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蛇とババ
早朝から強い日差しが照りつけるなか、道端で老婦人が「あら~、お家はどこなの?」と誰かに声を掛けていた。その声は、あたたかく優しい。散歩中だった僕は何事かと思い、老婦人の視線の先を見た。そして凍りついた。
そこにいたのは、ボディラインが滑らかな細身の蛇だったのだ。しかも、お肌にハリと潤い、透明感があった。お肌の曲がり角をとっくに曲がった僕としては、羨ましいかぎりだった。
ぎょっとして逃げようかと思ったが、老婦人が「大人しくていい子ね」と言ったのを聞き「そんな蛇がいるのか?」と興味が湧いた。観察してみたところ、すぐに「大人しい」でも「いい子」でもないことがわかった。
太陽光を吸収したアスファルトが、熱すぎて動けないだけだ。蛇は、ニョロ、ニョロ、ニョロではなく、ニョ……ロ……、ニ……ョ……ロ、ニョロ……、と動いていた。
僕はふだん、蛇に心をかけることはない。でも、こんなふうにぎこちない動き方をされると、さすがに心を寄せたくなる。ねえ蛇さん。君も人間のように、つま先立ちで歩くことができたらよかったのにねえ。
僕は、しみじみと思った。いや、いや、待てよ。つま先立ちができるなら、こんな一般道をニョロつくことはなかっただろう。どこかのサーカス団で訓練を受けて「職業、蛇」になっていたはずだ。
いま僕の目の前にいる蛇は「無職」であり、「住所不定」にしか見えない。もしかすると、「職」も「住まい」もあるかもしれないけれど、推測の域を出なかった。
そう考えると、老婦人は「住所不定、無職、蛇」に「あら~、お家はどこなの?」と声を掛けたことになる。仮に、これが蛇ではなく人間だったとしたら、老婦人は声をかけただろうか。
やばい。今日は朝から妄想が止まらなくなってきた。僕は思わず顔がにやけてしまった。真顔に戻したいけれど、戻し方がわからない。あれ、僕の真顔ってどんなんだったっけ?
テクテクと歩き、蛇を通り過ぎようとしたとき、急に冷ややかな視線を感じた。チラリと見ると、老婦人だった。「住所不定、無職、蛇」に向けていた、あたたかな視線はどこに行ってしまったのだろう。
まるで不審者に向けるような眼差しで、こちらを見ている。そんな目で僕を見つめないで欲しい。けっして怪しい者ではないのだから。ああ、朝からなんということだろう。僕はそのとき思った。
住所不定でも無職でもないけれど、いますぐ蛇になりたい。
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