20 はじめてのお山晩餐 2/3 マカロンとオーロラ姫
「裏切り者には制裁を」
やったったー!
からからと笑いながらフィリップはコーヒーを淹れ、ダイニングルームに戻っていった。気が付くとデザートテーブルでジャックとジョアンナが話しこんでいる。こちらからは背中しか見えない。
まさかいるとは思わないじゃん、まさか同じ人がいるとは。
一周廻って笑いしかでてこない。
キッチンの作業スペースにもたれてひとりで頭を抱えてるとユキが来た。
「サヴァ?」
「サヴァ、サヴァ」元気だよ。
「ディナーどう?」
チーズ、どれも食べたことなかったからパンまで食べすぎた。これからチーズとパンは一緒にルールは無視するよ。
サラダのドレッシング、私には初めての醤油いらずの完成度。何にでも醤油かけちゃうんだけどね、普通。
鴨は重くなかったしソースはおかわりしたかった。
ポトフ、野菜久しぶりにガッツリ食べた。優しい味だった。
オリーブはこれぞマルシェって感じで添加物なしなんじゃない?
牡蠣は歯ごたえあって、サーモンは、もうスーパーの薄切りパックには戻れなくなる危険な扉を開けた」
一気に言うとユキが
「サーモン、ユンヌがあれしか食べないんだ。あれ以外はスモークド・サーモンと呼ぶなとのお達しが出てる。
牡蠣は今朝ジョゼフがマルシェで選んだノルマンディ、
二十日大根食べなかったのか? あれはカリンがー」と返してきた。
上の句下の句か。
どれも選び抜いた品ということはわかった。
デザートを持ってダイニングに入るとテーブルは自由席になっていた。ソファーや暖炉前も含め好きにみんな固まっていた。
フィリップは相変わらず女の子の中心にいる。今はジョゼフたちも加わっている。
私は元自分の席にあったワイングラスとデザートスプーンをとり、空いてる席でユキと話す。ニコラとユンヌが前の席でマンボウについて議論している。話題はやっぱり料理を選んだ。
「料理に進むって早くから決めてたの?」
「三番目の時にツレがそっちに行くって言ってたからボクもってノリだよ」
「三番目?」
「(コレージュ)中学の、12才のとき」
「どう?」
「製菓やってる。そのブラウニー、ボク。昨日焼いたんだ、初めのは焦げたからやり直しの二枚目。オーブンが温まりすぎて二つ目も焦がすかと思った。本当はマカロンも作る予定だったんだけど古い卵がなかったからできなかった」
「古い卵?」
「マカロンは出来るだけ古い卵で作るんだよ。もちろん腐ってるやつって意味じゃない。卵白がー」
自分でも作れるんじゃないかと思うほど聞かせてもらった。
聞くと作るは大違いだろう。
料理とご飯と食材の話をしつづけた後で、ふとユキが私の目をのぞき込んだ。
「ロバンと本当に別れたの」
不意打ちだった。どうせ聞かれるだろうと思って答をあらかじめ何パターンか準備して、シュミレーションもしてあった。けれど、食べるものの話ですべてがきれいに消え去っていた。
手元にあったワイングラスにもう一杯サンテミリオンの赤を注ぎ、表面がたゆるのを見ながらストレートにしか言えなかった。
「ふと醒めちゃったんだ。なんかふっとね。
ロバンはいい人だし、この人となら私のこと心配してる人たちも安心するかなと思ってたんだけど。ごめんなさい」
「ハルヒを心配してる人いるの?」
ストレートな質問に苦笑してしまった。
「日本にはね。いるんだよ、これでも」ちょっと言葉を切ってから笑ってみせた。
「パパやママ、じーちゃん、ばーちゃん。いとこや兄姉もちょっとは思ってくれてるんじゃないかな」
ユキにとってのファミリーと同じ」
それから、これだけは言っておこうと思った。
「ユキ、ありがとう。
私、今日声かけてもらえて本当にうれしかった。
ユキもユキの周りの人も、みんなロバン側の人だから、もう一生会わないと思ってた」
「ハルヒがさ、クリスマスの時BBQ台の横でサシャやポーレット、リザ、子供ら集めて託児所やってただろ。
クレッシュ・ハルヒ。積み木で騒いでたやつ。
木っ端で作ったカプラかミカド。
あれ見てて、何十年経っても、ハルヒはいるんだろうなと思ったんだ。
家が建て替わったり、町も変わった、齢くったりしても、ハルヒは家族のどこかにいる気がした。
だからロバンと別れたって聞いて、ボクはホントにショックだったんだ」
ユキはいきなり涙を次々とこぼした。
「ずるいよ。そんなのずるい」
直視していいのか、視線を外していいのか迷って動けないまま、ユキは本当に音がしないのが不思議なほど大粒な涙を流して、テーブルクロスに沁みを作った。
前の席でユンが固まっている。ニコラが凝視している。ユキは構わず言い続ける。
「なんで会わないって決めたら、もう絶対に帰らないんだよ」
そしてこぶしを握って泣き続けながらつっぷし、そして寝てしまった。
「アルイが泣かせた」アン=キャトリーヌが私の肩に手をかけた。
「泣いちゃったんだから」
「ウチの可愛いユキをいじめないでくれる?」とジョアンナ。
「アルイなにしたの? ママに言いつけるから教えてよ」ディアンヌが言う。
ガールズ、私は無実だ。
「もしかして飲ませた?」とキム。
「水しか飲んでないよ、ユキ」
「誰か水をブランデーで割ったか」ジョゼフが言う。
仲間内ジョークと聞き流しているとカリンが
「飲めないのよね、体質で」と教えてくれた。
「昨日寝てないとか言ってた。遠足の前のワクワクかよ」
「自己管理しろよ自己管理」
「誰がお姫様だっこで三階まで連れていくやつ」男たちはは容赦ない
結局どこからかキャンプマットが出てき、暖炉の前に転がされた。キムが重たい羊毛毛布を持ってきた。
「過去の遺物だ」アントニオが荒織の、ごわごわした毛布を触って言った。
「燃えないのよ」
「耐熱ガラスの暖炉ガードって要るもんなんだな。こいつがなきゃ熱に惹かれてユキ転がりこんでるよ」
「ラッキーな奴。明日のBBQ焼かなくていいかと思ったのに」ボーイズトークは本当に容赦ない。
「人は人を食べないんだよ」私は真面目に答えた。
「人が人を食べるって言えば」フィリップが言いだした。
怖い話はやめてくれ。
耳をふさぐ私にフィリップが隣にあったブラウニーの皿を差しだした。私が皿を手にすると
「眠れる森の美女の続きを知ってるか」
「へ?」
そして彼は話しはじめた。
オーロラ姫を目覚めさせた王子は姫を森から自分の国に連れて戻り、結婚式をあげました。
ふたりは幸せな月日を過ごしました。けれど年月が経つうちに、なんにでも手を出すオーロラ女王のことを元王子、現国王は疎ましくなってきました。
「え?」
そしてある夜、侍女のターリアが眠っている姿を見かけた時、その無垢な寝顔の中に昔のオーロラ姫を見出しました。そして王は口づけで侍女を起こす前に次のステップに進むことにしたのです。
「あかんやつやん」
やがて国王と侍女の間に可愛らしい双子、サンとムーンが生まれました。始まりは確かに問題がありましたが、お互いに心惹かれるものがあったのでしょう、四人は幸せな日々を送りはじめます。
「…いいの?」
面白くないのはオーロラ后、ある日后は料理人に命じます。
“サンとムーンで鍋を作れ。それをあの二人の食事に出せ”
「え―」
これで叫んだのは私だけじゃなかった。
- 料理人、他の肉でごまかせよ。
- その后を肉にしろ。
- 双子を森に逃がせよ。
- 七人の小人に育てさせろ。
いつの間にか集まっていたみんな口々に騒ぎはじめる。
フィリップはひとしきり聞いた後に続ける。
「ジャック正解。料理人は子どもたちを洗濯女に預け、猪の肉をさばいて煮こみました。
夕餉で王とターリアが鍋を賞賛します。
今日の食事は格別だ。
そこで后は立ち上がります。
『その肉こそお前たちの子どもの肉だ』」
華やかな夕餉はたちまち狂乱に陥ります。
けれどもそこに上皇と上皇后がサンとムーンを連れて現れました。
オーロラは討ちとられ、王とターリアは末永く幸せに過ごしました。
呆然とする私にフィリップはにやりと笑って言った。
「もっと原型バージョンがあるけど、聞くか? これは双子が」
いらんいらんいらんいらんいらんいらんいらん
キムのお母さんと彼氏はすでに部屋に戻っていた。
私たちは話しながらテーブルの片付けに動き出した。
大皿とカトラリーで食洗器がいっぱいになり、まず一回目がスタートした。
「残りは明日の朝ね」
テーブルはデザート用の皿とスプーンが残っている。それにコーヒーカップやワイングラス。もちろん追加のワインボトルとチーズ。アペロで残っていたオリーブも添えてある。
夜通しのフェット、パーティが続く。
私はキムの部屋にあがって昼間買ったノミをとりだした。来る前に浴びたけれどシャワールームが開いていたのでこの隙にもう一度シャワーを使い、そしてジーンズとTシャツ、ダンガリーに着替えた。
下に戻る前に一階分あがって屋根裏部屋を覗いてみる。いつの間にか人数分のキャンプマットが積んであった。
それから一階に降り、キッチンで煮詰まりかけたコーヒーをさらえ、コーヒーメーカーのスイッチを切る。
そしてダイニングルームに戻る。長いテーブルを時計回りに廻りこみながら幾人かと言葉を交わし、薪を選んだ。そのあと暖炉の、ユキが寝ている側と反対に座りこむ。みんなが決して手を付けない澱(おり)の浮いた赤をグラスに注ぎ、私はトリケラトプスにとりかかった。