伝統工芸における 「C2M」 カスタマーtoマニュファクチャーという考え方
Twitterを見ていたら、桐箱を作っている会社がコロナウィルスによる営業自粛や売上の落ち込みで発注がゼロになり、どうしていけば良いのか?というツイートがあった。
そのツイートに対して、様々な人からリプがあり、桐素材自体の特性を生かしてこういうものがあれば欲しい、こういう形であれば需要はあるなど、たくさんのアイディアがその投稿に集まっていた。
日本の基幹産業への打撃は想像以上に大きい。
このコロナウィルスによる経済の停滞や人の流れや消費行動の大きな変化は、恐らく終息後にさらに大きく変わる可能性があると考えている。日本の基幹産業である自動車産業は世界に工場があり、部品も世界各地で作られているため、工場が止まることは部品の生産もストップし、自動車そのものの生産もストップする。そうなればそこに働く人に仕事がなくなり、収入も大きく減少する。日本における自動車産業の従事者は546万人と言われ、全業種就労人口の8%にも及ぶ。ということはその従事者の収入減または不安定を招けば当然消費の自粛を行うことで、日本の消費に大きな影響を及ぼすことは想像できる。コロナが仮に終息したとしても、部品調達が遅れ、納期が遅れ、人員も足らず、そして肝心の自動車が売れなければコロナ自粛時以上の大きな影響が出るということも考えられる。
そうなれば「風が吹けば桶屋が儲かる」の全く反対の解釈での影響が全業種に及んで来るのではないかと考えても不思議ではない。
伝統工芸というギリギリの立ち位置
その中で、伝統工芸という分野はモノづくりという点では、上記の論理と同様であり、ただでさえ、「売れない」「作れない」「後継者がいない」という状況にある。この中で現状の「ただでさえ作れない」と「ただでさえ売り先がない」という状況が続けば、職人の平均年齢も考えれば、「廃業」ということも頭に強く浮かぶことは想像に易い。
C2Mという考え方
ビジネスオペレーションはBtoB、BtoC、今話題になっているDtoCやメルカリやヤフオクでほぼ確立したCtoCなど様々な流れがすでに当たり前の様に稼働している。そして今、新たに生まれつつあるのはCtoM(カスタマーtoマニュファクチャー。直訳すれば「顧客ニーズに基づく製造販売」である。
顧客ニーズや顧客ウォンツに基づく製造は珍しくないではないかという声もあるかとは思うが、この場合は企業が顧客ニーズをマーケティングし、商品化することであり、それはCtoMではない。
C2Mとは特定顧客ニーズやウォンツをダイレクトにモノづくりに反映させ、限られた数の生産とあらかじめ取引が成立した時点で着手するというビジネスオペレーションであり、在庫を抱える必要がない。
ならばクラウドファンディングの様なものか?という想像をする人もいるが、クラウドファンディングは予め「こういうことをしたい」「こういうものを作りたい」という目的が明確にあって、それに共感する人たちが寄付をするというものなのでC2Mとは少し性質が違う。
すでにアリババでは、C2Mのオペレーションが出来ており、製造能力のある集散地地域と発注者のマッチングが確立し、売上自体も前年の7倍に増えていると発表している。
アパレルの世界でもファッションビジネスコンサルタントで著名な小嶋健輔氏もメディアにおいてこれからのビジネスモデルとして提唱しており、在庫を抱えない、生産のコストとロスとタイムラグを最小限にできる可能性を持っていると述べている。
伝統工芸とC2Mについて
上記で述べてきた業態の中でのC2Mはある程度の市場規模がある中での例であって、伝統工芸分野という個人が多く、その多くが小規模または零細であるため、C2Mという形が有効なのか?という疑問は誰しもが感じることだろう。現に、伝統産業はもともと生産効率からいえば低く、在庫に対しては回転率の悪さはあるものの、在庫ロスや廃棄といった例はあまりない。ただし、平常時からの受注不足、コストに対する圧迫、取引条件の厳しさ、曖昧さ、売り場確保が困難などあらゆる面で非常に厳しい状況であることは間違いない。だからと言って、そもそも伝統工芸のおける顧客ニーズやウォンツというものがほとんど存在しないに等しいレベルの中でC2Mというオペレーションが意味を成すのか?という考えの方がむしろ健全かもしれない。
価値認識と新たなプロダクトが生まれるマーケットインの可能性
しかしながら、私はこのC2Mという考え方は、伝統工芸分野において、新たな可能性が秘められていると感じる。それは全国に存在する伝統工芸の価値認識が広がり、また各分野の製造元や職人が「今まで作り続けてきたもの以外のプロダクトのアイディア」に気づくことになりやすい。
伝統工芸分野の職人は「ある特定のモノ」を作るための技術伝承をされてきた。他のものを作ることよりも、その特定のモノをより完成度を高くし、発注者の想像以上のものを提供しようとしてきたからこそ、その技術は発達してきた。しかしながら、現在においてはその発注者が減ることで仕事量が減り、新しい商品を開発する資金も意欲も湧かない状況まで追い込まれているということと、自分で色々なものに置き換えてその技術を使用した商品を作るが、マーケティングも売り先も見当がつかないまま、モノづくりをしてしまうという、いわゆるプロダクトアウトの形となり、ほとんどがビジネスとして成り立っていないのが現実である。
そこにあえてC2Mという形を持ち込むことで、今まで伝統工芸に全く興味がなかった人や良いものは欲しいけど何が良いかわからないという人にそれぞれの分野の付加価値や魅力に気づいてもらえる可能性が高まる。
また、「その技術をこういうモノづくりで形にすれば私は欲しい」という人による今までにないアイディアが多ければ多いほどその技術や付加価値によって生み出せる様々な形に職人や製造業者は気づくことになりやすい。
そしてそれらの人が「それならば欲しい!それならば買う!」と手を挙げた数がある一定数あり、先に決済する形ができれば、規模は小さくても伝統工芸分野にとって新たな道が開ける可能性が高まると考える。
そういったアイディアや要望を集めるためのツールとしてSNSやオンラインサロンなどのコミニュティがその入り口として充分に機能する時代でもある。
伝統工芸分野でのC2Mは仲介するコーディネーターまたはプロデューサーが必要
もし、伝統工芸分野で今後C2Mを考える上で重要になってくるのは、下記の項目だろう。
⒈顧客との意見聴取から価値訴求、販売までのオンライン化
⒉顧客ニーズからプロダクト案を作ることのできるデザイナーの存在
⒊あらゆる伝統工芸分野、またはその伝統工芸を熟知したコーディネーターやプロデューサーがオペレーション構築
上記の項目についての詳細は長くなるのでまた次回に詳しく述べることとするが、伝統工芸分野においては、職人の高齢比率が高いので、オンライン構築が困難であることと、技術とプロダクトデザインは全く別分野であるということが大きな障壁となるので、やはりそれをプロデュースする橋渡し役が不可欠である。
例えば、全国の伝統工芸を子供の頃から触れてもらうというコンセプトから始まった株式会社和えるは、その伝統工芸を文化と経済の両輪を回していくための店舗、EC事業、次世代育成事業、観光事業などを手がけており、また最近ではオンラインサロンで伝統工芸に興味のある様々な人たちと次世代に繋ぐための方法やアイディアを募るコミニュティを構築しているが、そういった繋がりの中からこのC2Mという新しいビジネスオペレーション(同社代表の矢島里佳さんはおそらくそういう言葉は好まず、強いて言うなら「はぐくみオペレーション」の方が良いだろう)を構築することは高い確率で可能だろう。
私が身をおく染織の世界では、きものアルチザン京都という団体がその可能性を秘めていると考える。きものアルチザン京都は京都の伝統的染織技術の全てを網羅するメーカー11社の集まりのNPOであり、そこには様々な伝統技術が存在し、またきもののみならず、ライフスタイルプロダクトからインテリアプロダクトまで製作する力を持っている。そこにC2Mのオペレーションをマッチングさせれば、様々な新しい可能性が生み出せるのではないかと思っている。
C2Mは既存流通を否定するものではない
顧客ニーズを製造に反映し、要望数または必要数のみ販売するというC2Mのオペレーションは、確かにその形は「顧客と製造事業者との直取引」ではあるが、それは必ずしも既存流通を否定するものではない。
そもそも伝統工芸分野は大量生産は出来ない。とはいえ、顧客との個々のやりとりは生産効率も継続性も低い。モノづくりの一番良い状況は、受注の安定と継続的な適正数の生産量の維持である。
だからこそ、既存流通の生産とC2Mによる小口生産の両立が伝統工芸分野でも確立できることによって、顧客によるその付加価値の認知度の向上が、既存商品の付加価値向上につながり、結果的に既存流通の中でも流れは改善するのではないかと私個人は思っている。
知られていないことは存在しないことと同じ
私は呉服業界や染織分野のプロデューサーとして、常に意識していることは「知られていないことは存在しないことと同じ」という考え方である。
きものに限らず、日本の伝統工芸はそれぞれに長い年月に培われてきた工夫や実用性や合理性、そして何より美しさがある。それが知られずにただ単に、複雑で難しい製作工程をピックアップして、レシピ的な紹介しか出来ず、結果的に売り買いの経済構造に当てはめてきた今までの提供方法では、その魅力や付加価値的なものは絶対に伝えられないし、知られることはない。そして結果的に知られなければ存在していないことと同じなのである。
伝統工芸とC2Mというビジネスオペレーション構築は、このコロナウィルスによる世界的なインパクトによって経済構造が大きく変わると予想される中で、日本文化の象徴の1つとも言える伝統工芸を次世代に繋ぐための、非常に有効なものになるのではないかと私は考えている。
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