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25 日曜日、山の朝霧 8/8 甲子園

「お前の指笛はクールだ。
ああいうので負けると思ってなかったからむっちゃ悔しい」
「ほぉ」
ちょっとうれしくなる。

「オキナワで検索すれば出て来るよ。オキナワって日本の南の島で」
「オキナワくらい知ってる」
「オキナワ、シッフル、ひゅーひゅーかなんかであると思うよ。それか」
「なんでハルヒが吹けるのにわざわざYoutubeでやらんといかんの」
「奥が深いもん、私のレベルは吹けるに毛が生えたレベルだよ。ちゃんと学び」
「ネットビデオでちゃんと学べるか」
ケンカ売らんとって。
もう今日のあんたは面倒くさい。

私たちは山肌の岩壁から流れる清水で手を洗い、それがバクテリア的に吉と出るか凶と出るかはわからなかったけれど、思う存分指笛を鳴らしながら車道をくだっていった。


子供の時、夏休みは神戸にある父の実家で過ごすのが常だった。

ある夕方、春日野道の商店街にタコ焼き器を買いに行かされた。
帰りに浜風が吹く国道2号線でいがぐり兄ちゃんたちと会った。
指笛を鳴らしてた。

タクシーの空車が何台も通り過ぎていく。
拾いたがってるみたいだったんで手をあげて停めるんだよ、って言ってみた。

あの頃の私は関西弁オンリーだったから手ぇあげてとか言ったはず。京言葉から神戸弁が使えるようになっていたので天下を取った気になっていた。舌ったらずの下町の言葉は通じなかった。

やってみせた。
タクシーが停まった。

兄ちゃんらが喜んでぴろぴろした入場券をくれた。10枚くらいつづられた、長い、判子が押されたチケットだった。
「明日、ここ来て」印刷を指さしながらぴろぴろを4枚くれた。

第何回甲子園大会八月十二日第二回戦三試合目 三塁アルプススタンドみたいなことが書いてあったはず。

帰って伯母たちに見せたら一言、「二回戦とか、どこ当たるかわからへんから買いにくいんや」言いながら新聞を確認していた。
「沖縄、大分や」「九州同士当たってもてんな」「沖縄九州ちゃうやん」「さすが暑い席を」興味のない顔をしてしゃべっていたが、お祖母ちゃんの長電話が終わると固定電話を取りあってた。
祖母もかけてた。
残りが伯父の会社にまわった。

「あるとこにはあるもんやな」
言いながら、会社で一瞬にしてはけたらしい。

「ひとりふたりやったら、甲子園やからですんなり行けるんやけど、ちょっと大層な人数になってきたからまずは一緒に行く奴ら押さえた。そこから社長や重役攻めたってん」と大きな円卓を前にあぐらをかき、ししゃもを食べながら話してた。

最初に切りとっていた私の分も持っていかれそうになった。
子どもはわからんやろて。
親戚も油断大敵やとあの夏学んだ。

翌日の甲子園で外のショップ見てるうちに指笛馴らしてる人見た。どうやっとん? って聞いてみた。

球場でみんなとははぐれていたけれど、誰も心配してなかった。
甲子園はもう何回も来たことがあったから。

伯母たちも叔父といると思ってたんだろう。
帰りの合流は簡単だったし、楽しい一日だった。
ただ、家では大騒ぎが待っていた。

沖縄は子供も指笛で応援します、とTVに映ったらしい。
あっちこっちに出張してた工房の人らが「春日ちゃんやろ」と実家に電話していた。

ウソやろ、他人の空似や、ひーじーちゃん沖縄にも種まいてったんや、ゆうてたら仙台で現場にいたじいちゃんもたまたま目にしてて。

おまけに夜のニュースでもその映像は使われて。

山の帰り道でそんな話もした。
どこまで伝わったかは分からない。

夏の甲子園の応援スタンド、暑さ、長丁場、熱気。あの雰囲気は日本語でも伝えられない。
語彙力。

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