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第五話 いつ帰れるのかわからない僕を待つ人
この記事はシリーズものです。
最初からお読みになりたいかたは、こちらから。
「中村美紀さんって、あなたの知っている人?」
勾留生活が長引いて孤独感に苛まれていた僕に、看守が話しかけてきた。
畳の上に横になっていた僕は、顔だけ声のするほうに向けた。
茶色い鉄格子越しに看守が立っている。
―― どうして看守は、その名前を知ってるんだ?
一瞬、何が起きたのかわからずパニックに陥った。
それは、僕が好きな女性の名前だったからだ。
看守は手に持っていた用紙を僕に見せながら、「さっき、煙草の差し入れがありました。知り合いってことで大丈夫ですね?」と言った。
僕はその言葉に頷き、美紀が会いに来たことをようやく理解した。
逮捕されてから三カ月あまりが経った今、やっと僕の願いが叶ったことになる。
弁護士に、僕が無事であることを伝えてほしいとは頼んでいたけれど、まさか美紀が会いに来てくれるとは思ってもみなかった。
それもこれもすべて、先日面会に来てくれた弁護士のお陰だ。
実は弁護士の話には続きがある。
彼との二回目の面会のとき、このまま僕の弁護を担当してもらう方法があることを教えてもらった。
迷うことなく僕は弁護をお願いすることにした。
まだ二回しか会っていないけれど、彼の存在は僕の心の支えになっていた。
「中村さんは、あなたのことをとても心配していましたよ。ちゃんと謝ってくださいね。そのうち連絡を取ったり会ったりできるようになりますから、そのときにでも」
弁護士の言葉に僕は強く頷き、お礼を伝えた。
看守の計らいで美紀の住所を知った僕は、急いで手紙を書くことにした。
便せんを開き一行目を書こうとしたところで、手が止まった。
何を書けばいいのか、わからなくなってしまったのだ。
最初は僕が無事であることを伝えるだけで充分だと思っていた。
なのに僕がいる場所まで来てくれたのを知ったときから、美紀が何を考えているのか、今どういう状況なのか知りたくなってしまった。
それを悩んでもどうしようもないのに、つい考え込んでしまう。
そもそも、接見禁止が解除されて面会できるようになったとしても、僕はいつここから出られるようになるのかわからない。
ようするに美紀にこれ以上迷惑をかけるのは、いかがなものかと新たな悩みに頭を抱えることになったのだ。
もちろん、待っていてほしいなんて、口が裂けても言えなかった。
どのくらい時間が経っただろうか。
結局、僕はその日、ノートに手紙の下書きを書くことにした。
いきなり便せんに書いても、感情的な文章になると考えたからだ。
そして手紙が出せるタイミングを看守に確認して、それを託した。
数日後、美紀から返事が来た。
緊張しながら、便せんを開いた。
僕を心配する言葉が並んでいるなかに、「待っている」と書かれていた。
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