第163話「 奇跡だよ」
「すごい事故だったんだろ?」
「ああ、すげー事故だった。無傷で済むなんて、本当に運がいいと思う。奇跡だよ」
僕らの通う高校は、小高い丘の上に建っている。
裏門から私鉄の駅がある繁華街へと伸びる坂は、通称、『立ちこぎ坂』。
その名のとおり、体力自慢の運動部でもサドルに座ったまま自転車で登りきるのは不可能な勾配のきつい坂である。
事故が起きたのは、その坂を下りきった先だった。
「しかし、なんだってフミヤは昼休みに学校を出たんだ?」
「奇術戦線の新刊の発売日だって言ってた」
「マンガ買いに行ったの? 放課後まで待てないもんかね」
「うちのクラス、昨日の午後は古典の授業があったから、先生の目を盗んでこっそり読むつもりだったんじゃないかな」
「それじゃ、天罰だな」
「しかも、あいつ、ノーブレーキで立ちこぎ坂を駆け下りたらしい。
先週やってたフランスの自転車レースに影響されたんだろうね。
テニス部の一年が目撃したらしいけど、勢い良くトラックにぶつかって、フミヤは空を舞ったらしいよ」
「やばー、そんな衝突しといて無傷とはすごいな」
「普段のおこないの賜物かもしれないね」
「そんな神の加護を受けられるようなことを何かしてたんか?」
「先月あったじゃん。生徒会が主催したボランティア活動」
「なるほどな。あれに参加してたのか。それは確かにえらいわ。
炎天下にゴミを拾って徳を積んでたわけね」
「そうなるね」
「それで奇跡が起きて、無傷で済んだのか。ホントよかったな」
「うん、不幸中の幸いって言うんだろうね。
昼休み終わってもフミヤが帰ってこなくてさー。
そしたら教室に戻ってきたオカジマさんが青い顔してて、ムラセくんが自転車で事故ったみたいだよ、ってオレに話しかけてきてさ。
マジかよって、かなり焦ったわ」
「そりゃ、焦るよな」
「フミヤの奴、マジ心配かけやがってよ。
結果的に無傷だったから許すけどさー」
炭酸飲料をひと口飲んでから、僕は言葉を続けた。
「オレの自転車借りて事故るんじゃねーよ」
あとがき
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