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読書感想文 村上春樹『アフターダーク』

村上春樹作品に惹かれる理由はいくつかある。
展開が面白いとか、どんどん読み進められるとか、物語的に決定的なエンディングをつけないスタイルとか、本当にいろいろある。ただ、一番の理由は別にある。

一番の理由、それは「今の自分を救う文章に出会える」こと。

今回の感想文は、『アフターダーク』の物語の内容とかには一切触れない。
取り上げるのは、ひとつの台詞のみ。

「ねえ、僕らの人生は明るいか暗いかで単純に分けられているわけじゃないんだ。そのあいだには陰影という中間地帯がある。その陰影の段階を認識し、理解するのが、健全な知性だ。そして健全な知性を獲得するには、それなりの時間と労力が必要とされる。君はべつに性格的に暗いわけじゃないと思う」
            
         村上春樹『アフターダーク』(講談社文庫)p.273より

なぜこの文章なのか、それは自分自身の中学、高校、大学にかけてのパーソナリティの変化にある。

中学生までは学級委員を務め、クラスの中でも中心的な存在、そしてよく発言し、目立つタイプだった。
しかし、中学生から高校生になって、自分は明らかに暗くなった。
自覚はしている。友人からは直接的に「暗くなったよね」とは言われないまでも、「クールになった」とか「感情を表に出さなくなった」などの婉曲表現を用いて指摘されたことがある。

主な原因は、高校時代に多忙や学力の伸び悩みのために精神的に不安定になったことが挙げられる。自分に自信がなくなり、自分の殻に閉じこもるようになった。大学生になった今は、比較的明るさが増してきたように思うが、あの暗い時期の経験は、今の自己のパーソナリティ形成に大きな影響を与えている。
そして、そうした過去は、これまで自分の中で「黒歴史」的なネガティブイメージを持つ記憶だった。

ただ、先述の引用部分がその捉え方を変えてくれた。

あの暗い時期、そしてそれがもたらした今現在の自分。それは二元的な価値観では捉えられない、中間地帯を揺れ動いていた証だったのだと気づいた。全て陰影の中の一部分だというように、自らの複雑さを理解することこそが、自身の成長であり知性の獲得過程だったのだ。

物語中で唐突に、自分に向けて言葉が発せられているように感じることはいささか突飛な考えかもしれない。ただ、この小説の中のわずかな一部分が、見事に自分の悩みを包み、前向きな方向へと飛ばした。

他の村上春樹作品でも同様の経験を確かにしていたのだが、その時はメモも取っていないし、このように文章にしたためることもなかった。ただ、これこそが村上春樹作品を愛する理由であることは、間違いない。


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