「“ナートゥ”をご存じか?」をご存じですか?~諸刃の敬語#3
突然ですが、『RRR』をご存じですか?
ボリウッドとも呼ばれるインド映画の中のヒット作で、イギリス植民地時代のインドを舞台にしています。
私も見ましたが、なんとも痛快な映画でした。
もし機会がありましたら、どうぞご覧になってみてください。
さて、表題のセリフは、この映画の中の一節です。
野蛮で非文化的であるというニュアンスを込めてサルサもフラメンコも知らないと親友(インド人)を揶揄するイギリス人に対し、ラーマが言うセリフです。(ナートゥとは、ダンスのこと)
英語では「Do you know ~?」なのですが、字幕では「ご存じか?」と敬語にされていました。
これが「“ナートゥ”を知っているか?」や、「“ナートゥ”を知っていますか?」ではいけません。まして「ご存じでいらっしゃいますか?」など論外です。
「“ナートゥ”をご存じか?」
これが、カッコイイ💘
「ご存じか?」で立てているのは誰か?
「“ナートゥ”を知っているか?」
この場合、話す相手は身内、もしくは目下です。
例えば上司が部下に質問するときなどに使われます。
「“ナートゥ”を知っていますか?」
この場合、話す相手は目上ではありませんがそれほど親しくはありません。
例えば通りすがりの人に質問するときなどに使われます。
敬語一つでなぜこんなに印象が変わるのでしょうか。
敬語では、大きく分けて二つの対象を立てます。
一つは、話題の人(話の中の登場人物)。
もう一つは、話の聞き手(文章なら読み手)。
聞き手を立てる敬語の代表選手は「です」「ます」です。
それは、ここでは使われていませんね。これは、インド人を揶揄した当該白人の前でへりくだってはいないということを表しています。
(このセリフの直前には「My brother」と呼び掛けており、逆に見下げたり喧嘩を売っているわけではないことも伝わっています)
この敬語で立てているのは、話の中の登場人物であり、具体的に言えば「サルサやフラメンコを知っている上品で文化的な方」を立てているわけです。
この短いセリフから伝わってくるのは、サルサやフラメンコを知っていることが優れていることの証になるとあなたが思っていらっしゃるなら、そのあなたの枠組みに沿ってあげましょうという開かれた自信と、自身の文化に対する揺ぎない誇りです。
これが伝わってくるから、カッコイイわけですね💖
余談)安倍晋三ファンもこんな気持ちだろうか
話が変わりますが、ちょうどこの記事を書いていた頃、ある記事に目が留まりました。安倍元総理には今でも彼を慕う多くの人たちがいますが、彼は自身の著書『美しい国へ』の中で、このように述べているそうです。(孫引きですいません)
これは、ラーマのセリフから伝わってくるものと似ていませんか?もしかしたら、安倍元総理を慕う人たちは、この映画でラーマが放つような魅力を見ているのかもしれませんね。
閑話休題)人に見えないぐらいがちょうどいい
話を戻しましょう。
ラーマの開かれた自信に対し、当該白人は自身の文化に対する誇りは持っていても、あくまでそれは他国の良さを見ようとしない閉じられた自信の上に成り立っています。それをこの映画では対比して浮き上がらせているわけです。
ですから、映画の主人公はカッコイイですが、安易に真似してはいけません。
取引先と交渉するのに、
「ライバル会社の動向をご存じか?」
などと言っては、相手方の担当者は失礼な奴だと怒る前におかしな奴だと警戒されかねません。
決してあなたのことをカッコイイと思うことはないでしょう。
敬語を使ううえで開かれた自信は大切ですが、それは積極的に表現するようなものではありません。それが表現されたとき、それは自信というよりも謙虚さとして映るものです。
それでは、また。
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