余裕の持ち方
「忙しいというのは、余裕がないってことなんですよね」
例の優秀な後輩が、休憩室のコーヒーを入れている僕の背後から、不意に声をかけてきました。
「室長が何かあった?」
僕のいる部署で、忙しいを体現している筆頭は、間違いなく室長になります。
デスクに座っていることはほとんどなく、だいたい会議かもしくは電話で誰かと話をしています。
PCでメールを打ちながら電話し、さらには近くの部下に対して指示を飛ばすような、漫画の世界にいる多忙サラリーマンが、僕の上司にいるのです。
「室長について、僕らって仕事のことしか話さないじゃないですか。だからどんな人なんだろうか、って思って、さっき会議の冒頭に『室長ってこの前のお休み何してたんですか?』って聞いてみたんです。そしたら無反応でした。まあいいや、って思って『○○案をベースにした企画の件なんですが…』って話した途端、ばっと顔を上げて『××部の△△さんと話してもらえる?あと予算の件では…』ってすごい勢いで話し始めたんですよね。」
「いつもそんな感じじゃない?」と彼の話の流れを汲みかねて、少し首をかしげてみました。
「室長ってきっと頭の中に、仕事以外の話を挟み込む余裕がないんだろうなって思ったんです。つまり、多忙を極めると、脳が自動的に、仕事なり勉強なり、集中して取り組んでいること以外の情報を、シャットアウトしてしまうんだろうなーって。」
「だから会議の冒頭の世間話は反応がなかったってこと?」
「まぁ本当のところ分かりませんけど、多分そうですよ。会議の最後に『僕の会議の一番最初の質問って覚えてます?』って聞いたら、『いや最初に質問なんてしてないでしょう』ってメール打ちながら言ってましたからね。多分、本当に右から左に抜けてしまったんでしょうね。」
よく「忙しくて○○する余裕がない」というセリフは聞きますし、僕も実際に口にしたことがあります。けれど、考えてもみれば、口にするだけの余裕がまだある状態なのです。その一歩先に踏み込むと、他に充てる時間的、精神的な余裕は無くなってくると思うのです。
本当に忙しい人の場合、取り組んでいること以外の情報や行動には関心が向かず、関連するキーワードだけを脳が拾ってくるようになっているのだと思います。
その状態が幸せか否かも、おそらく当の本人ですらわからないのでしょう。なぜなら、そのように考える余裕すらないのですから。
後輩は続けてこう言いました。
「余裕こそが、豊かさの象徴なんじゃないかと思うんです。そうだとしたときに、この会社は豊かなんでしょうか?室長の余裕のなさが、結局部下だとか他部署にしわ寄せがいき、そこでの余裕もなくす…悪循環です。豊かであることの意味を、今一度みんなで考え、その考えをもとに、仕事の改廃とか進めるべきですよね」
少し熱っぽく語った彼の紅潮した顔が、思いのほか近くにあったことに少しドギマギしてしまい、まだ熱いコーヒーを少し多く飲み過ぎてしまい、上顎をヤケドしました。
何を求めて僕たちは仕事をするのでしょうか。
本当にやるべき仕事を考える余裕をもっていこうと、心の中でひっそり誓いました。
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