2021-22レアル・マドリー、伝説への軌跡
こんにちは。
デシマ(10度目のCL制覇)をかつて成し遂げ、歴史に名を刻んだカルロ・アンチェロッティがレアル・マドリーに帰還。当時はジョゼ・モウリーニョの下ほとんど完成されたチームにガレス・ベイルが加入し、かの有名なBBCが結成された。アンヘル・ディ・マリアをインサイドハーフ(IH)で起用するという彼にしか見出せないバランス感覚で、圧倒的な強さを誇るチームを作り上げた。ジネディーヌ・ジダンとセルヒオ・ラモス、ラファエル・ヴァランらレジェンドがクラブを去り移行期にあったレアル・マドリーで、2度目の就任となった今シーズンはどのようなチーム作りを見せてくれるのか。昨シーズンの形式を踏襲して、ポイントとなったいくつかの試合を挙げながらその軌跡を辿っていく。
移籍市場
まずは選手の入れ替えから。
実質的な補強はアラバとカマヴィンガのみ。その他の選手はジダン時代に既にほとんど戦力外と見做されていた選手たち。カマヴィンガは将来への投資という意味合いが強く、アラバもフリーで獲得できたものの背番号は4。偉大なるカピタンの後継としてどこまで活躍できるかは未知数であり、我慢のシーズンになることも予感させた。
スカッドを知る
アンチェロッティが帰ってきた。
まずはタレントを活かすアンチェロッティらしく、開幕節のアラベス戦ではチームのウィング(WG)のうち最も総合値が高いエデン・アザールとベイルをスタメン起用。WGが中央3レーンを流動的に使い、SBが大外レーンで幅と深みを取る、これはまさしくBBC仕様だ。ハーフスペースやカリム・ベンゼマと近い距離で輝くアザール、ベンゼマの空けたスペースへと飛び込んでいけるベイルはこの配置とタスクに完全にフィットしているように見えた。
かつての面影を感じるのはそれだけではない。ベンゼマがいつも通り中央からいなくなり、ベイルがそこに入り込んでプレーする際、時に右SBのルーカス・バスケスでなく怪我のトニ・クロースに代わってスタメンを確保したフェデリコ・バルベルデが幅を取り、バスケスが後方に構える配置も見られた。バランスを見て、中央と大外を行き来する。これはまさにマルセロとクリスティアーノ・ロナウドを見ながらチームのギリギリのバランス調整を一手に引き受けていたディ・マリアのタスクだ。アンチェロッティは既に第2のディ・マリアを見つけていて、それはバルベルデであった。
WGの質と5レーンを有効に使った攻撃が功を奏し、さっそくベイル→バスケス→アザール→ベンゼマと繋いで今シーズン初ゴールをゲット。また終盤にはアラバのクロスを途中出場のヴィニシウス・ジュニオールが頭で合わせ最終的には4-1というスコアで大勝を飾った。アラバはプレシーズンから圧倒的な配給力とクロス精度、水準以上の闘志溢れる対人守備で、マドリディスタの心を奪っている。
しかし続く第2節レバンテ戦では早くも脆さを見せる。アラベスよりボールを保持できるレバンテに対しベイル、アザールと前線の守備強度を期待できないレアル・マドリーは、ミドルゾーンから何となくプレスをかけ始めるがボールホルダーへの圧がほとんどかからない、かつWGが中途半端に高い位置をとるので、一発のサイドチェンジで簡単にサイドが不利な状況に。人を動かされ、アザールのいる左サイドを易々と突破されると、逆の大外で前残りするベイルを横目にフリーとなっていたホセ・カンパーニャにクロスを合わせられ、被弾。途中出場ヴィニシウスの驚異的なゴラッソ2発で何とか追いつくも、アンチェロッティにとってアザール、ベイルの同時起用ではバランスを見出せないと判断するには十分であった。ヴィニシウスは覚醒の兆しを見せている。
好調ヴィニシウスがスタメンに定着。右WGの出場機会はベイルやアザールらが分け合う。セルタ戦やマジョルカ戦は、この時期のやりたいことが明確に表れていた試合だ。
得点力増加のワケは縦へのスピードとハイプレスの導入である。攻撃時は崩しの際に重要なハーフスペースにフェルラン・メンディ、バスケスといったSBではなくWGや攻撃的な特徴を持つIHを配置(アザールとベイルもその1例)し、後ろに重たくなりすぎず前線に人数を割き、スペースがまだ残っている敵陣中腹でスピードアップするバーティカルなビルドアップ、さらに守備時はマンツーマンに近いハイプレスからのショートカウンターを志向した。アラバなどから直接大外のヴィニシウスやライン間で待つルカ・モドリッチへの縦パスが目に見えて増え、こうした進化により昨シーズンまでの大きな課題となっていた得点力不足の解消に成功。ヴィニシウスは左大外レーンを制圧してベンゼマとのホットラインを形成し、アンチェロッティのアドバイス通り、少ないタッチ数でシュートに持ち込みゴールを重ねていく。
今シーズン最初の強豪との一戦となったインテル戦では、守備面で信頼できるバスケスを右WGで起用。アザールやベイルではハイプレスの強度が落ちるだけでなくブロック守備時のサイドの守備に不安があったためだ(そのため彼らが出場時の守備ブロックは[4-1-4-1]ではなく[4-4-2]であった)。しかし噛み合わせが悪く、相手の3バックに3トップをそのまま当ててもマルセロ・ブロゾヴィッチがフリーになる。彼を経由してヴィニシウスの背後のスペースにボールを運ばれると、この日は左SBのナチョ・フェルナンデスがインテルの右WBマッテオ・ダルミアンによりピン留めをくらい、3センターの脇を右IHニコロ・バレッラに徹底的に突かれ、GKティボ・クルトワが忙しい試合となった。後半アンチェロッティはブロゾヴィッチにバルベルデを押し出しハイプレスの勢いを強めたことでよりオープンな試合展開に。しかし、セルタ戦で途中出場しデビューを飾り、さっそくゴールという結果を残していたカマヴィンガが投入され、またバルベルデが鬼神の如く走り回ったことで無理矢理中盤を制圧した。押し込む時間を増やし、ついにはこちらも途中出場のロドリゴ・ゴエスがバルベルデ→カマヴィンガと繋いだボールをゴールにねじ込んで決勝ゴールを挙げた。
マジョルカ戦はカマヴィンガがアンカーとして初スタメンを飾ると、カゼミーロ以上の高い足元の技術と配給性能で相手のラインを押し下げ、これによりIHは高い位置をキープ。そのIH起用となったマルコ・アセンシオがハットトリックの大活躍。アンチェロッティの落とし込みが感じられる、順調なシーズン序盤となった。
リアリズムへの回帰
勝ち点は積み上げることができていたが、徐々に試合内容に陰りが見え始める。浮き彫りになったのはハイプレスの質の低下だ。
レアル・マドリーのハイプレスは基本的にはジダン時代のやり方に沿う形で、マンツーマン気味に前から配置を噛み合わせてファーストDFの距離を短くし、選択肢を奪っていくというもの。最終ラインが数的同数になることもしばしば。しかし力が均衡していたり(単に相手のボール保持が巧い)対策を練られたり、また出突っ張りの選手が疲労によりコンディションを落としたりといった理由で構造的な弱点を明確に突かれるようになる。
前から埋めに行った結果IHの片方、あるいはWGの片方をベンゼマと同じ高さまで押し出し、相手のアンカーポジションの選手も中盤から捕まえにいく[4-3-1-2]の形になることが主だが、如何せん初期配置では噛み合わない相手SBへの圧がかからない。3の端の横スライドあるいは4の端の縦スライドで動的に配置を噛み合わせて解決するのが定石だが、ファーストDFの決定から寄せまで時系列上で相手に認知と意思決定を行う時間を与えすぎてしまっていた。それにより最終ラインは自信を持ってラインを上げられず、守らなければならないスペースを狭めていくことができない。かつてはラモスがとてつもない守備範囲の広さで独力で解決していた部分。
インテル戦は相手が3バックだったためハイプレスの噛み合わせ方がイレギュラーだったものの前半は悉く空転させられ、エディン・ジェコに入る縦パスもCBが前で潰せない。得点力向上で覆い隠せていたセルタ戦も2失点目は広大なスペースでボールを受ける相手に無謀にもチャレンジしたナチョの背後を使われて喫したもの。さらに顕著であったのはラ・リーガ第7節のビジャレアル戦だ。SB経由でダニエル・パレホらに斜めのボールを何度も差し込まれ、危険なシーンを作られ続けている。昨シーズン最終節のデジャブだ。レアル・マドリーに課題を突きつけるのは毎度のことビジャレアルである。
そしてついにシーズン初黒星となったのがシェリフ戦。1失点目はやはりハイプレスの裏を突かれてのもの。また、この頃右WGが定まらない中アザールとヴィニシウスの共存可否が試されていたが、ベンゼマ、アザールの両方が持ち場を離れ左サイドに寄ることで右ハーフスペースにいて欲しいタイミングに誰もいないというシーンが多発。これ自体は崩しの構築次第では問題にならないのだが、さらにはクロースとダニエル・カルバハル不在が響き、せっかく左サイドのオーバーロードとセットで右サイドのアイソレーションを作ってもサイドチェンジのボールを出す選手がいない、またアイソレーションし幅と深みを取って待っているのが攻撃よりも守備に定評がある本職CBのナチョという構造が、シェリフの非常に組織的な守備ブロックを前に攻撃の停滞を招き、結果的にシェリフに大金星を献上することに。
直後のエスパニョール戦ではようやくチームの絶対的司令塔クロースが復帰する。しかし両SHにバルベルデとカマヴィンガを据えるという意図がなかなかわからない[4-4-2]のシステムで攻守に混乱。WG不在で右の攻め手が消え、左もアラバ、カマヴィンガ、ヴィニシウスのタスクの棲み分けが不明瞭なためボール循環が悪く不用意な位置でのボールロストを多発。即時奪回が機能するはずもなく、ハイプレスも例の如くひらひらと躱され、今シーズンのラ・リーガで昇格チームの司令塔として存在感を放ったセルジ・ダルデルのゲームメイクを前にひたすら押し込まれる展開となった。クロースのフィルターとしての物足りなさだけが悪目立ちし、後半にロドリゴ投入で巻き返すも万事急須。スカッドを見極めながら様々な選手と配置を試し、理想を追い求めての2連敗となった。
リアリストであるアンチェロッティは、ここで大きな決断を下す。[4-1-4-1]のローブロックで待ち構え、ロングカウンター主体の攻撃をメインウェポンとする戦い方への変更だ。ハイプレスで能動的に試合を支配することを諦めるという選択。悪く言えば昨シーズン以前への逆戻りである。
昨シーズン2連敗のトラウマことシャフタール・ドネツクを5-0と一蹴。ヴィニシウスは2ゴール1アシストの活躍。また右WGでロドリゴも存在感を発揮した。左SBのレギュラーで、昨シーズン終盤の怪我により欠場が続いていたフェルラン・メンディの復帰も大きい。そして同じ11人で臨んだ今シーズン初のエル・クラシコではロナルド・クーマンのバルセロナを狙い通りのロングカウンター2発で沈めた。アラバはレアル・マドリーでの初ゴールをこの重要な試合でゲット。
その後公式戦10連勝を達成する。シェリフへのリベンジ、セビージャ、アスレティック・ビルバオ、レアル・ソシエダ、インテル、そしてアトレティコ・マドリーという手練れ揃いの過密日程を何と無傷で乗り越えた。アラバと共に安定した守備を構築しただけでなく攻撃面でも成長を感じさせたCBエデル・ミリトンや、順調にゴールを重ねたエース、ベンゼマは言わずもがなだが、共にチームを牽引したのがヴィニシウスとクロースだ。前者のセビージャ戦のゴラッソやレアル・ソシエダ戦の先制ゴールはまさに覚醒という言葉がふさわしく、後者はシェリフ、インテル相手に得意のミドルシュートを叩き込むなどゲームメイクだけでなくゴール前でも決定的な仕事を果たし、全盛期に近いプレーレベルを保ち続けた。
今シーズンのレアル・マドリーはこのクロースのゴールに代表されるように中盤脇からのミドルシュートというのを特に遅攻時の、自陣に引く相手への解決策としているように見えた。無闇矢鱈に打つわけではない。ヴィニシウスやロドリゴの成長によりサイドに人数をかけて5バック化、あるいは6バック化して対応してくる相手が多い中で、逆サイドに一度大きく振り、そこからまた逆サイドのハーフスペースに素早くボールを動かすことで相手のスライドが間に合わない中盤脇にてチャンスを生み出す攻撃は、再現性を高めていった。
マドリッドダービーでは低い位置にIHのクロースが降りてこないシーズン序盤の香りが残るプレス回避の形(2ゴール目)を見せるだけでなく、ある程度ボールを持つ中でレアル・マドリー特有の流動性の高いポジションチェンジに味方が空けたスペースを使う意識が合わさってスペクタクルな崩しを披露。先制ゴールは当時のアトレティコ・マドリーの弱点でもあったマイナスのぽっかりと空いたスペースで、ベンゼマがヴィニシウスのクロスを華麗なボレーシュートで合わせ決めてみせた。守備でも3バックでボールを保持する相手に対しインテル戦の反省を活かし、単にプレスラインを下げるだけでなくヴィニシウスとクロースの守備タスクを変更する(フェリペに対しヴィニシウスではなくクロースが出ていく)ことで左サイドの攻防を制した。
不振に陥るバルセロナとアトレティコ・マドリー、そして2位につけるセビージャとの直接対決を制したことで、国内では首位の座をがっちりと確保した。
マドリディスモとは何たるか
主力を固定化した代償もあり年末から年明けにかけてやや取りこぼしが発生した中迎えたサウジアラビア開催のスーペルコパ。準々決勝ではシャビが就任しペドリの戦線復帰と共に大幅に改善したバルセロナとの延長戦にまでもつれ込んだ激闘を制す。カウンターで敵陣を切り裂いたのはヴィニシウスで、決勝ゴールを挙げたのはシーズン序盤は戦術の核として必要不可欠だったものの、戦い方の変更により出場機会を減らしていたバルベルデであった。
決勝は今シーズン3度目の対戦となるアスレティック・ビルバオ。カゼミーロ、モドリッチ、クロースの阿吽の呼吸はさらに磨きがかかる。第2のアンカーとして中盤の底やCB脇に落ち、常に相手に2択を迫り正確なボールを配給するクロース、連動して中盤ライン背後にスルスルと駆け上がりフリーマンと化すカゼミーロ、幅広く動き回りビルドアップを大きくサポートしながら、崩しの局面では右ハーフスペースを支配し決定的な仕事を繰り出すモドリッチ。ここまで触れてこなかったものの、36歳にしてコンスタントに出場し常にハイパフォーマンスのモドリッチは既に人間の常識を超えていると言っても過言ではなさそうだ。そして準決勝に引き続き重要なゴールを奪うベンゼマと終盤のPKを止めたクルトワ。クルトワ中心の固いブロック守備、中盤3人による異次元のプレス回避、ベンゼマとヴィニシウスのホットラインが仕留めるカウンター。今シーズンここまでのレアル・マドリーを象徴する"らしい"戦いぶりでスーペル・コパのタイトルを獲得した。
しかしベンゼマを怪我で失い再び相見えたコパ・デル・レイの舞台では、アセンシオ、ロドリゴがベンゼマの代役を務めようと試みるも失敗に終わる。アスレティック・ビルバオは今シーズン4度目の対戦にしてレアル・マドリーをこの舞台から葬り去った。
前代未聞の再抽選の末ラウンド16の相手は優勝候補の一角パリ・サンジェルマンに。そしてこの試合でレアル・マドリーが積み上げてきたものは打ち砕かれる。
1stlegはパリ・サンジェルマンがリオネル・メッシを擁しながらも強烈なハイプレスを発動。彼がカゼミーロ(レアル・マドリーの選手の中ではプレス耐性が低い)を見たことでハイプレスの穴を覆い隠され、スピードのあるキリアン・エンバペ、ディ・マリアがスイッチを入れミリトン、アラバに襲い掛かる。さらにヌーノ・メンデス、アクラフ・ハキミのダイナミックな縦スライドでカルバハル、メンディが抑えられると、中盤もマルコ・ヴェラッティ、レアンドロ・パレデスがマンツーマンでクロース、モドリッチの自由を封じた。中盤で余ったダニーロ・ペレイラはヴィニシウスに対応し、苦し紛れのロングボールも悉く回収されてしまう。
そして[3-2-5]の非常にバランスの良い配置で、ヴェラッティ、パレデス、中盤に落ちるメッシを中心としたポジショナルなボール保持に手も足も出ず、ゴール前をエンバペに切り裂かれた。奪ってからのプレス回避の想定も、そもそも奪う位置が低すぎて即時奪回の餌食になり、強みのプレス回避が通用しない。敵陣に侵入できても怪我明け強行出場となったベンゼマは明らかに本調子でなく、頼みの綱ヴィニシウスもハキミとダニーロの2人で対応され沈黙した。
クルトワがメッシのPKストップ含むビッグセーブを連発したことで試合終盤までスコアレスを保つも、最後にエンバペにやられ最小失点差での敗戦。しかし彼らは想定をはるかに超えるコレクティブなチームで、大量失点していてもおかしくはなかった。
逆転での決勝を目指すべく、アンチェロッティはここで凍結していたハイプレスを復活させる。引いていても耐えられない現実を突きつけられたからだ。レアル・ソシエダ戦はカマヴィンガやロドリゴがインテンシティの高さを発揮し、敵陣での即時奪回も機能してハーフコートゲームを展開。大勝して自信を取り戻し、逆転を信じて2ndlegへと臨んだ。
しかし非常に悩ましい問題があった。主に守備面において必要不可欠なカゼミーロとメンディを累積で欠くという緊急事態。そしてアンチェロッティの答えはカマヴィンガでなくクロースをアンカーに置きハイプレスに出るというファイアフォーメーション。
ミリトンがエンバペを1人で止める設計となっていた。もっと言えばクルトワが1対1を止めることが前提とまで言えるこのリスクの冒し方は、レアル・マドリーの選手たちのメンタリティがあってこそだ。
レアル・マドリーはハイプレスでボールを奪い左サイドにオーバーロードを仕掛けてゴールを目指す。オーバーロードは即時奪回を機能させるためでもあった。しかしヴェラッティとメッシにより徐々にハイプレスの勢いを削がれると、エンバペが止まらない。左と異なり薄い右サイドでカルバハルがボールを失ったことでパリ・サンジェルマンのロングカウンターが発動。前半にエンバペの先制ゴールを許し、2試合合計スコアは0-2と絶望的な状況に。
しかしレアル・マドリーは諦めない。諦めずにリスクを負い走り続けたハイプレスがベンゼマのゴールを呼び込み、カマヴィンガとロドリゴ投入で中盤を制圧するとその後2ゴールを奪い残り30分という状況から劇的な大逆転勝利を果たしたのだ。最後に勝負を決めたのはモドリッチとベンゼマの2人。ベンゼマはハットトリックの離れ業。
パリ・サンジェルマンにとっては、ネイマールの怪我からの復帰が結果的にマイナスの収支に。ディ・マリア不在で強烈なハイプレスは鳴りを潜め、レアル・マドリーは後半支配力を高めていくことができた。
サンティアゴ・ベルナベウで生まれた"魔法の夜"は、選手たちに強烈な成功体験を植え付けた。マドリディスモとは何たるか。その得体の知れない何かが、決して運だけではないことを示していくレアル・マドリーの伝説がここから始まる。
史上最高のシーズンへ
避けて通れないのがエル・クラシコの大敗だ。ラ・リーガ制覇に向け勝ち点に余裕がある中で、ベンゼマに無理をさせない選択をした。また、メンディも離脱。モドリッチの偽9番という奇策に問題を帰結させがちだが、どちらかと言えば守備面でのプランが全くハマらなかった。
パリ・サンジェルマン戦の文脈から、本当の強豪、特にウスマン・デンベレという世界屈指の個を持つ相手では、エンバペにやられたように引いているだけでは守り切れないと踏んだ。メンディがいない状況では尚更だ。さらにポジティブトランジションでもベンゼマに頼ることが出来ないため、ボールを奪う位置が低ければプレス回避に苦しむことが想定された。
結果としてモドリッチとクロースが2トップを組むような形でのハイプレスを繰り出したが、バルセロナによってこれを破壊された。パリ・サンジェルマン戦2ndlegも、実際のところ90分インテンシティを保てていたとは言い難い。シーズン序盤にも浮き彫りになったSBへの対応の悪さが露呈し、GKテア・シュテーゲンからこの日はヴィニシウス対策のため右SB起用のロナルド・アラウホへ、浮き玉パスでプレス回避され続ける。どこでどうボールを奪いたいのかが見えてこず、ミドルサードでも位置的優位に立たれ、ジョルディ・アルバの縦パスにカゼミーロとバルベルデの間で顔を出すピエール=エメリク・オーバメヤン、レイオフを前向きで受けるセルヒオ・ブスケツ、クロースの背後で浮くフレンキー・デヨング、最終ライン背後に飛び出すフェラン・トーレスらの躍動を許した。
紆余曲折を経て辿り着いた今シーズンのスタメンの最適解が、チェルシー戦1stlegの11人。ここに来てバルベルデが右WGのラストピースとなる。
まずは守備の部分。5レーンアタックの使い手チェルシーにスペースを与えないよう、バルベルデが最終ラインに落ち疑似的な5バックを形成。メイソン・マウントらを苦しめる。そして引いているだけにならないのがこのバルベルデ・システムだ。彼の走力は試合の中でポイントを定めて繰り出されるハイプレスのスイッチとしても活かされた。
攻撃面ではチェルシーのプレス構造を把握していたレアル・マドリーのビルドアップが冴え渡る。運ぶドリブルで[3-4-3]のシャドーを釣り出すミリトンとアラバ、その背後でスペースを得るカルバハルとメンディが起点となり、そこからバルベルデが"4人目の中盤"として出現する中央への斜めのパスで、フリー前向きでボールを持つ選手を作り出す。ボールをクリーンに前進させ、ヴィニシウスやモドリッチが崩しの局面で輝きを見せて前半のうちに2ゴールを記録。そして後半にもう1ゴールを加え、ベンゼマがCLでは2試合連続となるハットトリックを記録した。
2ndlegでも同様のプランで挑むが、1stlegとは配置も変わった見違えるような強度のハイプレスをくらう。ルベン・ロフタス=チークが右WBの初期配置から内側のクロースの背後へと侵入していくプレーを止められず、連動して右大外レーンに移動しボールを収めるカイ・ハフェルツにも苦しめられた。この流動性の引き上げはブロック守備破壊のためにトーマス・トゥヘルが用意した周到な策である。ヴィニシウスの対面にリース・ジェームズを置くなど抜かりなく、ハイプレスに出てもハフェルツの高さを活かす効果なロングボールで回避され、3失点。ついに2試合合計スコアで逆転を許す。
しかしジョーカー、ロドリゴとモドリッチの右足がチームを救う。アウトサイドでの芸術的なアシスト。走り込んだロドリゴ。延長戦では途中交代のカマヴィンガのセカンドボール回収がベンゼマの決勝ゴールに繋がる。カルバハルがCBを務めるなどアクシデントがありながらも、パリ・サンジェルマン戦同様、途中交代でエネルギーを注入したアンチェロッティの采配が何とか準決勝への切符を手繰り寄せた。昨シーズンのCLのリベンジを果たした格好だ。
そしてラ・リーガのタイトルを左右するセビージャとの天王山、再び途中出場の好調ロドリゴが1ゴール1アシストの活躍で2点差をひっくり返す劇的勝利。決勝ゴールを挙げたのはベンゼマだ。事実上のタイトル争いがここで決着した。
ついにここまでやってきた。昨シーズン涙を呑んだCL準決勝。しかし1stlegでは怪我によりまたもカゼミーロを欠き、アンチェロッティは難しい選択を迫られる。
よってこの試合ではバルベルデ・システムの解体を余儀なくされる。5バック化せずに守ろうと試合に入った矢先、開始早々4バックのギャップに入り込んだケビン・デ・ブライネに先制ゴールを許し、10分も経たぬうちに追加点を浴びる非常に厳しい展開に。
ハイプレスに出ざるを得なくなったレアル・マドリー。追加点を奪ったガブリエル・ジェズズが前線で体を張り効果的にロングボールも使うマンチェスター・シティにこれをひっくり返され何度もピンチに陥るも、カルバハルの決死の守備もあり失点せずに切り抜ける。それでも[4-3-1-2]の形で前線から追い、リスクを負い続けるレアル・マドリーは敵陣でボールを回収したメンディのクロスにベンゼマが驚異的な左足ボレーを決め、試合の文脈を無視する高い決定力を見せつけた。
デ・ブライネ、オレクサンドル・ジンチェンコのポジションチェンジやベルナルド・シウバの技術と運動量を軸に押し込むマンチェスター・シティのポジショナルフットボールはまさに世界最高峰。[4-4-2]のミドルプレスは隙がなく、ハイプレスへの移行も的確かつスピーディだ。バルベルデ右WGがもたらしたもう1つの利点はロングボールによるプレス回避。それが使えないレアル・マドリーはやはり押し込まれていく。
しかし後半はヴィニシウスの衝撃的な独走ゴールも飛び出し、終わってみれば3-4。2ndlegに望みを繋いだ。
一方ラ・リーガは第34節エスパニョール戦で、シーズン序盤の苦い敗戦を払拭する4-0の大勝。ロドリゴが2ゴールを上げ、終盤に存在感を増したダニ・セバージョスの活躍もあったこの勝利により、4試合を残してタイトル獲得を決めた。
迎えた2ndleg。カゼミーロが復帰し、ロドリをモドリッチが見る[4-2-3-1]で臨む。サイドチェンジを外回りにさせると、やはり大きな存在感を見せたのはバルベルデだ。この日はややライン設定を引き上げ、初めから5バック化せずに絶妙な選手同士の距離感でスペースを管理しつつファーストDFを決めることでアタッキングサードへの侵入を許さない。バルベルデは前進の起点となるベルナルドとジョアン・カンセロを相手に走り回り、さらにハイプレスのスイッチ、そしてロングボールによるプレス回避のターゲットになった。リーグ優勝を決めターンオーバーに成功していたため主力のコンディションが良く、機を見て繰り出されるハイプレスも機能。アラバが怪我で欠場しており、その穴を埋めたナチョの活躍も光った。
ヴィニシウスとカイル・ウォーカーの1対1や後半キックオフのサインプレーなど見所に溢れ、互角の試合だったが、選手交代でややバランスを崩したところからリヤド・マフレズに痛すぎるゴールを奪われる。2試合合計2点差とまたも絶望的な状況の中、またもチームを救ったのはロドリゴとカマヴィンガであった。中央から離れていたベンゼマへカマヴィンガがピンポイントでボールを送り込み、カンセロの背後からの丁寧な折り返しをベンゼマが空けていたスペースに走るロドリゴが合わせた。彼らの非常に再現性の高い形。ゴールは必然的に決まった。だがしかし信じられないような逆転劇。
この2人の投入でチームは試合の中で変身する。クローズドな展開に持ち込んで中盤のベテラン3人を中心にボールを持ちつ持たれつ試合をコントロールし、虎視眈々とゴールを狙う前半。そして後半、終盤にかけてバルベルデ、カマヴィンガ、ロドリゴらがオープンな展開に持ち込み間延びしたスペースを制圧する。ベテランに引っ張られるようにして若手が飛躍し、全方位に対応可能な監督、選手、戦術、メンタリティを備えるチームがそこには完成していた。後半の展開はまさにあのインテル戦で目にしたもの。布石となっていたのだ。理想を追い求めた過去は確かに現在へと繋がっていた。無駄ではなかった。チームの最大の武器はこの2面性にあった。
決勝の戦いぶりは、もはやほとんど説明する必要もないだろう。今シーズンの文脈の先。レアル・マドリーはいつも通りの試合をした。
バルベルデ・システムのスペースを消す擬似5バックで待ち構える。最後のところでカゼミーロ、ミリトン、アラバ、そしてクルトワがリスクを引き受け、仕事をさせず、耐え忍ぶ。中盤3人を中心としたプレス回避。クロースはCBの間に落ち、外切りプレスの頭上を越える中距離パスでSBへとボールを運び、相手のWGを走らせるだけでなく、SBを釣り出す。中央を経由してその背後のスペースへ。
そして結実したのがヴィニシウスの決勝ゴールだ。詰まったらロングボールに逃げながらも、最初からそうすることはせず、焦れずに下から繋ぎ続けたレアル・マドリー。局面を変えたのはモドリッチ。WGのプレスバックにあえばやり直す、ということを繰り返していたレアル・マドリーだったが、彼の左足から意表を突く縦パスがカルバハルに刺さり、いつも通りスルスルと高い位置を取っていたカゼミーロを経由してバルベルデへ。この時エリア内は数的同数となっていた。落ち着いて流し込んだヴィニシウスの成長。
ロベルト・フィルミーノの投入で再び猛攻をくらうも、カゼミーロの異次元の守備、そしてサディオ・マネやモハメド・サラーの前に立ちはだかり続けたクルトワ。先制したことで、ロドリゴやカマヴィンガの投入により勝負を仕掛ける必要がなかったレアル・マドリーは、そのまま巧みに時間を使いながら試合終了のホイッスルを迎えた。
"レアル・マドリーは、なぜ勝てたのか"。非常に難しい問いだが、上の記事に記すことを試みた。サッカーという複雑系のシステムに孕む不確実性をいかにコントロールするかというところ。パリ・サンジェルマン戦やリバプール戦のように、なぜここまでリスクを負えるのか。確固たるゲームモデル、それにより定められた意思決定基準を持たないレアル・マドリーは、"正解を選択"するのではなく、"選択を正解に"していた。その場で思考し、判断し、ピッチ上で、リアルタイムで意思決定を行う力がずば抜けていた。それを裏付けるのは"圧倒的な自信"だ。歴史、伝統、経験、信頼。エンブレムの重み。ある意味でサッカーには不確実性があることを認め、受け入れ、自らが引き受ける。なので意思決定に一切のブレがない。迷いがない。決断できるのだ。そしてこのメンタリティこそが、マドリディスモなのだろう。
スーペルコパに加えラ・リーガとCLの2冠。CLにおける数々の大逆転劇。理想を探した。現実を見て、その現実さえも一度は否定された。理想と現実の狭間で苦しみ、辿り着いた。決して言葉で説明できないものではなく、積み重ねてきた戦術とメンタリティの結実であった。伝説のシーズンだった。
アンチェロッティは素晴らしいチームを作り上げ、この上ない結果を残した。そして今シーズン限りで、マルセロ、ベイル、イスコというレジェンドの3人がクラブを去る。マルセロはレアル・マドリー史上最もタイトルを獲得した勝者となった。大きな補強に動くであろう来シーズン。マドリディスモは受け継がれてゆく。その歩みを、今後も書き残していきたいと思う。
シーズン成績
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