう発想の転換ができた
好きだけでは、何かが違うようにも思えて
「自分のファン」でいようと思えた

例えば、俳優さんのあのドラマの時は素敵だったけど
こっちのドラマの時は、嫌い
でもこの俳優さんのファン

そんな感じに、「好き」も「嫌い」も両方思える自由
それがあるのが「ファン」な気がして
『自分のファン』になろうと思えた

この頃は、まだ自己肯定感なんて言葉は知らなかった
ただただ自分嫌いから卒業する言葉として
『自分のファン』が浮かんだだけ

でもそう思えるようになってから
自分も捨てたもんじゃないと思えるようになり
どん底から抜け出し元気になり始めた
さらに、失恋対策にも女友達も大事にしようと思えた

|今でも自分のファン

『自分のファン』でいることは、今でも続いてる
そして、これが大きな土台となって
どんなしょうもない事をしてしまっても
自分のことを嫌いにならずに過ごせている

自分を愛するという言葉もあるけれど
愛するとはどういうこと?とそこで迷子になってしまう
自己肯定感という言葉も、なんだか堅苦しい
なので「ファン」が今でもしっくりくる
人にもそう話して勧めている

失恋で得た大きな大きな気づき
恋愛は、真剣に人と向き合うことになるから得るものは大きいと思えています
そして、当然今も『自分のファン』です


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