チヌア・アチェベ『アクエケ』

夏の読書会で読みました。訳に当たっては、参加者の皆さんの文章を大いに参考にしております。

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 アクエケは壁のこちら側に面している病床に横になっていて、その壁は彼女と彼女の兄達の間に突如湧いた憎しみだった。彼女は彼らが恐れながらぶつぶつ話すのが聞こえた。彼らは彼女に何が為されるのかをまだ伝えていなかったが、彼女はわかっていた。彼女は彼らに、イジにある母方の祖父のところへ連れて行くように頼みたかったが、彼らの間にきわめて奇妙な様子で訪れた憎しみがあまりにも大きかったので、彼女は自尊心から口を噤んだ。度胸があるなら話しかけて来い。昨晩オーフォダイルという長男が対話を試みたが、結局ただ立ち尽くして、目には涙を浮かべながら彼女を見つめただけだった。彼は誰のために泣いたのだろうか? 好きにすればいいさ、畜生め。
 その後彼女のもとにやってきた途切れがちな浅い眠りの中で、アクエケは遠く離れたイジの彼女の祖父の屋敷にいて、病気のことなどすっかり忘れてしまっていた。彼女は再び村が誇る美人となった。
アクエケは彼女の母親が産んだ一番下の子供で唯一の娘だった。六人の兄がいて、彼ら兄妹の父親は彼女がまだ小さかったときに死んだ。しかし彼は財産のある男だったので、彼が死んだ後でも彼の家族は本当の貧しさを知らずに済んだ。とりわけ、息子の何人かがすでに自分の農場を設立していたのは助けになった。
 毎年何回か、アクエケの母は子供達を連れてイジにいる彼女の親戚達のもとを訪ねた。下の子供達の足に合わせた丸一日かかるユムオフィアからの旅程だった。時にはアクエケは母におんぶしてもらい、時には歩いた。太陽が昇ると彼女の母は道端の畑からキャッサバの小枝をへし折って、自分の頭を守った。アクエケは母方の祖父へのこのような訪問が楽しみで、その祖父はまるで巨人のような男で、白い髪と髭を生やしていた。よく老父は自分の髭を縄のように結び、先端が細くなるようにたくわえて、飲んだ時なんかにはヤシ酒がその先端から地面に滴り落ちた。これがアクエケを楽しませて止まなかった。老父はそれがわかっていたので、彼女のために場を盛り上げようとヤシ酒を飲み下すごとに歯を軋ませた。
 彼はひじょうに孫娘を可愛がり、皆が言うには、彼女は彼の母親の生き写しらしかった。彼はめったにアクエケを本名では呼ばなかった。いつだって「おかあさん」と呼んだ。彼女は事実、生まれ変わったその女だった。イジに滞在している間は、アクエケは何をやってもうまく逃れることができるとわかった。彼女の祖父が誰にも彼女に対して叱ることを許さなかったのだ。
 壁の向こうの声は次第に大きくなっていった。おそらく近隣住民が彼女の兄達に対して強く抗議しているのだった。ということは今や彼らは皆知っているのだった。畜生め。もし起き上がることができたら、寝台の近くにある古い箒で一人残らず追い払ってやるのに。彼女は母が生きていていればよかったと思った。このような事態が彼女に降りかかることもなかったのだ。
 アクエケの母は二年前に亡くなり、イジ運ばれて彼女の身内の人間と同じところに葬られた。あの老父は人生で幾度となく辛い目に遭って来て遂に、こう尋ねた。「子供達を奪い、私を生き残らせるなんて、なぜだ?」しかし数日経って慰めに来た人々に彼が言うには、「私たちは神の飼うひよこなのだ。若いのを食べる時もあれば、老いたのを食べる時もあるだろう」アクエケはこれらの場面を鮮明に覚えていて、このときばかりは泣き出しそうになった。もし彼女の過酷な死を耳にしたら祖父はどうしてしまうのだろうか?
 アクエケの世代は公な場での踊りの初披露を乾季に行ったが、それは彼女の母の死の後だった。アクエケが大評判を巻き起こしたきっかけはその踊りにあり、彼女の求婚者は十倍に増えた。どの市場でも、何人かの男がヤシ酒を彼女の兄達に渡しに来たほどだった。
 しかしアクエケは彼らをすべて拒否した。彼女の兄達は心配になり始めた。彼らは皆たった一人の妹を愛していて、特に彼らの母親が死んでからというもの、お互いに競い合って彼女の幸せを探しているようだった。
 そして今回彼らが心配になったのは、彼女がせっかくの縁談の機会を棒に振ってしまいそうだからだった。彼女の一番上の兄、オーフォダイルができるだけ厳しく彼女に伝えた。どんな求婚者も受け入れないような高慢な女性がたいてい悲しい末路を辿るのは、まるでお話にあるオンウェロのようだ、どんな男も拒んだその娘が挙げ句の果てに後を追うことになったのは三匹の魚で、それが美しい青年の姿に化けていたのは彼女をほろぼすためだったのだぞ、と。
 アクエケは耳を貸さなかった。そうして今では彼女に愛想を尽かした守護霊がその事件に関わっていたおかげで、彼女はこんな病気に見舞われてしまった。当初人々は膨らんでいくお腹に気付かない振りをした。
 祈祷師達が各地から連れて来られて彼女の世話をした。しかし彼らの薬草や根は何の効果もなかった。アーファの神託者がアクエケの兄達に探しに行かせたのはとあるヤシの木で、それを絞め殺そうとしているのははびこる蔦なのだという。「その木を見つけたときには」彼は彼らに言った、「ナタを持って締め付けている蔦を切り離すのだ。あなた達の妹を縛り付けている霊はさすれば彼女を解放するだろう」兄達はユムオフィアとその隣接している村々を丸三日かけて探して、ついにそれらしいヤシの木を見つけて、蔦を切って解いた。しかし彼らの妹は解放されなかった。むしろ容態はより悪くなった。
 最終的に彼らは集まって相談し、重苦しい心持ちで断定したのは、アクエケは膨張病に冒されてしまっていて、それはその土地では忌み疎まれている病気である、ということだった。アクエケは彼女の兄達の相談の目的がわかっていた。長男が病室に一歩足を踏み入れようものならすぐに彼女は彼に向かって叫び出し、すると彼は逃げた。こんな状態が一日中続くと、彼女が家の中で死んでアニの怒りが一族全員に、村全体ではないとしても、降りかかるという現実的なおそれがあった。近隣住民達がやって来て、兄弟達に忠告したのは、彼らがユムオフィアの九つの村をその深刻な災いにさらしている、ということだった。
 午後になると彼らは荒れた茂みへ彼女を運んだ。彼らは一時的な住処と簡易的な寝台を彼女のために設えた。彼女はすでに疲労と嫌悪で静かだったので、彼らは彼女を残して、逃げた。
 翌朝三人の兄達は再び茂みに行き、彼女がいまだに息をしているかどうかを確かめようとした。驚くべきことに何と小屋はもぬけの殻だった。彼らは来た道をすっかり走って戻り他の兄弟に伝え、皆揃って引き返して茂みの中を探した。彼らの妹の気配は全く無かった。間違いなく彼女は野生動物に食べられてしまっていて、それはこのような状況では度々起こることだった。
 二、三ヶ月が経って彼らの祖父は伝令をユムオフィアに送り、アクエケが死んだのが本当かどうかを確かめようとした。兄弟達は「本当だ」と言って、伝令はイジに帰った。一、二週間経って老父は再び伝令を兄弟達に送り、彼に会いに来るように言った。彼がオビで待ち構えていると彼の孫達が到着した。歓迎の儀式は直近の件の喪失のせいで慎ましく終わり、彼は兄弟達に妹の所在を尋ねた。長男はアクエケの死の顛末を彼に話した。老父は話を最後まで聞き、その間頭を右腕の手のひらで支えていた。
「そうしてアクエケは死んだと」彼は言った、半ば問いかけ、半ば述べるように。「それではなぜ私に伝言を送らなかったのだ?」沈黙が流れると、長男は清めの儀式をすべて終わらせたかったという旨を伝えた。老父は歯を軋ませ、痛々しい様子で中途半端に直立し、寝室へよろめきながら向かい、彫刻の入ったドアを押し開けるとアクエケの霊が彼らの前に立っていて、笑いもせず恨めしげなようすだった。一同は跳ね起きて、一、二人はすでに外に逃げていた。
「戻って来い」祖父が悲しい笑顔で言った。「この若い女性が誰だかわかるか?答えてくれ。お前だ、オーフォダイル、長男だからな、答えてもらおう。一体誰だ?」
「彼女は我らが妹です」
「お前の妹のアウエケだと?しかしお前はつい今しがた私に彼女は膨張病で死んだと言ったではないか。死んだらどうやってここに来るのだ?」沈黙。「膨張病がどんなものか知らないのなら、なぜ知っている者に聞かなかったのだ?」
「私たちはユムオフィアとエイバム中の薬屋に相談しました」
「なぜ彼女を私の元に連れて来なかったのだ?」沈黙。
 老父はそうしてきわめて簡潔な言葉で続けたのは、皆を呼んだのはその日からアクエケは彼の娘となり、彼女の名前もマテフィになると宣言するためだ、ということだった。彼女はもはやユムオフィアではなくイジの娘である。兄弟達は前方を黙って見つめていた。
「彼女が結婚しても」老父は結論を下した、「彼女の婚資は私のもので、お前達のものではない。清めの儀式は続けて構わない、アクエケはユムオフィアでは確かに死んだのだからな」
 一言の挨拶も兄弟に伝えることなく、マテフィは部屋に戻って行った。

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