ポンコツ大学生の卒論note〜その7〜
こんにちは!あいでんです。
本日はついに卒論の提出日でした。とりあえず卒論note第一章がこれにて終了となります。
(前回の卒論noteはこちら)
とはいえ、これで完成というわけではなく、卒論の旅は1月末まで続きます。今回は現状の完成形(仮)をお届けしようと思います。
字幅の関係上インタビュー調査と参考文献は割愛しております。オリジナルをご覧になりたい方は以下のリンクからダウンロードできますので、是非ご覧ください。
1. はじめに
福岡大学商学部にある飛田ゼミナールと藤野ゼミでは創業体験プログラム(以下,創P)というものをゼミのプロジェクトとして行っている。創Pとは,福岡大学の文化祭である七隈祭に出店する模擬店を株式会社と見立てて,会社経営における一連のプロセスを学ぶというものである。私の所属する飛田ゼミナールではこのプロジェクトを2年次と3年次にそれぞれ1回ずつ行うが,2年次と3年次では,取締役員を総入れ替えする必要があるのが特徴である。それによって組織が変われば経営も変わるということを肌で体感することができる。
私は3年次に社長という役職を任せられ,組織マネジメントは大変難しいものであることを感じた。私はどのようにマネジメントをすればよかったのか,組織文化はマネジメントに影響するのか,いかにマネジメントをすれば組織成員の動機付けを図ることができたのか,私が卒業論文で明らかにしたいことはその部分である。
組織文化とMCSの関係性について調べた澤邉,飛田(2009)の論文では「組織文化の違いによって,組織成員の心理的状態や企業業績に影響を及ぼしているMCSの組み合わせが異なる」ことが明らかになっている。また,飛田(2015)では中小企業におけるMCSの利用実態が組織規模によって異なることを示唆している。
組織文化論においては「文化の10年」と呼ばれる1980年代に数多くの研究がなされ,「強い文化」論はさまざまな批判に晒されてきた。その後,さまざまな研究者がモデルの精緻化を試みている。しかし,組織文化が形成される創業初期においてどのように組織文化が形成されるかについても明らかになっていない。さらに,MCSの「導入」がどのように進められ,構築されていくかについては明らかになっておらず,その影響についても明らかになっていない。
そこで,『創業初期における組織文化とマネジメント・コントロール・システムへの影響』をテーマとし本稿は進めていく。本稿の流れとしては,まず先行研究においてどのようなことが明らかになっているのかを整理する。続いて,本稿で取り扱う概念についての定義づけを行い,仮説を設定する。そして調査対象者とその方法について述べ,調査結果をもとに考察を行う。
2. 先行研究の整理
2.1 組織文化について
2.1.1 組織文化の概要
組織文化論の研究は1980年代に数多くの研究がなされ,この期間のことは「文化の10年」と呼ばれている。組織文化の研究では,類似概念である組織風土との違いについて問われてきた。しかし,組織文化研究・組織風土研究のどちらにおいても両者の違いについて明確な言及はない。ただ,組織風土が個人の知覚に基づいているのに対して,組織文化は共有された規範や価値観を表していることが確認されている。
組織文化については多くの研究者が研究対象としており,その定義は収斂傾向にあるもののいまだに組織文化研究において一般に認められているような定義はまだ確立されていない。そのため,現状においては研究者によって様々な定義づけがなされている。Denison(1984;1990)によれば「組織の中核となるアイデンティティを形成する価値観,信念,および行動パターンの集合」と組織文化を定義している。本稿における組織文化はこの定義に基づき議論を進めていく。
では,組織文化は企業にどのように影響を及ぼすのか。組織文化論の研究は,大別すると2つの方向性がある。一つは,組織文化の「強さ」に焦点を当てている。共有度や一貫性と業績の関係を検証する方向で,このような研究は「強度アプローチ」とされている(北居,2005)。もう一つは,組織文化の「個性」と呼べるものである。すなわち,文化の内容と業績の関係を検証する方向で,このような研究は「特性・類似アプローチ」とされている(北居,2005)。
組織文化と業績の関係性に関する研究では,組織文化の強さは短期的には財務業績を向上させていたが,中長期的には低下させていることがわかっている(北居,2005)。強い組織文化は組織の一貫性や共有度が高まることで内部統制が図られ短期的には財務業績が高まる一方で,組織文化の統制は多様性が失われることや急激な変化をする環境に適応することが難しくなるために財務業績が低くなったと考えられる。
これ以外にも「文化の10年」と呼ばれる1980年代に「強い文化」論は数多くの研究がなされ,「強い文化」論はさまざまな批判に晒されてきた。その後,組織文化の強さだけではなく組織文化の個性について検証した論文が行われてきた。「強度アプローチ」と企業の関係性から「特性・類似アプローチ」と企業の関係性について調査する研究へ変化したということである。「特性・類似アプローチ」と企業の関係性について検証した研究が後述するOrganizational Culture Survey (OCS)やCompeting Values Framework (CVF)である。
2.1.2 組織文化形成のプロセスについて
組織文化とはその組織に所属する組織成員によって形成されていくものである。組織文化は組織メンバーの行動を逸脱かがないようにコントロールする機能を果たす。そういう意味では,組織文化は組織構造に似ている。組織構造がハードな組織機構であるのに対し,組織文化はソフトな組織機構であるといえるだろう。
坂下(1995)は,組織文化が形成されるプロセスについて「組織文化は一つには創業経営者といった強力な指導者のリーダーシップを通じてつくられ,浸透させられるが,二つにはそれは組織メンバーの組織学習を通じて選択的に淘汰され,あるいは生存していくものが多く,それらが彼の日常の一貫した言動を通じて全社員に浸透していったものだ」(坂下(1995)p.447)と述べており,組織文化は創業者自身の哲学や理念,さらには自身の世界観や人間観に由来するケースが多いことが示唆されている。
では,創業者はどのようなリーダーシップ行動を通じて組織文化をつくり,それを浸透させていくのか。創業者が発揮する上記のようなリーダーシップをシンボリック行動という。シンボリック行動とは,「価値観やパラダイム,行動規範といったなんらかの「意味」を直接象徴する意図的な行動,またはそうした「意味」を象徴しているさまざまなシンボルを意図的に使用する行動」(坂下(1995)p.110)である。さらに,坂下(1995)によると,「創業経営者がしばしばシンボリック行動をとることがあるのは,自分の価値観やパラダイム,行動規範といった「意味」を,シンボルやシンボリックな行動によって鮮明に伝達したいからである。
こうしたシンボリック行動を通じて創業経営者の伝達した「意味」が組織の全メンバーに受け入れられ,共有されるようになると,それが組織文化となるのである」と述べている。これらはまさに組織の中核となるアイデンティティを形成する価値観,信念,および行動パターンを形成するためのプロセスである。
つまり,組織文化はシンボリック行動によって形成されていくものであり,必ずしもそれが創業者である必要はないと考えることができる。しかし,創業初期においては,その組織の中核となるのは創業者であるため,創業経営者がしばしばシンボリック行動をとることがあるものだと推測できる。シンボリック行動を行うのが創業者自身であれば,創業者自身の価値観やパラダイム,行動規範が組織文化に影響することが考えられる。
2.1.3 OCSについて
組織文化の主要な機能の一つとして外部環境と組織とを関係づかせることがある。Denison and Mishra(1995) は,「外部環境の変化に反応して,組織の性格を大幅に変化させることができる組織こそ,適応性を持つ組織である」としている。もう一つの適応パターンとしては,組織のメンバーに意味と方向性を与えるようなミッションを追求することである。さらに,ミッションは組織やメンバーに適切な行動の方向性を与える (Selznik1957)。
Denisonらの研究グループは,4次元の組織文化測定尺度を開発し,国際的に組織文化と成果の関係を分析している。彼らかが開発した測定尺度は,Organizational Culture Survey(OCS)と呼ばれている。OCSでは,組織文化のタイプを「参加」「一貫性」「適応」「ミッション」の4つに分けている。すなわち, 4つのタイプはそれぞれ組織に関して行われる判断の基盤となる中心的価値観を定義する。 以下,4つのタイプについて詳述する。
図1 Organizational Culture Surveyのタイプ
(出典) 組織文化の測定と効果 : 代表的測定尺度の検討(上) p.44 より引用
内部志向と外部志向というのは,それぞれの文化が解決しようとする問題の性質を現している。内部思考とは,組織をどのように統合するのかという問題であり,外部思考とは,外部環境に対してどのように適応していくのかという問題である。
また,柔軟性と安定性は,それぞれの文化の下で培われる組織の能力の性質を現している。変化と柔軟性とは,変化に対応する能力やそれに対する柔軟性を高め,安定性と方向性とは,現状の維持するための安定性や向かうべき方向性を維持する能力を高める。
このモデルは,4つの特性は両立が難しいことも案に述べられており,この4つの文化のタイプがどれもそれぞれ重要であり,バランスを保持することが重要である(Denison and Mishra (1995))。
2.1.4 CVFについて
組織文化の理論的フレームワークを用いた論文において,最も頻繁に用いられているのがQuinnらによるCompeting Values Framework (競合価値観フレームワーク)である。彼らが注目したのは,組織の有効性(effectiveness)に関する研究である。この研究関心は「国際比較よりもむしろ,さまざまな従属変数や媒介変数との関係を分析する点にある」(北居 2011a p.48)とされている。組織の有効性を判断する39の指標に対して多変量解析が行われ,2つの次元ならびに4つのクラスターにカテゴライズされた(Cameron and Quinn(1999))。
第一の次元は,柔軟性,自由裁量,動態性と,安定性,秩序,コントロールを区別する次元である。つまり,柔軟性や適応性が有効だとみなされる組織と,安定性や予測可能性が有効とみなされる組織を区別するものである。もう一つの次元は,組織内部の統合や一体性の重視と,外部との適応や差別化の重視を区別する次元である。これら2つの次元を組み合わせることで4つの有効性指標が形成される。北居(2011a)によると,「各々のタイプは,人々が何を重視するのか,何が適切で正しいとみなされるのかを定義する」(北居 2011a p.48)としている。以下の図はそれを表にまとめたものである。
図2 Competing Values Frameworkのタイプ
(出典) 組織文化の測定と効果 : 代表的測定尺度の検討(上) p.49 より引用
それぞれの有効性指標についても整理を行う。クランとは,有効性の指標として,凝集性やモラール,人的資源の開発・育成といった指標が重要である。この目標を達成するために従業員の参加やコミットメントの強化といった手段がしばしば用いられ,所属や信頼,参加が中心的価値に置かれている。アドホクラシーとは,創造性や成長などの指標が重要である。この指標を達成するための手段として,イノベーションや変化が重要視されている。マーケットとは,市場占有率や目標達成,競合企業に対する勝利といった指標かが重要視されている。これらの目標を達成するため,合理的な戦略策定や目標設定が重要視される。人々を動機付けるのは,競争や目標達成を通じて得られるインセンティブである。ヒエラルキーとは,効率性,説明責任,安定性といった指標が重要である。そのため,フォーマルなルール,専門化,階層などの官僚的な手段がとられる。人々の行動は,手続きによって支配されている。
2.1.5 小括
組織文化の初期形成には,組織の中核となる者のシンボリック行動が重要になる。創業初期においては,創業者ということになるだろう。つまり,創業者自身の哲学や理念,さらには自身の世界観や人間観がそのまま組織文化に影響することが考えられる。そして,それに共感,受け入れることができる人間がメンバーとして組織に加わることで組織文化が浸透,時には選択的に淘汰され,組織文化が形成されるものであると考えられる。
OCSやCVFで分かるように組織には重要とする指標がそれぞれ違い,重要とする指標は違えば組織のタイプが変わることが明らかになっている。しかし,これらの先行研究はある程度確立された組織文化についてのものであり,形成プロセスにおける影響について言及されていない。また,1社1回答のデータであることからOCSやCVFには代表性の問題があり,これまで多くの研究が,組織の中に多様な下位文化が存在しうることを示している(Birnbaum and Somers 1986 ; Thomas et al. 1990 ; Jermier et al. 1991 Ybena 1997)。
2.2 マネジメント・コントロール・システムについて
2.2.1 マネジメント・コントロール・システムとは
では,続いてMCSの先行研究について整理を行う。マネジメント・コントロールという概念は1965年にAnthony が発表した著書によって提唱されたものである。Anthony(1965)によれば,「マネジメント・コントロールは,マネージャーが,組織の目標を達成するために,効果的かつ効率的に資源を取得して使用することを確実にするためのプロセスである」と定義している。つまり,経営理念や会計数値という目標を達成するために調達したモノ・カネ・情報,そして組織成員であるヒトを効果的かつ効率的に活用するためのプロセスがMCSである。
MCS をどのように類型化し分類するのかについてはこれまでにもさまざまな試みが行われてきている。しかし,管理会計研究において一般に認められているような分類法はまだ確立されていない。
Merchant and Van der Stede(2017)は,マネジメント・コントロールを「管理者が組織の戦略と計画を遂行して,必要な場合に修正することを確実にするよう支援するために行う全てのこと」と定義しており,マネジメント・コントロールを「文化的コントロール(Culture)」,「行動的コントロール(Action)」,「結果的コントロール(Results)」,3つに区分している。
文化的コントロール(Culture)は,組織の規範や価値観から逸脱する組織成員が生まれないようにするためのシステムである。行動的コントロール(Action)は,従業員の行動自体をコントロールの対象として,従業員が組織の利益を最優先に行動するよう方向づけるためのシステムである。結果的コントロール(Results)は,組織目標の達成に向けて,業績を測定・評価したり,インセンティブを提供したりすることで組織成員を動機付けるためのシステムである。
今回はこのMerchant and Van der Stede (2017)で提唱されている理論をMCSの概念と定義し,議論を進めていく。
2.2.2 マネジメント・コントロール・システムと組織文化の関係性について
組織文化とMCSの関係性について調べた澤邉,飛田(2009)の論文では,「柔軟性を重視する組織文化を有する企業群では,理念コントロールや社会コントロールの役割が大きく,安定や統制を重視する組織文化を持つ企業群では,理念コントロールや社会コントロールに加えて会計コントロールも重要である」(澤邉,飛田(2009)p.53)ことが示されており,組織文化の違いによって,組織成員の心理的状態や企業業績に影響を及ぼしているMCSの組み合わせが異なることが明らかになっている。
この論文において用いた組織文化類型は,先述のCameron and Quinn(2011)における競合価値観フレームワークの4分類を2分類に統合したものである。2分類は,柔軟性と自由裁量の特徴を持つクラン・アドホクラシーを柔軟型文化,安定性とコントロールという特徴を持つマーケット・ヒエラルキーをコントロール型文化とした分類である。
しかし,同論文におけるMCSの定義としては,Abernethy and Brownell(1997)によって提唱されたMCSに類似した概念を取り扱っており,会計を中心とする会計コントロール,経営理念を中心とする理念コントロール,社会関係を中心とする社会コントロールの3つを採用している。しかし,Merchant and Van der Stede(2017)のパッケージ概念とは違う概念になるため,その影響については再度検証を行う必要があると考えられる。
2.3 動機づけについて
2.3.1 動機づけとは
経営理念やビジョン,会計数値といった目標を達成するために調達したモノ・カネ・情報,そして組織成員であるヒトを効果的かつ効率的に活用するためのプロセスがMCSであるが,組織の経営資源であるヒトにどのような動機づけを行い組織業務に参加してもらうのかというのは目標を達成するための重要なポイントとなる。
つまり,組織成員であるヒトを効果的かつ効率的に活用するための動機づけは組織マネジメントにおいて重要なポイントとなるわけである。組織文化によってMCSの役割や影響が変わるのであるならば,組織マネジメントによって図られる動機づけにも影響を及ぼすことが考えられる。その仮説を導出するために,最後に動機づけに関して整理を行う。
動機付けの枠組みとしては,動機づけの型と動機づけの主体がある。動機づけの型は自己決定理論に基づいており,(狭義の)外発的動機づけ,取入的動機づけ,同一視的動機づけ,内発的動機づけに分けられている(Adler and Chen 2011)。
(狭義の)外発的動機づけとは,行動それ自体は,外部の権威からの圧力や強制力によって,罪をおそれ,ルールに従わざるをえないからなされる,という考え方。取入的動機づけとは,行動それ自体は内部からの圧力(罪や恥を避けたい,褒められたいなど)によってなされる,という考え方。同一視的動機づけとは,行動それ自体は行為者自身の目標や価値観によってなされる,という考え方。内発的動機づけとは,行動それ自体は行為者自身の内部にある喜びや楽しさ,好感,趣向によってなされる,という考え方である。
動機づけの主体は相互依存の自己観と独立の自己観に分けられている(Adler and Chen,2011)。相互依存の自己観とは,互いに関係があることを強調する自己感(他人との輪の中に溶け込む,他人の言うことに耳を傾けるなど)のことである。独立の自己観とは,他者からの独立を強調する自己感(自分自身に問いかける,自分固有の内面的な属性を見出し表現する)のことである。
2.3.2 動機づけとマネジメント・コントロール・システムの関係性について
動機づけに関する管理会計研究は,欧米では目標理論,日本では期待理論という認知論的アプローチがその中心である。堀井(2016)によると,「管理会計の主たる構造的特徴である目標設定とその目標の達成によって得られる報酬といった価値によって動機づけ機能が発揮されると考えられてきた一方で,日本では,自律を促すために,内発的動機づけが必要であるという点から,自己決定理論を基礎理論とし,コントロール・システムが動機づけに与える影響を検討する研究も蓄積されつつある」(堀井(2016)p.37)と述べている。
堀井(2016)では,Adler and Chen(2011)の概念モデルの一部をある企業における社内アンケート調査をもとに検証を行っている。Adler and Chen(2011)の提示した概念モデルとは,自己決定理論と文化的自己観に基づく動機づけへの影響に関する概念モデルである。
堀井(2016)によると,「内発的動機づけ,同一視的動機づけ,相互依存の自己観といった行動の源泉に,理念コントロール,予算の支援型利用,双方向型利用および診断型との同時利用が寄与していること 」が示されている(堀井(2016)p.47)。さらに,境界コントロールと予算の診断型利用は正の関係が有意となることも明らかになっている(堀井2016)。
この研究ではLSCC という状況を想定しているが,LSCCという状況下の場合とそうでない場合でもMCSと動機づけの関係について独立的に検証することは可能である。それは,「あくまでも LSCC が影響を及ぼすのは, 内発的動機づけ,同一視的動機づけ,相互依存 の自己観の必要性についてであり,コントロール・システムと動機づけの関係については LSCC の場合である必要はない」(堀井(2016)p.42)からである。
また,飛田(2012)によると,中小企業のMCSとモチベーションの関係性について,信条,境界, 相互作用的(インタラクティブ・コントロール)の各システムを活用することにより,組織成員の動機づけが図られるとしている飛田(2012)。これを踏まえれば,同様に小規模である創業初期においては似たような関係性があることが推測される。
しかし,これらの論文ではMCSの概念としてSimons(1995)が提唱するコントロール・レバー(Levers of Control)を採用している。Simons(1995)は,MCSを「マネジャーが組織活動の様式を維持または変化させるために活用する情報ベースの公式的な手順や手続きである」と定義している。
そして,情報ベースの公式的なシステムとして,「信条システム (Beliefs systems)」,「境界システム(Boundary systems)」,「診断的コントロール(Diagnostic control systems)」,「インタラクティブ・コントロール (Interactive control systems)」の 4つを提示しており,これをLevers of Controlとして提唱している(Simons(1995))。Merchant and Van der Stede(2017)のパッケージ概念ではどのような影響が出るかについてまでは言及されていないため再度検証を行う必要がある。
3. 仮説導出
組織文化の初期形成は,組織を形成してから主に創業者のシンボリック行動によって伝達された「意味」を組織の全メンバーが受け入れ,共有することで組織文化が形成され,創業者をはじめとする組織成員たちによって合意形成されていくものである。
ここで重要なのは,「全メンバーが受け入れ,共有すること」が組織文化を形成していく上で必要になってくることである。どの程度受け入れられ,共有されているのかが強い組織文化か否かという議論であり,一部のメンバーにのみ受け入れられている組織文化は下位文化ともいう。
しかし,創業初期においては,創業者自身の哲学や理念,さらには自身の世界観や人間観に共感,受け入れることができる人間がメンバーとして組織に加わっていることが考えられる。そこで「仮説H1:組織文化の初期形成には,経営者もしくは創業者の創業者自身の哲学や理念,さらには自身の世界観や人間観が組織文化に影響する」を導出する。
また,創業者は,組織としての経営理念やビジョン,コアバリュー,世界観,挑む課題といったものよってシンボリック行動を行うことも考えられる。そこで,「仮説H2: 組織文化の初期形成には,会社の理念やビジョンが組織文化に影響する」を導出する。
組織文化とMCSの関係性においては,組織文化の違いによって,組織成員の心理的状態や企業業績に影響を及ぼしているMCSの組み合わせが異なることが示されている(澤邉, 飛田(2009))。そのため創業初期においては,創業者自身の哲学や理念,さらには自身の世界観や人間観がマネジメントにも影響を及ぼしていることが考えられる。
また,澤邉, 飛田(2009)におけるMCSの定義としては,Abernethy and Brownell(1997)によって提唱されたMCSに類似した概念を取り扱っており,会計を中心とする会計コントロール,経営理念を中心とする理念コントロール,社会関係を中心とする社会コントロールの3つを採用している。そのためMerchant and Van der Stede(2017)のパッケージ概念ではどのような影響を及ぼすのかについては述べられていない。そのため「仮説H3:組織文化はMCSに影響する」を導出する。
最後に,堀井(2016)では,「マネジメント・コントロールが内発的動機づけ, 同一視的動機づけ,そして相互依存の自己観に正の影響を与えること」 (堀井(2016)p.37)が明らかになっているものの,Merchant and Van der Stede (2017)のパッケージ概念ではどのような影響が出るかについてまでは言及されていない。そのため,動機づけへの影響を検証するため「仮説H4:MCSは組織成員の動機づけに影響する」を導出する。
図3 本稿の仮説を図式化したもの
4. 調査方法と事例研究
4.1 調査方法
今回はスタートアップ企業を対象とし調査を行った。調査方法としては半構造化インタビュー調査を採用した。調査対象とした企業はN社,S社である。以下はその内容と考察になる。
N社に対するインタビュー調査は同社の代表であるI氏と同社に代表の次の在籍するN氏に半構造化インタビューを行った。N社は,東京に本社,福岡に支社を構えるスタートアップ企業である。東京がB2B事業となる法人営業を行っており,福岡が事業C2C事業となるEコマースを行っている。それぞれ東京本社が5人,福岡支社が10人の計15人からなる企業である。
S社に対するインタビュー調査は同社の代表であるH氏と,同社において唯一の社員であるM氏に半構造化インタビューを行った。S社は,H氏とM氏のほかにエンジニア1名,パートタイム契約が1名,インターン生が1名の計5名からなるスタートアップ企業である。
4.3 S社の調査結果
4.2.5 小括
これらのことから分かったことを整理する。創業者であるH氏は働く上で気を使いたくない,それぞれが考えながら力を発揮しながらやっていきたいという風に考えている。これは創業者自身の価値観やパラダイム,行動規範であると考えることができる。それを共有,受け入れてもらうためのシンボリック行動として,一つはその条件に合う相性の良い人間を採用している。
また,組織に参加するには創業者自身の価値観やパラダイム,行動規範を伝えている。それは,「フラットに自分が考えていることを言ったりとか,力を発揮し会える関係でやっていきたいということは伝えているので,フラットでそれぞれが力を発揮できるようなことは言ってる」というH氏の発言から読み取ることができる。これらによって築きあげられたものが“フラットな関係性”という組織文化であると考えられる。
S社では,公式的なマネジメントシステムが存在していないことが分かった。また,インタビューでは行動コントロールが重要視されていない。それは,組織文化が関係しているものだと考えることができる。同様に結果コントロールが重要視されていないことが確認できているが,これはスタートアップ企業特有の成長段階にいることやS社自体がサービス開発をしている段階であることなどが関係していると考えられ,組織文化による影響だとは考えにくい。文化コントロールも詳しい部分がインタビューでは確認できておらず,追加インタビューで聞き取りを行う日強があるといえる。
S社において,同一視的動機づけと内発的動機づけ,相互依存の自己観によって組織成員は動機づけが図られていることが考えられるが,MCSとの関係性については有意性を考慮できるものではない。
4.3 N社の調査結果
4.3.5 小括
N社へのインタビューによって分かったことを整理する。創業者であるI氏は,現場で自分たちで考えながらやる方が成長できるし,失敗できる時が楽しんだろうなと考えており,「成長しつつ楽しいか,痛みもあるんだけどそれが楽しいのか」という部分を重要視している。これは創業者自身の価値観やパラダイム,行動規範であると考えることができる。
それを共有,受け入れてもらうためのシンボリック行動として,理念やビジョンに共感できる人間やI氏自身と相性の良い人間を採用している。また,コミュニケーションの頻度を高めるために積極的な活動を行っている。朝礼や終礼,I氏やN氏の発言からも読み取ることができる。また,“リモートワークデイ”もその一端であろう。これらによって築きあげられたものが『楽しく働く』,『自分で考える(組織)』という組織文化であると考えられる。
N社では現場での管理はディレクターが,ディレクターの管理はI氏が行うシステムになっている。I氏は現場のマネジメントはディレクターに任せ,なるべく関わらないようにしていると述べている。しかし,ディレクターたちには文化コントロールによってマネジメントを行っていることがわかる。
また,現場での管理はディレクターが行なっており,そのやり方については様々である。しかし,B2C事業を行う福岡支社では,KPIやKGIといった指標をもとに施策を考え,タスク化していっていることを考えれば結果コントロールが重要視されていると考えることができるだろう。これらはI氏やN氏がインタビュー内でも述べていることからもわかるように組織文化が影響していると考えられる。
N社におけるMCSと動機づけの関係性においては,行動コントロールが(狭義の)外発的動機づけ,取入的動機づけに正の影響を及ぼしており,同一視的動機づけ,内発的動機づけには負の影響を及ぼしていることがわかった。反対に,結果コントロールが(狭義の)外発的動機づけ,取入的動機づけに負の影響を及ぼしており,同一視的動機づけ,内発的動機づけには正の影響を及ぼしていることがわかった。文化コントロールが動機づけにどのような影響を及ぼしているかは確認できなかった。
5. まとめ
今回は仮説を明らかにするために2社のスタートアップ企業にインタビュー調査を行った。2社ともに組織文化の形成には創業者の価値観,信念,行動がシンボリック行動によって共有,受け入れられ組織文化の形成に至っていることがわかった。よって仮説H1は指示される結果を得た。
しかし,会社の理念やビジョンは創業初期から明確にあるものではなく,むしろ組織文化が初期形成され,組織規模を拡大していく際のシンボルとして形成されることがわかった。そのため組織文化を変革していく際には影響を及ぼしているが初期形成においては影響を及ぼしていないと考えられる。よって仮説H2は指示される結果を得ることはできなかった。
また,組織文化に応じてMCSは活用されており,重要視のされ方も違うことがわかった。N社を例に見れば,行動コントロールと結果コントロールがそれぞれの動機づけに影響を及ぼしていることがわかる。また両者ともに文化コントロールが重要視されていることは明らかになったが,動機づけにどのような影響を及ぼしているかまでは確認できなかった。よって仮説H3は指示される結果を得ることができ,仮説H4は部分的に指示される結果を得ることができた。
6. おわりに
本稿では『創業初期における組織文化とマネジメント・コントロール・システムへの影響』をテーマとし,2社のスタートアップ企業を対象とした半構造化インタビューによって調査を行った。その結果,創業者自身の哲学や理念,さらには自身の世界観や人間観が組織文化の初期形成に影響を及ぼしていること,組織文化に応じてMCSは活用されていることを示唆することができた。また,MCSは組織成員の動機づけに影響を及ぼすことも一部示唆することができた。
しかし,マクロ的な視点で見た組織文化のMCSの影響については明らかにすることができなかった。これらはOCSやCVFで指摘されている代表制の問題に留意したことが原因だと考えられる。組織文化をタイプ分けしなかったこともその一端といえる。
また,MCSがどのように導入され,どのような変遷を経ているのかを明らかにすることができなかったため,動機づけへの影響も限られた範囲内でのものである。これらは創業初期において公式的な仕組みやMCSが未導入であること,または整備されていないことによってインタビューの際にうまく聞き出すことができなかったことが原因であると考えられる。さらに,組織規模や成長段階などによっても影響されるものだと考えられる。これらをどのようにして明らかにしていくかは今後の研究課題である。
※現状はこんな感じです。
いろんなご意見・ご指摘、感想などなどお待ちしておりますので是非よろしくお願いします!
それでは、また次回!