あぁ、すばらしきパン焼き人生。
天然酵母との出会いは、ある日突然やってきた。
「天然酵母ってなに?なんか、身体によさそう..。そして手間暇かかっているからおいしいんだろうな」
最初はそのくらいの知識しか持ち合わせていなかったのだけど、この一冊の本をきっかけに、わたしのパン作りライフが始まった。
人参、長芋、白ごはん、りんご。
これを擦りおろして酵母を起こし、じっくり発酵させて作る、パン。
正直いうと、たいへん手間がかかるパン作りである。
酵母を起こすのは一晩かかるし、発酵も4時間ほど。焼く時間も入れるとトータル12時間くらいかかってしまう。
こんなにたくさん時間をかけているのに、口に入るのはほんの一瞬。腸のはたらきが良くなるからすぐに排出されてしまうし、効率とは真逆のパン作り。
でも、この過程が、さいこうに豊かな時間なのだ。
酵母がうまく育ってくれると、早くパンを焼きたい気持ちでそわそわする。
花に水をやるように、ペットにエサをあげるように、ブクブクとアルコール臭がしてくる不思議。生き物みたい。
無心にパンをこねていると、『いまの自分』が浮き彫りになってくる。
生地がうまくまとまると艶っぽさが出てくるのに、何か考えごとをしたり、うまく作りたいぞ!なんて雑念が入っちゃうと、ベチャーっとなる。陶芸で土をこねるときも確かこんな感じだったなぁ。
発酵を待つ時間もたのしくて。
「やったぁ、膨らんだ」「今日は失敗しちゃったなぁ..」とか、そのときの気温や湿度などで色んな表情を見せてくれる。パンを焼きはじめてからひとり言が圧倒的に増えた気がする。
そしてそして、なにより楽しみなのが焼きあがりの贅沢。
部屋中に、パンの豊かな香りが広がる。オーブンから取りだして、スポッと型から抜けた瞬間、湯気がほくほくと天井に立ちのぼる。焼きあがりに合わせて、コーヒーを淹れたり、もうちょっと頑張る日は、前日からポタージュスープを用意したりして、厚めにカットしたパンをほおばる。
香りがそのまま口に入って鼻に抜けて。おいしさとともに幸せな気持ちが身体中を駆けめぐる。この瞬間、どのくらい時間がかかったとか、手間がものすごくかかったとかどうでもよくなって、ここからわたしの1日がスタートする。
素材や道具も色々試してみるようになった。
小麦粉や砂糖は、とりあえずスーパーに並んでいるおいしそうなもの、順番に使ってみているし、パン型も一生使えるブリキを奮発して買った。
何十年も使い込んでいくと、きっとかっこよく育っていくんだろうな。もうすでにいい感じけども。
うつわも、パンを置けるかな?と想像して平たいものを選ぶようになった。最近のお気に入りは十場天津さんのソーダ釉のうつわ。
深海のような濃いブルーとマットな肌触りが、パンのおいしさを引き立ててくれる。
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パンのおかげで、どんどん好奇心が広がって日常の「たのしい」が増えていく。おまけに健康もセットでついてくるなんて、めちゃくちゃお得なんじゃないかと思う。
豊かな時間って、ほんとうは人からもらうものじゃなくって、自分で作り出せるものなのかもしれない。そんなことを、パン作りから教えてもらっている気がするなぁ。
さぁて、今日も張りきって。一斤焼きますか。