ブータンから来たぬいぐるみ
数年前に島根県にある浜田市世界こども美術館を訪れました。
普段慣れ親しんできたような大人の技術やコンセプトが凝縮した国内外の有名アーティスト達の作品が並ぶ現代美術館ではなく、純粋な表現があふれる子ども達の作品を見て、何かを学びたかったからです。来館時は世界の子供達の作った作品の数々が展示され、色も形も本能や直感により表現された心踊る作品の数々でした。見ている側もなんだかワクワクするくらい、制作した子ども達のその場、その時の気持ちが伝わってくるようなものだったからだと思います。本当に文字通り私はワクワクしました。
アートの役割はなんだろうと常日頃から考えていますが、有名アーティストの崇高な作品にも、名の知られていない子ども達の作品にもそれぞれ特有の役割があると思います。
誰が何のために、何をどのように作って、どんな意図で発表したのか?
そういった過程でどのようなコミュニケーションや学び、または経済効果や社会的効果が発生したのか?色々な視点で見ていくことができると思います。
これらの名の知られていない子ども達の作品を見て、普段、足を運ぶような現代美術館とはまったく異なる新鮮な気持ちになったのは確かです。一つ一つの線やカットから、社会のルールに押し込められない自由で素直な感性と自由な道具の使い方が、大人の世界の制作物や社会ととても対比的に見えたからでしょう。自分がどういった社会や日々を過ごしているのか子ども達の作品を見て再確認させてもらえました。
展示作品の中には、世界各国の子供が描いた建物や街の絵を大人が積み木として立体的に作り直したものもあり、こどもの無邪気さやファンタジー感と大人による洗練された仕立てがコラボレーションされた展示物もあり、とても興味深いものもありました。なぜ、興味深いと思ったかというと、社会規範に侵されていない子ども達の想像で生み出された建物や街のイメージを大人が立体的なものとして仕立てるということを実社会に置き換えたら、とてもラディカルで象徴的だと思ったからです。子ども達の理想の世界や社会を大人が作り上げていく。実社会ではなかなか見ないですよね。と、ふと思い出すのが、フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーの絵画や建物です。
さて、そんなファンタジーに意識を向けて楽しんだり、そういったイメージを形にできる能力というのは人間に備わった特徴の一つであり、アートの一部だと思います。たぶん、なかなかアートとは呼ばれていないと思いますが、こういったイメージの想像は日頃、誰もが多かれ少なかれ、行っていることだと思います。また、そんなイメージが現実に影響を与えていることも実感できると思います。アートの役割の一側面が垣間見られた気がします。
さて、ようやくこの投稿のタイトルにある「ブータンから来たぬいぐるみ」に触れようと思います。展示されていた作品を全て身終え、ミュージアム・ショップに入って色々と魅力的なグッズを見ていたところ、何とも言えない愛くるしいぬいぐるみが数個陳列されていました。白い体に大きな黒い目と薄気味悪くも可愛らしくも見える口元と白くて長いしっぽをもった4本足の動物のようなもの…?
私には具体的な動物が何かわかりませんでしたが、とにかく魅了されまして、気軽に手に届く金額でしたので、即購入してしまいました。ここでいくつかポイントがあるのですが、このぬいぐるみの隣には紹介文がありまして、これらは「ブータンのろう学校に通う5歳から24歳の生徒達がクラブ活動の時間に首都のティンプーで購入した羊毛フェルトで制作したもので、高学年で約2週間、低学年では半年かけて制作された」とのことでした。それ以外のことは詳しくわかりませんでしたが、青年海外協力隊や美術館が文化交流事業の一環で発表や販売などをしているようでした。そして、収益はブータンの活動へ使われるのだと思います。
ここでいくつか気になったのは、私にとってとても魅力的に見えたこの動物が一体何であるのか?
実在する動物なのか?想像上の動物なのか?
また、これを制作した生徒はどんな子なのか?
そして、先ほど手に届く金額と書きましたが、実際の価格は900円だったのですが、この金額は素材、制作時間、輸送費、手数料などの経費などを考えたときに、妥当な金額なのか?
いろいろと頭をよぎりました。
ものの価格と実際にそこから得られる価値というのは人それぞれだと思いますが、今回の私にとって、このぬいぐるみとの出会いはとても貴重な価値をもたらしてくれたものだと思います。ブータンで耳に障がいを持つ子の素直な制作欲から生まれた愛くるしいぬいぐるみは、美術館の展示室ではなくミュージアムショップに陳列されていた匿名で一点ものの作品でした。それは何を象徴するのでしょうか?
誰が何のために、何をどのように作って、どんな意図で発表したのか?
このぬいぐるみを制作した子は、自分のぬいぐるみがまさか私のところに来るなど全く予想すらできなかったことでしょうが、私に大きな喜びや学びをもたらしてくれました。また、こうしてこのぬいぐるみのことを書くことで、何かの気づきや共感を得ていただける読者の方もいらっしゃると思います。
子ども達の感性や表現に触れアートの源泉に触れるような体験になりました。もっとこういった体験に触れられたら嬉しいです!案外身近にあるのでしょうね。それに気づく感度も高めていきたいです!!
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