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高尾山に登り、もうこれさえあれば人生にこわいものはないと思えた話 (中編)
前回までのあらすじ。
今後の人生に悩んでいた僕は高尾山に登ることを決心してスポーティな同期に憤慨してマイナスイオンを浴びて愛するあの子に連絡してとろろ蕎麦を食べて夫婦の形を知って帰りにお土産買って帰ることにしていざ高尾山に足を踏み入れた。
では、お待たせしました。
山登り編、スタートです。
15時頃、戦いの火蓋が切って落とされた。
実に20年ぶりの山登りである。
20年ぶりなのに、僕の体は衰えていなかった。
山登りに特化しているのかというくらい、身体が山に順応している。
その証拠に、僕と同期の距離がみるみる離れていく。
すかさず同期に指摘した。
「ちょっと何しよん、もっとはよ歩かな、はやく歩けば歩くほど身体が山に馴染んでくるんやけ、のんびり歩くとかお前それ山失よ」
「、、山失?」
こいつ山失も知らないとは、呆れたものだ。
山失(やましつ)とは、山に対する失礼な行為のことで、僕がつくった造語である。
山失の種類はたくさんあるが、山登り中にこれを3回してしまうと斬首に値する。
このことを同期に説明すると、同期の顔つきが変わった。
さっきまでとは打って変わり、急に頼りがいのある勇ましい顔になった。
(、、こいつ、やっとギアが入ったか)
そこからはというもの、僕と同期はハイペースで山を駆け登った。
気付けば、1枚しか持ってきていない僕のTシャツは汗でびしょびしょだった。
高尾山の洗礼が足腰の痛みとなって僕に降り注いだ。
こんなにきついんだ高尾山って、正直舐めていた、山を舐めてかかるなんて、これは山失だな。
自分で自分に山失を言い渡し、僕の残り命も2となり、同期と並んだ。
あと2山失で2人とも斬首だ、気を付けよう。
そう言い聞かせながら、黙々と山道を歩いた。
すると、前から山登りインストラクターみたいなおじさんが、zoomのようなもので、山登りの講習をしながら歩いていた。
あ、山失みっけ。
携帯によそ見しながら山登りなんて、全く山を堪能していないじゃないか、しかも講習て、山登りを金の道具にしている恐れもあるぞこいつ。
同期と会議し、おじさんの命を勝手に2減らした。
気をつけろよおっちゃん、あと1で斬首やぞ。
おっちゃんの健闘を祈り、僕たちは先を急いだ。
「よし、そろそろ半分ぐらいきたか」
「いやまだまだよ、たぶんまだ1/4くらい」
「嘘やろ、もう300mぐらい登ったって絶対」
「いやいや、300mってもっとやばいから」
(えーまだまだかあ、結構登ったけどなあ、、なんか違和感あるんよなあ、、)
この違和感の正体は、登頂後にわかることになる。
この違和感こそが僕の最大の誤算、高尾山を舐めていた要因となる。
その後も、僕と同期はペースを落とすことなく登っていった。
それどころか、どんどんペースが早くなっていく、どんどん身体が山の一部と化していく。
噴き出る汗なんて気にもせず、さる園やたこ杉に見向きもせず、ロープウェイから降りてくる軟弱者たちを横目に通りすぎ、中間地点である浄心門に到達した。
深々と頭を下げ鳥居をくぐると、一気に空気が変わった。
何か異様な圧を感じる。
誰かに見られているような、高尾山に試されているような。
ここからが本番ってことか、待ってろよ山頂、いま行く。
すると同期が、御朱印がほしいからもらいに行きたいと言い出した。
御朱印かあ、なんか危ねえなあ。
僕は、同期に言った。
「いや全然いいんやけどさ、彼女の前で御朱印集めよることは隠した方がいいよ」
「え、なんで?」
「いやなんかあれやん、ちょっとこわいイメージあるやん御朱印集めよる人って」
「たしかにそうかも」
こんな適当な会話をしながら、御朱印を受け取る同期を眺めていると、御朱印を手にした同期が、何故かとてつもなく羨ましく思えた。
「あの、やっぱ僕もください」
自分でも無意識に言葉を発していた。
(なに言ってるんだ俺、御朱印なんかもらってどうするんだ)
そう思いながら御朱印を受け取ると、この上ない満足感が押し寄せてきた。
(、、御朱印かっけえ〜!)
キラカードが当たった小学生のときの気持ちにそっくりだった。
御朱印っていいなあ。
御朱印の良さに気付いたと同時に、あることを思い出した。
僕が23歳の誕生日のとき、営業終わりのあるスナックに、19個年上のママとチーママから呼び出された。
店に入ると、サプライズでケーキを出してくれた。
お礼を言うと、これもあげると、ある神社の御朱印をもらった。
そのときは、「なんで御朱印?」と思ったが、今になるとなんとなくわかる。
御朱印には何かしらのパワーがある気がする、このパワーを僕に分け与えようとしてくれていたのだ、ありがとうママとチーママ、僕は今も元気です。
そんなことを思いながら先へ進むと、目の前にお賽銭箱が現れた。
「ちょっくらここらでお参りしとくかあ」
「そうだね」
財布の中にある全小銭を投げ入れる同期の横で、僕は5円玉だけを投げ入れ、あえて何もお願いごとはせず、お参りだけして先へ進んだ。
すると、急に分かれ道がでてきた。
左が男坂、右が女坂というものらしい。
僕と同期は、当たり前のように女坂を選択した。
何が悲しくて男の方を選ばなければいけないのか、女に決まってんだろこの野郎。
行き場のない怒りを、高尾山の大地を強く踏み締めることによって消化した。
すると、前方から綺麗な女性がひとりで歩いてきた。
その女性は、周囲の自然を見渡しながら、心の底から山登りを楽しんでいるように見えた。
視線・表情・歩き方・服装、全てが山登りというものに敬意を払っているように思えた。
「あ、山美だ」
「、、山美?」
嘘やろこいつ。
山失に続き山美も知らないとは、恥ずかしくないのか。
山美(やまび)とは、山に対する美しい行為、または美しい姿のことで、完全に僕がつくった造語である。
そのことを同期に説明すると、
「たしかにあれは山美だった」
意見が一致した。
あの女性もきっと、何かを探しにきたのだろう。
やっぱり女坂で正解だった。
男坂だと絶対に山美なんか見れてないはず。
山美を見れた高揚感で、僕たちの足取りは軽くなった。
あともう少しだ、あともう少しで山頂だ。
すると、目の前に手水舎が現れた。
導かれるように柄杓で水をすくい、手と口をゆすいだ。
僕の作法にならい、同期も手と口をゆすいだ。
同期が柄杓を元の位置に戻す、それを僕が見つめる。
同期は、誰が見ても綺麗な形で柄杓を水場に戻した。
「お前今の、、」
「ん?」
「山美です」
「危ねえ〜〜、山失かと思った〜」
「あの置き方は誰がどう見ても山美です」
「よかったあ」
「てことで残り命も回復ね」
「あ、そういう仕組みなんだ、1山失1山美で相殺なんだ」
「そりゃそうよ?」
こんな話をしていると、遂に、、、
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遂に、到着。
これがいただきか。
大きく深呼吸をすると、とてつもない達成感が押し寄せてきた。
かかった時間は約60分、平均所要時間を40分も巻いてのゴールとなった。
よし、いったん水分をとろう、このままじゃ干からびる。
携帯といっしょに水分も我慢していた僕は、急いで力水を買った。
学生のときバイトしていたラーメン屋の店長がよく買ってくれていた力水、なつかしいな。
思い出に浸りながら力水をぐっと飲んだ。
力水が喉を通り、頭から足のつま先まで全身に行き渡る感じがした。
なんて清々しいんだ、なんだこの満ち足りた気分は、眺めも最高じゃないか。
景色を眺めながら、禁止にしていた携帯を開いた。
すると、2年ぶりに連絡し、ご飯に誘ったあの子から連絡が返ってきていた。
「先月子どもが生まれて、いま忙しいんですよね」
膝から崩れ落ちそうだった。
まわりの登山客は絶景の眺めを見ていたが、その中で唯一、僕だけは天を仰いでいた。
景色なんか見ている場合じゃなかった。
まさか山頂で振られるとは思わなかった。
山頂での失恋が一番辛いことを知った。
高尾山から飛び降りてやろうかとも思ったが、それは山失にあたる行為なのでやめておいた。
自分を見つめ直すために、人生の指標を見つけるために、何か見つかるんじゃないかと、何か得られるんじゃないかと、必死で高尾山に挑んだ結果、まさか振られるとは、これも高尾山の洗礼か、この野郎。
激昂している僕を、同期は笑ってなだめてくれた。
よしもう下ろう。
こんなところずっといてもいっしょだ、何が女坂だ、帰りは男坂で下ろう。
そう思って下ろうとしている僕に、飛び込んできた数字があった。
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599.15m、約600m登ったのか、、600mねぇ、、ん?、、
、、あれ、、待てよ、、、そういうことか!
ずっと感じていた違和感の正体に気付いた。
ずっと僕は、標高ではなく山道の距離が600mだと思っていたのだ。
だから舐めていた、600m歩くなんて余裕だろと思っていた、そして中々着かない山頂、600mってこんなに長かったけ?と思っていた。
今すべての謎が解けた。
標高か、それなら先に言ってくれよ、めっちゃきついやん。
そのことを同期に伝えると、
「そりゃそうだろ」
冷たい顔で一蹴された。
それ以上は何も言えず、2人で黙々と下山した。
男道を下りたところで、同期が問いかけてきた。
「山って登るものだと思う?下るものだと思う?」
なにその質問、もしかして何か試されてる?
この答えによって俺の人間としての価値が決まろうとしてる?
僕は考えたふりを見せず、ほぼノータイムで答えた。
「絶対登るもんやろ、山登りとは言うけど山下りとか言わんやろ?そういうことよ」
「、、そうなんだあ」
いやなになに?どういう意味?何の質問やったん今の?こわいんやけど。
同期にそう伝えると、
「いや俺は登るって答える人が男で、下るって答える人が女なんかなと、なんか脳科学的に」
なんかよくわからないことを言っていたので無視した。
返す言葉が見当たらなかった。
すると、突然目の前を何かが通った。
、、ムササビだ!
一気にテンションが上がった。
すると同期が、
「ネズミ!ネズミが通った!最悪!」
ムササビをネズミと間違えた同期に、僕はこらえきれず憤慨した。
待ち合わせのとき以来の憤慨である。
今日一番の山失だった。
ムササビだったと言う僕に、同期はまだネズミだと言い張ってくる。
こんな山頂付近にネズミがいるものか、高尾山を何だと思ってやがる。
そんな話をしながら歩いていると、目の前にある看板が現れた。
『運が良かったらムササビが見れるかも!』
ほらね。
僕は、自慢げな顔で同期を諭した。
「ほらやっぱムササビやん、めっちゃ貴重な体験できたやん、よかったやん」
「ほんとだ」
看板の横を通り過ぎる親子に、僕たちはムササビを見たんだと、これみよがしに聞こえるように大きな声で話した。
ムササビを見れた高揚感で僕たちの足取りは軽くなった。
すぐ中間地点を過ぎ、ロープウェイの場所にやってきた。
ロープウェイ付近では、期間限定のビアガーデンをやっていた。
ビアガーデンにいる客たち全員をもれなく山失認定してやった。
そして、同期と話し合った結果、帰りはせっかくなのでロープウェイで下山することにした。
ロープウェイには、リフトとケーブルカーがあったが、リフトが使える時間はもう終わっていたので、ケーブルカーに乗ることにした。
ケーブルカーに乗り込み、先頭の席に座ると、目の前には魔界に続くかのようなトンネルが広がっていた。
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大丈夫かこれ、勾配がすごすぎて事故らないか。
ケーブルカーが発進し、ゆっくり坂を下りながらトンネルをくぐっていく。
僕と同期は、高所と勾配にびびり、震え上がっていた。
震え上がる僕たちとは対照的に、横の外国人観光客の群れは盛り上がっていた。
トンネルを抜けると、長い線路が広がっていた。
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こんなに登ってきたのか僕たちは。
先が見えないくらい長いじゃないか。
長く続く線路が、これからの人生を投影しているようだった。
ゆっくり時間をかけ山のふもとに到着すると、ひどい車酔いが襲ってきた。
ケーブルカーにはもう二度と乗らない、そう誓いながらケーブルカーを降りた。
約2時間ぶりの下界だ。
たかが2時間なのになんか懐かしいな。
山を下りても、まだ失恋の傷は癒えていなかった。
だが、ここからあることで僕は人生の素晴らしさを知ることとなる。
山を登って下りて、ここからが僕の書きたかった話、いわゆる本編なのだが、今回はここまで。
高尾山に登って下りるだけで、まさか5000文字を超えるとは思っていなかったので、やっぱり前中後編の3部作にさせていただく。
「いや話と違うだろ、前回は前後編で分けるって言ってただろ、決めたことは守れよ、てか山失とか山美とかのくだり長えんだよ、省けよ馬鹿たれ」
こんな心ないことを思った人はまじで黙れです。
自分が優しくないことを自覚してさっさと寛大な心をお持ちになってください。
次回、ほんとのほんとに最終章です。
乞うご期待。
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