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会いに行ける時に会いに行く/書き撮る#1

2002年5月。
自宅のテレビには、薄曇りの空の下、人で埋め尽くされた東京競馬場が映っていた。音楽隊が奏でるファンファーレに、手拍子を合わせる大観衆。
実況アナウンサーが興奮気味に声を荒げる。
馬群が最終コーナーを回り、さあ直線。
段々と大きくなる唸るような歓声。

「タニノギムレット!タニノギムレット!武豊、ダービー3勝!!」

これが私の初めてリアルタイムで観た日本ダービー。
小学校6年生だった私は、この時から競馬に夢中になる。

 タニノギムレットを初めて目にしたのは2018年、まだ前職で競馬とは無関係の営業職をしていた頃。夏休みに種牡馬として繋養されていたレックススタッドを訪れた時だった。
馬房からなかなか顔を出してくれない馬も多くいる中で、しばらく顔を出してくれた彼。

2018年8月14日レックススタッドにて

「あの時、テレビで見ていたダービー馬が目の前にいる」

 当時の武豊騎手のガッツポーズを思い出したりと、馬房の前でしばらく感傷に浸っていた。彼は2020年に種牡馬を引退し、レックススタッドから移動することになる。

 そんなタニノギムレットに、先日約5年ぶりに会うことができた。
彼が今過ごしているのは、北海道日高町にあるYogiboヴェルサイユリゾートファーム。「引退馬の余生の不安定さ、これをいち生産者としても少しでも解決したいという想い」から2018年にオープン。

牧場の入り口。おしゃれな看板が出迎えてくれる。

 クラウドファンディングや月会費制の支援会員募集、放牧地を眺められる宿泊施設やカフェの併設など、これまでにない事業を展開し、注目を集めている。近年では繋養馬の内の1頭であるアドマイヤジャパンが、まるで人間かのようにYogiboクッションを使って寝そべる動画がSNS上で話題となった。繋養馬のグッズ販売も好調で、ものによっては再販しても再販しても、すぐ売り切れるという。宿泊施設についても、今年のゴールデンウィークに2部屋を増やして、現在6部屋。家族づれ、カップル、おひとりさま、親子など、幅広い年齢層に受け入れられ、連日満室が続いている。

宿泊施設(一例)の外観。場内の至る所に色とりどりのYogiboクッションが置かれている。

 タニノギムレットは放牧地に1頭で放牧されている。久しぶりの再会だ。
私が訪れた際はこちらにお尻を向け、ジッと立ったまま遠くの方を見つめていた。

遠くを見つめるタニノギムレット


時折、見学者の方がニンジンを手にしてやってくると、近寄ってきておいしそうに頬張っている。
 興奮した際に牧柵を蹴り壊すことから、「破壊神」というあだ名が付いている彼。そんな先入観からか、放牧地ではテンションが高く、ひっきりなしに走り回っている姿をイメージしていた。
その想像とは裏腹に、大人しくて人懐っこい姿を見ることができた。

見学者からニンジンを差し出され、おいしそうに食べるタニノギムレット

「この牧場に来た時から元気いっぱいです。1頭でいる時は大人しく、暴れたりすることもない。隣の放牧地にいるローズキングダムとやり合って、テンションが高くなると柵を蹴ってスッキリするみたい。それでも、最近は柵を蹴るのも少なくなってきました。」
と担当の白井健一さんが教えてくれた。

タニノギムレットと担当の白井健一さん

 現在、タニノギムレットは24歳。
人間だと70歳を上回る年齢に相当する。左目には緑内障の症状が出ているとのこと。人間でも高齢になると体の節々が弱ってくる。
馬でも当然のことだろう。

白井さんは
「左目の状態は良くないが、馬自身は怖がったり気にする素振りを見せない。これまで大きな怪我もない。体調を崩すことや疝痛も1年以上なく、体は強い。食欲も一向に衰えず、ご飯もしっかり食べてくれて健康そのものです。」と話す。

「馬を引く時に左目への配慮を怠らず、放牧地や脚元のチェックをしっかりとやっています。」とケアも念入りだ。

 左目の症状を少しでも遅らせるために、目薬を差す機会があり、スタッフの方が脚立を使って差そうとすると、タニノギムレットはグ~ッと目を開けまいとするそう。人間のおじいちゃんが、目薬を嫌がっている姿を想像してしまう。

「目薬が苦手な馬」

これまでのキャラクターも相まって、いかにも人間らしい馬である。
どうかできる限り、元気でいて欲しい。


時折、白井さんにじゃれつく素振りを見せつつ、凛々しい表情を見せてくれたタニノギムレット。種付け最終年度(2020)における血統登録数は4頭。(公益社団法人日本軽種馬協会より)
その内の1頭であるオソレ(牡)が今年8月、門別競馬でデビュー戦を勝利している。

 馬の担当に見学者対応、広報と多岐にわたる業務をこなす白井さん。
Yogiboヴェルサイユリゾートファームの今後についても尋ねた。

「防犯カメラや馬房別のカメラを設置、今年の春に新厩舎も建て終わりました。おかげさまで預託馬も増えてきて、馬房も埋まってきています。所有済みの土地に、また新しく厩舎や放牧地をつくりたいです。」と話す。

カフェの前に広がる放牧地はとても広大、カメラも防犯用途以外の使い方もありそうだ。
 さらに「放牧地が見られる露天風呂なんてあったら良いな。」と楽しそうに展望を語ってくれる。

広大な土地で馬達がのんびりと過ごしている。

「人にとっても馬にとってもリゾートにしたい。」

白井さんは続ける。
「馬にとってはここを、終(つい)の住処にして欲しい。競走、繁殖、種馬の役目を終えた馬達が、穏やかに最後を迎えられるところにしたいです。こういう場所をもっと増やしていき、さらに馬達の様子を見ながら人間も、のんびり過ごせる場所にしたい。馬をただ見に来るだけでなく、プラスアルファを提供できる場所を目指していきたいです。」と語り口は力強い。

GI馬達を間近で見られてカフェもあり、宿泊もできる。
そういった施設は他にそうそう無いのではないか。

「当牧場以外にもこういう場所が新しくできれば、引退馬達が暮らせる場所がその分、増えてくる。当牧場は1年中やっているので、是非馬達に会いにきて欲しい。」と最後に話してくれた。
 私の訪問時も、設備の増設作業が行われている最中。牧場入口に設置予定のゲートも鋭意製作中だという。

 現在進行形で発展が続いているYogiboヴェルサイユリゾートファーム。
これからも目が離せない。
            (取材:2023年8月)


 多感な思春期、特に趣味も無かった私が競馬と出会い、その走りに目を輝かせて見ていた馬達はたくさんいる。シンボリクリスエスやデュランダル、キングカメハメハにラインクラフト。そして、ディープインパクト。
多くの馬が、もう会えなくなってしまった。
それでも、競馬を好きになるきっかけをくれたタニノギムレットに、30歳をまわって競馬の世界で働く身となった今、こうして再び会うことができて大変感慨深い。
 「推しは推せる時に推せ」という言葉をネット上で目にしたことがある。
馬でも人でも「会いに行ける時に会いに行け」と今回改めて思わされた。
ヴェルサイユリゾートファームには、タニノギムレットの他にも、ローズキングダムやヒルノダムール、オジュウチョウサンなどのGI馬が繋養されている。場所は新千歳空港から車で1時間弱のところ。見学可能な牧場の中では比較的行きやすい立地にある。
皆様も見学ルールを守った上で、会いに行ってはいかがだろうか。

私も近いうちに、また会いに行きたい。

                        (文・写真 寺田康介)


寺田康介(競馬ブック 取材撮影班)
平成2年10月5日生 兵庫県出身 A型
2020年10月に中途採用で入社。
普段は主に栗東トレセン、関西方面の競馬場での撮影業務に従事。



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