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漢詩自作自解⑭「道を探る」
中国には「四大火炉」と呼ばれる都市があります。
長江流域の重慶、武漢、南昌、長沙の四つで、夏の暑さが尋常ではなく、まるで「火炉(ボイラー)」の中にいるかのようだから、そのように称されるのだそうです。
ただ、私の実感として、武漢の夏はそれほど暑いとは感じませんでした。
夏に西安や洛陽を旅行したことがありますが、むしろそちらの暑さのほうがよほど耐え難いと感じました。
夏が暑く、冬が寒いのが中国の内陸部の気候です。
秋、急激に気温が低下してきたなと思うと、いつの間にか冬のような寒さを迎えます。
ある学生は、武漢に春と秋はないと言いました。
春や秋を愛する日本人からすれば、ちょっと寂しい気候です。
2021年2月22日、張冬晢君が恩施の梅が満開になったよといって、写真を送ってきてくれました。
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私は「回文」でそれに答えました。
恩施花好開 開好花施恩
恩施の花 好く開く 好き花を開きて 恩を施す
三日後(3/25)、昨日の鄭州の様子だと言って、雪の花開く鄭州の町の写真を送ってきてくれました。
桜の花が咲いているのかと見まがう光景でしたが、実は雪景色でした。
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雪を花に見立てるのは和歌の伝統ですが、漢詩にも見られます。
春雪 韓愈
新年都未有芳華
新年 都て 未だ芳華有らず
二月初驚見草芽
二月 初めて草芽を見るを驚く
白雪卻嫌春色晚
白雪 却って春色の晩きを嫌い
故穿庭樹作飛花
故に庭樹に穿せて 飛花を作す
春の雪 唐 韓愈
元日になっても寒さは厳しく、芳香を放つ花の姿はどこにもない。
二月になってようやく草の芽吹きが見られたことに、とても驚かされた。
白雪が春の訪れの遅いことにしびれを切らせたからだろう、
庭の木々に降り積もって、落花の風情を醸し出していた。
寒い冬が終わりに近づくと、暖かい春の兆しを一日でも早く見つけようとする気持ちが生まれます。
探春 戴益
尽日尋春不見春
尽日 春を尋ねて 春を見ず
杖藜踏破幾重雲
杖藜 踏み破る 幾重の雲
帰来試把梅梢看
帰り来たって 試みに梅梢を把って看れば
春在枝頭已十分
春は枝頭に在りて 已に十分
春を探る 宋 戴益
一日中、春を訪ね歩いたが、春を見つけることはできなかった。
杖をつきながら、幾重もの雲の重なりを踏破した。
家に帰って、何気なく庭の梅の枝を手に取ってみたところ、
春はその梅の枝先にすでに十分に現れていた。
この詩は禅の悟りを詠んだものだとされます。
春とは悟りの象徴であり、悟りは遠くにあるものではなく、身近に存在するということなのでしょうが、果たしてどうか。
小さな春を見つけた喜びを素直に歌った詩だと捉えたほうがいいように感じます。
さて、私も戴益を真似て詩を作り、張君に送りました。
探道
尽日尋道不見道
尽日 道を尋ねて 道を見ず
伏案看破幾百書
案に伏して 看破す 幾百の書
帰来試把茅台飲
帰り来たって 試みに茅台を把って飲めば
道在舌頭已十分
道は舌頭に在りて 已に十分
〈口語訳〉
道を探る
一日中、道を探し歩いたが、道を見つけることはできなかった。
机に向かって、何百冊もの書物を読破した。
家に帰って、何気なく茅台酒を手に取って飲んでみたところ、
道はその酒を転がす舌先にすでに十分に感じることができた。
〈語釈〉
〇尽日…一日中。
〇伏案…机に向かって勉強する。
〇茅台…中国の再高級酒。貴州特産。
〈押韻〉なし
当時、張冬晢君は哲学科の院生だったのですが、斯界の裏話をよく聞かせてくれました。
例えば、中国の場合、哲学の世界にもランクあり、トップに位置するのはマルクス主義哲学だそうです。
これはお国柄、やむを得ないでのしょうね。
その次に位置するのは東洋哲学。
張君が学ぶ西洋哲学は一番下に位置付けられていて、彼はそのことを非常に残念に感じているようでした。
彼が修士時代の話ですが、授業中毎時間、とある哲学書を音読するだけの先生がいる、とのこと。
眠くなるのをひたすら我慢して聞いていたそうです。
「先生に意見すればいいのでは?」と言ったら、「そんなこと、できるわけがない」と言っていました。
詳しいことは聞いていませんが、おそらく政治的な力で教授になった先生なのでしょう。
先生の言うことを聞かなければいろいろ不利な目に遭わされる、と聞いたことがあります。
まぁ、これは中国に限ったことではないでしょうが。
白酒が好きな先生も多い、とも教えてくれました。
もちろん、すべての先生がそうなのではなく、彼が敬愛する先生は学問、人格とも大変優れた方であったようです。
一度だけその方にご挨拶したことがありますが、よき人柄がにじみ出るような方でした。
本詩は、そういう内情を背景にしたパロディです。