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【読書】ゲーテはすべてを言った

市川沙央『ハンチバック』九段理江『東京都同情塔』に続き、芥川賞受賞作を読んでみました。
ゲーテといえば『ファウスト』だけ、何回も読んでいますので、その意味で必読だと思いました。
書店に行きましたら「芥川賞候補作」の帯がついた第1刷が残っていたので、ハードカバーを入手。

ゲーテ研究の第一人者が、ティーバッグの袋に書かれた「偉人の名言」シリーズにゲーテの名言を見つけるが、その名言を知らなかった……
という実に面白い着想で、ゲーテのことを知らなくても興味が持てそうなネタじゃないでしょうか。
主人公が学者なので、アカデミックな人名や書名が頻出するため衒学的な雰囲気があり、とっつきづらい印象を与えるかもしれませんが知らなきゃ読めないというほどでもないように思いました。
学者の世界観を描くために用いられている仕掛けでありつつ、作者が仕込んだ作者自身のペダントリーの反映なんだろうなと思われます。

出だしはその徒然なる知識と言葉の遊びが面白いですが、物語はテンポよく進み、芥川賞作品とは思えない面白さが感じられました。
人文系の学者の生活が中心になっていることで、筒井康隆の『文学部唯野教授』を思い出しましたが、こちらはそれよりはるかに穏当な世界観です。
主人公の家族や友人も穏やかな人ばかりで、穏やかなホームドラマが順調に展開していきます。
そんな中、ほかの人から見ればどうでもいい、「知らないゲーテの名言」に死ぬほど悩んでいるのが主人公だけ、という滑稽さが適切な距離感で描かれるので、主人公が(おじさんだけど)可愛く感じられました。

しかし後半では、知識や創作の本質にせまることになる事件に遭遇し、さらには『ファウスト』を通じての世界認識にいたるような話になっていきます。
このあたりにすごい深みを感じることができる人たちが芥川賞に選出したのであろう、と一応は思いますが(私は理解しきれていないと思うので)、小説としての娯楽性は最後まで維持されており、こういうのをよく選んだなあと思いました。
といっても前記の通り『ハンチバック』『東京都同情塔』ぐらいしか読んでいないので、それらから受けた印象とはだいぶ違う、という程度の話ではあります。
(受賞作リストを調べたら、唐十郎『佐川君からの手紙』は読んでました…… やっぱり今回の作品とは全然違いますね)

話が重くもなくて読みやすくて面白いし、「名言」とそれを掘り下げる面白さもたっぷり表現されているので、これをきっかけにいろんなものが読みたくなる、いい本です。

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