「さま」と「さん」の使い分け
前回の記事で頂戴したご質問が今回のテーマです。
頂戴したコメントがこちら。
敬度が違う
結論から言えば、「さま」のほうが敬度(相手を立てる度合い)が高く、「さん」のほうが敬度が低くなります。
しかし、それだけではない違いがその場その場で生じます。
例えば、敬度としては「さま」でもいいはずの場面だが、「さん」を使うなら、そこには「あえて」敬称を変える動機があるのではないでしょうか。
「利用者さま」について
昭和の時代のサービス業であれば、サザエさん宅に来る酒屋は「お客さま」ではなく、「サザエさん」もしくは「磯野さん」と呼ぶでしょうし、サザエさんも「酒屋さん」ではなく「サブちゃん」と呼ぶことができます。
しかし、現在のサービスは、互いが単なる役割として求められるようになってきました。そのような相手の顔が見えない関係性では固有名詞である名前を知らなかったり、知っていてもとても便利なので、よく使われます。
たとえば、相手の名前が分からないとき、いちいち「当施設を利用なさる方」と言っていてはまどろっこしくて仕方がありません。もしくは、全員に呼び掛けるとき「食事の準備が整いましたので、当施設をご利用中の方は、食堂までお集まりください」と言われたのでは、あまりにも事実の描写に徹していて、自分が呼ばれているように感じることができないかもしれません。「山田さま~、鈴木さま~、小林さま~」と何十人も呼び続けるのも現実的ではありません。そうすると、自然さと効率を兼ね備えた言い方として「利用者さま~。食事の準備が整いましたよ~」という言い方になるのでしょう。
もちろん、「利用者さま」は、前回ご説明した「契約者さま」と同じで誤用です。ですが、「山田さま」「鈴木さま」と呼び掛けることができない場合の苦肉の策なのです。
「利用者さん」について
続いて「さん」の使い方ですが、「さま」が役割を意識した敬称として使われているとき、職員同士ではひそかに「利用者さん」と言っているとのことですね。
それだけの情報からの推測なので、合っているという確信があって述べるわけではありませんが、そこには美化語的な用法が混じっている気がします。
プロ意識に基づくなら、職員同士でも「利用者さま」と言ってもよさそうなものです。相手の前では「さま」付けで呼ぶけれど、裏では一段下げているとしたら、その心は本物とは言えません。喫茶店や、営業マンであれば、裏表なく「さま」で呼んだほうが仕事の質が上がりそうに思えます。
しかし、介護ということになると、少々事情が違うのではないでしょうか。
それは利用者と接する時間も密度も他の業種と比べて長く濃いということです。しかも、楽な仕事など一つも無いとはいえ、相手は介護を必要とする人たちなのですから、間違いなく大変な仕事です。
そんな大変なもの、多くの人にとって嫌なもの、そういったものを優しくくるむのが美化語の一つの使い方でした。通常は「お」を付けて「お疲れ」「ご不浄」などとしますが、「ご利用者」では美化語にならないので愛情を込めて「利用者さん」と言うのではないでしょうか。
それでは、また。
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