心の中の「二面性」と、本当に「嫌だ」と思うこと

おはようございます。市山です。

昨日、記事を書いている最中に
気づいたことがあります。

「両輪いるな…。

 寄り添いたい自分と、
 背中を押したい自分

 相反する思いを持つ、
 二つの自分がいる」

先日、ある記事を書きました。
(コチラです)

強い言葉をかけて発破をかけるよりも、
相手を受け止めて
寄り添う自分でありたい。

そんな思いを表現した記事です。

しかし昨日、記事を書いている時に、
相手の背中を押すような
表現をしている
ことに気づきました。

例えば、

小さな一歩を踏み出してみてください

少し端折っていますが、
完全に、背中を押していますよね…。

強い言葉による圧は抑えたつもりです。

それでも、
発破をかけているように感じる方も、
いると思います。

私自身、背中を押している
感じました。

「発破をかけるまではいかなくとも、
 背中は確実に押している…。
 寄り添う自分と背中を押す自分。
 その両方が、自分の中にいる…!」

正直、かなり困惑しています。

矛盾を感じていて、
私自身が本当に苦手なことって
何だろう?と、、、

「寄り添う自分」と「背中を押す自分」
相反する二面性にある共通点
何だろう?と、、、


。。。


書きながら考えているうちに、
これかな?というものを
見つけました。

本当に嫌なのは、
「相手を意図的に傷つけようとする言葉」
「高圧的な態度で
 命令するような姿勢や言葉」

それが嫌なんだと思います。

特に「命令口調

「○○してみろ」とか
「○○するな」とか、
そういう言葉を見ると、ウッとなります。

「命令された感じがして、
 どうしても嫌な気持ちが出てしまう…」

良いことを言っていて、
熱量も伝わってくる。

それはちゃんと、理解しています。

それでも私は、心にかかる「圧」は
抑えられるものなら抑えたいです。

人の心は、そんなに強くはないので…。

相手を受け止めて、共感して寄り添う。
その上で、必要であれば背中を押す。
行動するアイデアと一緒に。

そんな感じで、「優しさ」を軸に置いて
行ければ良いなと思っています。

やっぱり私は、
扱いづらい人間かもしれません。

「寄り添う自分」と「背中を押す自分」
といった二面性が、たくさんあります

「理論で考える自分」と
「感覚で動く自分」。

「後ろで支えたい自分」と
「前で引っ張りたい自分」。

「一人でいたい自分」と
「みんなといたい自分」。。。

挙げ出すと、キリがありません。

この二面性は、
出来事にも当てはまります。

例えば、
米騒動で新米の値段が上がったとき

「値段が上がりすぎて
 ショックを受けている自分」と

「お米を無事に買えたことに
 安心して、感謝をしている自分」

二つの自分が出ました。

ここまで二面性が溢れ出るのは
私だけでしょうか?

ここまできたら、
「二面性」を活かしてみようかなと
思い始めています。

これも、「」なので。

ちゃんと表現してあげられるように、
私の中の二面性にも目を向けて
発信を続けていきます。

ここまで読んでいただき、
ありがとうございました。

相手を意図的に傷つける言葉や命令口調。

それらには注意しつつ、
優しさを軸に
活動をしていきたいですね。

また、二面性という私の個性

それも少しずつ表現しようと思います。

*おまけ

今回の記事を書くキッカケになったのは、
昨日の記事を執筆している時です。

noteでの毎日投稿を続けてこられた
理由について、表現しています。

興味のある方は、コチラから
読んでみてください。

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