人間関係に絡めとられている人に読んでもらいたい『結ぼれ』~読書感想文#17
今回ご紹介する本は、イギリスの精神分析医R.D.レインの名著『結ぼれ』です。
以前「コミュ障」について触れ、雑談が苦手でも敬語がわかれば働くうえで必要なコミュニケーションはさほど難しくない、という話をしました。(もちろん”難しくない”の程度は人によりますが)
今回ご紹介する『結ぼれ』では、人と人の相互関係が合わせ鏡のように無限に影響し合う様を描いています。これを読むと、なんと人間関係は難しいものだろうと思ってしまいます。
合わせ鏡のような人間関係
例えば1人の男が、「自分はダメな人間だ」と思っているとしましょう。
その妻は「私の夫が自分をダメな人間だと思っているなんて、私は不幸だわ。だって私の幸せは夫の幸せを見ることだから。」と思うかもしれません。
すると夫は「妻の幸せは自分の幸せを見ることなのに、幸せでいられないなんて、自分はダメな人間のうえに人を不幸に陥れるひどい人間だ」と思わなければいけなくなります。
それを見た妻は「私の夫が自分はダメな人間のうえにひどい人間だと思っているなんて、……」と延々繰り返されることになるのです。
しかも繰り返されるごとに結ぼれは、よりこんがらかっていきます。
本人を無視する属性付与
レインの別の著書『自己と他者』では、人がいかにたやすく他者を無視して自分に都合のいい属性を付与するかを表す、親子の会話が載っています。
職場での人間関係はもっとシンプル
レインはこのようにこんがらがった人間関係を見事に描き出します。この本を読んで自分もこんがらがった人間関係にいると気づいたら、ぜひそこから抜け出してほしいのです。
例えば、会社が従業員に期待しているのは決まった時間にやってきて、指示どおりに決められた仕事をこなしてくれることであり、心を支配することでもお互いを縛り合う事でもありません。(もしあったら、それはブラック企業か、マニピュレーターなので、履歴書に傷が付くことなどこだわらず、大急ぎで辞めましょう)
遅刻をすれば注意され、期待を上回る成果を出せば褒められるというシンプルな人間関係です。
ただ、合わせ鏡のような人間関係ばかりにさらされてきた人は、人間関係は全て合わせ鏡のようなものだと覚えてしまっています。
例えば遅刻を注意されただけなのに……
……などと考える必要はないのです。
会社のコミュニケーションは……
……と言えばいいだけであり、
考えるべきは……
……と対策を考えれば、それで十分です。
もし、それでも遅刻をしてしまったら……
……と謝りましょう。そして別の対策を考えましょう。
心理カウンセラーの大村明子さんは、以下のように書いています。
上司に迷惑をかけたなら、その分、上司の指示ミスも許してあげましょう。
求められる属性は選べる
レインは、人が他者を無視して自分に都合のいい属性を付与する仕組みを暴きました。
もちろん職場でも、その職場に見合った属性を求められますが、決して本人を無視して押し付けられるわけではありません。職場で求められる属性は業務内容に付随するので、その職場での勤務を検討する際にある程度想定できるからです。事前に自分で選べるのです。
採用する会社のほうも、なるべくならその人がもともと持っている属性と、やってもらいたい仕事に必要な属性が近い人を採用したいと思っています。そのため、面接などの採用試験に手間をかけるのです。
人と会うのが苦手でコツコツと一人で作業しているほうがいいという人が営業になってもつらいでしょうし、決まったことを何時間もコツコツとやり続けるよりもいろんな人に会って仲良くなるほうが楽しいという人が精密部品を作ってもつらいでしょう。
会社のほうも、属性が真逆の人に教えるのは労多く実り少ないので、避けたいのです。
もちろん、いくら想定してもそれは想定でしかなく、入ってみたら違ったということもあるでしょうが、職場のいいところは何度でもやり直せる(転職できる)ということでもあります。
親子関係で、”うまくいかないから取り替える”のはかなり難しいことですが、仕事は違います。「ここでダメだったからどこでもダメ」にはならないということです。
また、週40時間をその属性で過ごすのはイヤでも、週3時間ぐらいだったらイイかも、それだったら2つ3つできるかも、などと自分に合わせて勤務条件を選ぶことだってできます。
働くということは無理やりさせられるものではなく、自分でできそうなことと、必要とされることとのバランスで成立するのです。
ただし、結ぼれにとらわれ、自分のものではない属性を押し付けられてきた人にとっては、肝心の自分でできそうなこと、自分がやりたいこと、がとてもわかりづらいのです。
結ぼれにとらわれていない人とはスタートが違うのですから、人と比べることはやめ、うまくいかないことがあるたびに、どこに結ぼれがあるのかを探し、それをやさしくほどきながら、やりなおしていきましょう。
求められる基本の属性は「勤勉で素直」
さまざまな属性の中でも、多くの職場で共通して求められるものは「勤勉で素直」であってくださいということです。
勤勉とは、時間を守り、指示された内容を指示されたとおりに行い、サボったり手を抜いたりしないということです。
素直とは指示や指導に従うことです。自分の考えとは違うことであってもいったんは会社の指示や指導を受け入れてみる姿勢のことです。
通常、上司や先輩には敬意を払うよう求められますが、それは会社の指示どおりに動いてもらうためには、誰がいま会社としての指示を出せる人なのか分かっていなければならず、それを分かっていてその職場の枠組みを尊重しますよという同意がないと仕事がスムーズに進まないからです。その同意の表明が敬語の役割です。あなたが実際に業務内容やその人たちを好きか嫌いか、尊敬しているかどうかとは関係ありません。
働くということはそれまで何の関係もなかった人たちの役に立てるということ
「いま、社会にはこんな役割が求められていて、あなたのできる範囲で力を貸してもらえませんか」という呼びかけが求人情報です。
自立できず、自信が持てなければ結ぼれから抜け出す勇気も出ないかもしれません。
私は、カウンセラーではないので、精神分析をしたりして結ぼれから解放してあげる手助けはできません。しかし、敬語ならお伝えできます。
あなたが働くうえで、敬語を知り、敬語の考え方を理解することは、上下関係が少し見えやすくなるかもしれません。上下関係が分かれば、組織の中で働くことが、ほんの少しやりやすくなるかもしれません。だから、敬語を教えることを通して、結ぼれにとらわれている人たちにもエールを送りたいのです。
自分もとらわれているのではないかと気になった人は、まずはぜひ、この『結ぼれ』を読んでみてください。
それでは、また。