27 日曜日、山のランチは準備中 3/4 みんな
「俺は一階で寝てたから直接は見てない。
ただ起きたら家の中が静まり返って、声ひとつしてなかった」
「いつ? 何時ごろ? 私そんなの知らないよ」
「ハルヒはあいつと山登りに消えてた」
骨返しに行った時? 山登りとは言わん。いや、まあ、いやほど山は登ったけれど。
「で、他のみんなはどこに消えたの?」
「屋根裏部屋で静まり返ってた」
「二度寝?」
「ガールズは小声でずっとなんか話してるし、ボーイズはー、
俺も部屋に入った途端にジョゼフに聞かれたよ、なんかお前にやったかって」
「何を?」
「何か」
「えっと、ジョン=マチスの言ってることがわからない」
「俺がハルヒに悪さしたかって確認された」
「悪さってなんの」
「二コラがやったようなこと? あいつが何をしたかは俺は知らないんだけど」
へ?
「みんなは関係ないじゃん。関係ないって言うか、みんなはなんにもしてないし。どうしてそうなったの!?」
「起きてきたユキが朝の騒ぎを聞いて言ったんだと。
- ああもうそれってハルヒが一番嫌いなやつじゃん、
ロバンだって気をつけてたんだよ、もうハルヒ呼べないじゃん、
もうなんでみんなしてそんなことハルヒにするんだよ
そう言い捨ててシャワーに降りてったって。
で、リセの連中はみんなって誰だよ、って」
ロバンだってって公然と言う!? 肩に力が入る。壁に視線をやってしまう。顔がほてる。
それにしても、みんなって誰だよ。
「結局ユキが朝食食って戻って来て、その辺は解決するんだけど」
「みんなって誰だったの」
「二コラとフィリップ」
「どこが“みんな”」
「ユキに聞いてくれ」
「そんなことになってたなんて、全然知らなかったよ」
「どんなことになってたって? 何、何、何があったの」
台所から元凶のひとりが入ってきた。
結局フィリップに二度説明する。
なんで私が話してるんだよ。これを機会に話題を変えるのが正解だろう、自問自答しながら語りつづけた。ユキのセリフは省略した。
フィリップが言った。
「ハルヒが部屋出た後、俺ユキに説教されたんだぞ。あいつ寝起きでぐずってて全部見てたらしい。で、
- ハルヒはそういう近いの嫌いなんだよ。ロバンが言ってた。
それに普通女の子に言わないでしょ、おじいの匂いがするって。
フィリップって彼女いる?」
「世の中には言う人と言わない人がいるんだよ」
私はかろうじてそこまでは言えた。
「俺だって姉か母親、あとはばーちゃんにしか言わん」
私はキミの家族かよ。
「あれ、ホントはジャガイモの袋で殴るつもりだったんだよ、直前にノミが入ってるの気がついたんだ。フィリップってホントにラッキーだよ」
話がそれるともう本筋がわからなくなってきた。
だから脇道に逸れてはいけない。
私は一体何が知りたかったんだ。
なんでこんな話をしてるんだ。
「二コラやリセの一同がびびった原因って」
フィリップがあっさり言った。
「誰もが人からさっくり縁を切られたくないからじゃん」
「どうしてそう思うの。私そんなに切らないよ 」
「俺は二回宣告された」
「日本産を信じるな」
「信じねぇよ。
ただ一回目はさすがに真面目にとったさ」
「私はいつでも真面目だよ」
「ユキを泣かしたハルヒを思い出して、俺ももう見向きもされなくなると思ったよ」
フィリップの言葉にジョン=マチスの目が細くなった。私はあわてて口をはさんだ。
「ユキ泣かしたって、フィリップはユキが言ったことは聞いてないよね」
「お前の記憶力ってどうなってんだよ、俺もいただろ。飯食ったのは憶えてるか? 宴会服着て。ハルヒどれだけ飲んでたんだよ」
?
「きれいなべべ着て化粧までして、ユキと並んで酒飲んで」
「ちょっと、言い方選んでよ」
物置小屋の前の話じゃない。
初日のコースディナーだ。
そうだ、あの時もユキが泣いたんだ。
確かユキがロバンの話を切り出した。本当に別れたのか聞いてきた。
「ああいう泣きながらのフランス語は俺にはわかりきらんかったけど、みんな固まってただろ。
ハルヒはマジに後戻りはしないんだと思ったよ。
誰がお前らの前にいたかは覚えてるか」
あの時は..。
その場にいなかったジョン=マチスが変に誤解をしても困るので、自衛の意味もこめて声にしながら思いかえした。
「金曜のディナーのラストで、ユキが聞いてきたんだよね。ロバンと本当に別れたか、私のこと心配してくれる人はいるのかとか。それからクリスマスの話になって。
“ずるいよ、そんなのずるいよ”ってユキが言って。
それから“なんで会わないって決めたら、もう絶対に帰ってこないんだよ“って。
…前の席はユンヌと二コラが」
ちょっと待て、ユキなんて言ったって? フィリップがもう一度聞いてくる。フランス語のままで教えてくれるかと。
お願いもう、勘弁して。
「NEVER LET ME GO」フィリップが言いだした。
「 カズオ・イシグロ」とジョン=マチス。
「あれラストどうだったっけ」
「俺ぜんぜん進めない。人の思い出を自分の思い出として移し替えたい患者の話だけは五千回は読んでる」
「キャッシーの彷徨がドライだぜ」
「ジュディ・ブリッジウォーターがねっとりしすぎてる。俺はあの唄検索してから先がどうしても読めなくなった」
「その温度差がいいんだよ。ただトミーが共感を通り越してオレには嫌悪感満載だったけどな」
「お前みたいなやつってか」
「どっちかって言うと」何か目配せがあった。「今なら笑って読めるかもしれん」
私にはわからない話がはじまっている。
話題がそれて大変うれしい。
けれど平和は長くは続かなかった。
「二コラが粘った理由は、その気があるなら本人に聞けばいいだろ」
ジョン=マチスが言った時、ちらっと眉間の下にしわが入ってた。
私は黙って首を横に振る。
やめとく。距離は置く。
フィリップが暖炉の前のコロコロした彫り物に目をやってから言い出した。
「あいつが声かけだしたのはハルヒが薪割って以来ってみんな言ってる」
そのみんなは誰ですか。
「あいつ、それを見た瞬間ハルヒって面白い!って気がついたんだろうな。
“モブ”から”ハルヒ”に変わったんだ。
そりゃ狩るよ」
しないよ。
言ってる意味がわからないよ、
その横のジョン=マチス、どうして君はそんなにいやそうな顔をしながら、首は縦に振れるんだい!?