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大嫌いだと言われても表現するのをやめない
やったことのないことをやるとき、たいてい僕は生まれたての小鹿のようにブルブルと震える。
小心者というわけではないし、か弱くもない。
それなのに震えてしまうのは、失敗を極端に恐れてのことだ。
そんな震えてばかりの僕だけれど、今日あることをきっかけに変化したことに気づいた。
変化したといっても、小鹿は小鹿だ。
そこは変わらない。
でも、少し凛々しい小鹿になった気がする。
ふざけてないで、話を先に進めたい。
たまたま、こんな記事を読んだ。
“岩田くん、日本の人口、知ってるよな”
“1億2、3千万人くらいですかね”と答えた。“そう、それくらいだろう。その中にはお年寄りや幼児もいるので、音楽を聴く可能性のある人は1億人くらい存在するはずなんだ”
ぼくは話の先がどこへ行くのか読めなかった。
“ミリオン・セラーというのは1億人の中の100万人が買ってくれれば良いわけだ。100人にひとりが買えばミリオンになる。100人に1人、俺の声や曲が大好きで中毒になってくれれば、残りの99人にあんな女々しい声、大嫌いと言われていいんだ。
さっき、音楽を聴く人たちが1億人って言っただろう。100人中99人に嫌われようと、1人が大好きと言ってくれれば、1億人÷100で約100万枚売れるってことだろ。そう思って、いつも曲を作っているわけじゃないけれど、この数字は頭の中にあるのさ”と小田和正は締めくくった。
そして話を続けてくれた。
“苦労して、やっとヒットしたら、今度は女々しいと言われるわけだ。それで、よく考えてみたら、100人に1人という発想に辿り着いた。そうしたら楽になったよ。大多数の人が何と言おうと、俺のことを好きな人がいて、セールスもちゃんと残してるんだからね”
収入をできるだけ自動化して作家活動に集中するために、僕は今、電子書籍プロデューサーの仕事に集中している。
そしてプロデューサーとしての認知度を高めようと、Instagram、X(Twitter)、ブログを始めた。
三日坊主の僕としたことが珍しく、二日に一回投稿を続けている。
まったく反応がなくても、気にせず淡々と伝えたいことを伝え続けている。
数カ月前の僕なら、そんなことはできなかった。
謎に傷ついて布団に潜り込み、孤立することを選ぶクセがあったからだ。
どうしたんだ、俺?
メンタルがタフな小鹿に成長したのか?
なんて思ったりもしたけれど、先ほど引用した記事を読んでいたときに理由がわかった。
僕には、僕の書く文章が好きだと言ってくれる人がいる。
何十人も何百人もいるわけではない。
でも、いる。
以前は、それを受け入れることができなかった。
自分なんか、まだまだですとか言って。
そして、いつも人の評価を気にしていた。
でも、それをやめて受け入れるようにしてから、自分のなかの何かが変わった気がする。
それはやがて、
「百パーセント自分を発揮して表現したものが、大嫌いだと言われてもいい。それでも僕は絶対に表現することをやめない」
と思えることにつながっていった。
だから今、たとえ何も反応がなかったとしても、自分の言葉で淡々と発信できるようになったんだと思う。
そうそう。
ちなみにだけれど、僕に本の制作を依頼してくださる一部の方々は、表現するのを自分で止めるクセがある。
僕がそのクセを持っているから、引き合うのだろう。
そういう方々に、僕はいつも必ず伝えていることがある。
もちろん、僕自身のことは棚に上げて(笑)。
あなたが表現するのを待っている人が必ずいる。
だから、表現することをやめないで。
たとえ一部の人に大嫌いだと言われても、
絶対にやめちゃダメなのだ。
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