創作落語台本 『弟子入り志願』
2000年1月に「社会人落語講座」に参加してから、ゆるゆると素人落語家として年数回高座に上がっている私です。
ここ数年古典落語が覚えられなくなってきて、創作落語を作って演じるようになりました。
まったくの新作だったり、古典落語をベースにした改作だったり。毎年福井県小浜市で開催される「全国女性落語大会」に向けて、約7分のネタを書いています。
2021年は「改作・動物園」で上記大会で3位に入賞。気を良くした私は2022年、まったくゼロからの新作を書きました。
「上方落語台本大賞」に応募しましたがカスリもしなかったので、ここに発表しようと思います。今までに3度ほど高座でさせていただきましたが、ウケはまぁまぁです。練り直したらもっと面白いものになるかもと思い、供養する気持ちもあり、晒します。(あーこわ。)
『弟子入り志願』
全員 師匠、俺らを、弟子にしてください!
しいたけ なんや、こんな夜中に四人そろって。どないしたんや。
しめじ 師匠、俺は、前から師匠のその立派な姿に憧れてたんです。俺は見ての通り、ちんちくりんで…。
えのき (女性の声で)私もです!「お前は細すぎる!」「やーい、ヒョロヒョロ!」って、みんなに馬鹿にされるんです!
エリンギ (外国人風に)僕は、師匠のココロに憧れてます。師匠こそ、日本男児の鏡です!
しいたけ 何を言うとんねんな、いきなり。ほんで、おい、そこの端っこの、なにどよんとしとるねん?
まいたけ わ、私は…。
しいたけ 泣いとるやないか。どないしたんや。
まいたけ 私、みんなみたいに、一目で何者か分かってもらわれへん。「へちゃむくれ」もここまできたら、もうおしまいです。
しいたけ そない言うな。見た目だけとちゃうやないか。大事なんは中身や。
まいたけ 中身…。中身なんてありません。だいたい私、軸っちゅうもんがないんです。軸が、どっかいってもぉてるんです。
しいたけ そないウジウジ言うとるんやない。みなえぇとこもあるやろ?なぁ、しめじ?
しめじ そりゃ俺は何と言っても「味」です。香りこそ、松茸大師匠に譲りますが、味は俺が一番です。
しいたけ そやな。おい、えのき、お前は?
えのき 私は何と言ってもこの色白さですよ。美白といったらワ・タ・シ!
しいたけ なるほどな。隣は、メレンゲ、やったか?
エリンギ 師匠、エ・リ・ン・ギ、です!名前、覚えてください!僕はインターナショナルなところです。イタリアン、フレンチ、チャイニーズ、なんでも使えます!
しいたけ なるほど、立派なもんやな。おい、そこの端っこ。お前、まだ泣いとんかい。おい、まいたけ!
まいたけ 私には…。えぇとこなんて何にもありません。
しいたけ そんなわけないやろ。何にもなかったら、そもそも、ここに並んでないはずや。
まいたけ 私、なんで今自分がここに並んでるかよぅ分からんのです。私にはここに並ぶ資格なんてないんです…。
しいたけ そんなことないやろ。
まいたけ 強いて言うたら、名前だけです。まいたけって「たけ」がつくから「きのこ」って分かってもらえるけど、見た目も味もきのこと思ってもらわれへん…。しいたけ そんなこと言うな。お前も立派な仲間やないか。
しめじ しいたけ師匠、俺ら4人を、弟子にしてください!
しいたけ せやけど、何でまた急に4人揃って、弟子入りってなこと言い出したんや。
しめじ 師匠、聞いてください。俺ら4人、先週から「よりどり2パック百円セール」のシール貼られてるんです。
しいたけ おぉ。わしも隣で見とったわい。
えのき 2パックで百円ですよ?今まで1パックで百円でも、えらいみくびられたもんやと思ってたのに。
しめじ それが…実は、明日から「秋の味覚セール」がはじまるんです。
えのき 私ら4人、いつもに増してぎょうさん積み上げられてますでしょ?
しめじ 明日から…「よりどり3パック百円」にするらしいんです!
しいたけ よりどり3パック百円…それはひどいな。
まいたけ 私は、3パック百円でも売れ残るはず…。
しめじ 去年もそうやったんです。ぎょうさん仕入れるだけ仕入れといて、売れ残ったやつは、最終的に4パック百円、それでも売れんやつは、強制的に同じ種類でシールでまとめられて…3パック五十円で投げ売りされたんです!
しいたけ えげつない話や。
しめじ そんなセールの影響を受けてないのが、しいたけ師匠、あなただけなんです。おなじきのことして、尊敬しています!
しいたけ まぁ、ワシは年間通じて1パック百円を切ることはまぁ、ないわなぁ。
しめじ その高く売られる極意っちゅうのんを、教えてもらいたいんですわ。お願いです!俺らを、弟子にしてください!師匠!
しいたけ そういうことやったんか…。ええか。お前ら。よぅ聞けよ。ワシらきのこには「鮮度」っちゅうもんがある。ぱっと見は分かりにくいが、棚に置かれてほんの数日でへにゃっとなってまう。ワシらきのこは、へにゃっとなったらもう終わりや。そんな中、ワシら、しいたけ一族は長い間、虐げられて、その「鮮度」を超えたんや。
えのき しいたけだけに、しいたげられて…。
しめじ 「鮮度」を、超えた…。
えのき そこに極意があるんですね。
しいたけ ワシの一族は長年かけて、「乾物」になるっちゅう、偉業を成し遂げたんや。
しめじ か、乾物…。
しいたけ せや。ワシら一族の大師匠、どんこ師匠は、1個で数千円もすんねんぞ。
エリンギ 1個、数千円!
しいたけ 乾燥させることで旨味が何倍にもなったどんこ大師匠は、ゆっくりと水で戻されて、高級料亭で使われとるな。もどし汁は最高のだし汁とされておる。
えのき そ、そんな極意が…。でも、私たちにはすぐに真似できそうにありません。
しいたけ そや。そんな一朝一夕にできることやない。セールの前の晩に慌てて言うてきても、遅いんや。明日からのセールに備えるっちゅうことやったら、せいぜい姿勢正して、シャキッと鮮度がええように見せて、少しでも高値で買うてもらうこっちゃな。
しめじ 師匠…。俺ら、浅はかでした。師匠の極意には遠く及ばんということ、よぅ分かりました。ほな、師匠、明日からのセール、できる限り、高ぅ(たこぅ)買うてもらえるように頑張ります。
しめじ さぁ、今日から「秋の味覚セール」や。店員さんも張り切ってるなぁ
店員 ご来店ありがとうございます!今日から秋の味覚セール開催です!赤字覚悟の大奉仕!きのこが美味しい季節ですよ!さぁ、よりどり3パック百円!しめじにえのき、エリンギ、まいたけ、今日のお夕飯に、どうですか〜?
えのき うわぁ、開店早々、お客さん、押しかけてきたわ。
しめじ みんな、姿勢正して、シャキッとせぇよ!
エリンギ 悪いけど、僕が一番にSOLD OUT!売り切れだね!
えのき 何言うてるの。私が一番に売れるのよ。ほら、あの奥さん、ベーコンをカゴに入れてるわ。今夜、私、あのベーコンに巻かれてフライパンで焼かれるよの!
エリンギ えのきベーコン…。くそっ。僕もベーコンとは相性いいのに、巻かれやすさでは えのきねぇさんに負けてしまう。
えのき そうよ。ベーコンには私、えのきしかないのよ…。奥さん!こっちよ!えのきはここよ!あら、奥さん?どこいくの?え、ア、アスパラ?まさかの、アスパラベーコン?
エリンギ ははは!アスパラガスに負けましたね!
しめじ おい、エリンギ。笑ったるなよ。
婦人客1 あら、今日はきのこ、よりどり3パック百円って、安いわね。
婦人客2 え?3パック百円?ありがたいわ。きのこはおかずのかさ増しに良いもんね。
婦人客1 そうそう。きのこともやし、あと、こんにゃくは、とりあえず入れておけば、お腹いっぱいになるもんね。
しめじ かさ増し?とりあえず?何を言うとるねん!もやしやこんにゃくなんかと一緒にすんな!
えのき そうよ!私たちは美味しい風味があるのよ!ばかにしないでほしいわ
エリンギ もっと、僕らをメインとして味わってくださいよ!
婦人客1 えっと、しめじ、えのき、エリンギ、まいたけ、か。エリンギって、イマイチどんな料理にしたら良いか、分からへんのよね。
婦人客2 そうよね〜。バーベキューの時くらいしか、使わへんよね。
エリンギ 何を言ってるんですか!僕は、インターナショナルですよ!何料理にも合うんですよ!
えのき ふふん!バーベキューだけですって。今日はまだ平日よ!これじゃ、エリンギ、あなた、売れないわね!
婦人客1 うちの子、好き嫌い多いから、うちの子に選んでもらおうかしら。たっくーん、こっち来て!この4つの きのこさんの中から、3パック好きなの、選んでくれる?
しめじ おい、子どもが来たぞ。姿勢ただせっ!
子ども え〜?この4つの中から?
婦人客1 そうよ。3つ選んでね。
子ども うーん、どれも、イヤ!
婦人客1 えっ?じゃぁ、どれが良いの?
子ども うーんっと、(別の棚を指差して)あ!これ!この白いのと、茶色いの!
しめじ ブ、ブナピー…。
えのき ちゃ、茶えのき…。
しめじ くっそぅ!なんやねん!ブナピーめ!俺よりずっと後輩のクセに!
えのき 茶えのき…、あんたなんか、ちょっと歯ごたえが良いからって…。
婦人客1 あら〜、これはよりどり3パック百円じゃないんだけど。まぁ、いいわ。たっくんが選んだんだからね。残さず食べましょうね〜!
しめじ くぅ〜!く、悔しい!
まいたけ うっうっ…
しめじ まいたけねぇさん、まだ泣いてはるんですか?
まいたけ 私は…誰にも買ってもらえない…、3パック五十円でも売れ残るのよ…。
えのき まいたけねぇさん、そんなこと言わないで。
まいたけ 私なんて、子どもにも嫌われてるし。嫌われてるのに、地味過ぎて、嫌いな食べ物ランキングにも入らないのよ…。
えのき そんなことないですよ、まいたけねぇさん。ほら、あの奥さん、こっち来はるわ。奥さーん!どうぞ私を買ってください!さっとバターで炒めて、お味噌汁に入れて、何にしても美味しいですよ〜!え?奥さん?まいたけねぇさんを取った?えぇっ?!まいたけを、3パック?!なんで?なんでなん?
まいたけ あ〜れ〜!みなさ〜ん!さようなら〜!
えのき ま、まさか、まいたけねぇさんが、一番に売れていくとは…。
しめじ あの奥さん、スマホで音声検索してはった。「下沼美恵子のご機嫌クッキング」って。昨日のレシピは、確か「鮭と舞茸のバターソテー」…。
えのき ご機嫌クッキング…。あれで使われたら次の日あっという間に売り切れるもんね。
エリンギ くぅっ!僕の方が、バターソテーにしたら美味しいのに!
えのき 何言うてるの!そういやエリンギ、あんた、いったいどこから来たん?いつから当たり前のように私らの隣に並んでるん?
エリンギ 僕は平成の時代に、海外から持ち込まれたんですよ!だから名前もカタカナなんですよ!
えのき ふんっ!何よ、よそもんやないの!私らみたいな「純ジャパきのこ」と気安く並ばんといてくれる?あっち行ってよ!
しめじ おいおい、喧嘩してる場合とちゃうぞ!次は老夫婦がいらっしゃったぞ。お年寄りは、しめじみたい古風なやつを選んでくれるからな。次こそ俺の番や。ん?「炊き込みご飯」?キター!ぜったい俺や!ヨッシャー!あれ?どこ行かはるんや?あ、あの木箱に入ったのは…。ま、まさか、松茸大師匠!
えのき やっぱり、炊き込みご飯には、松茸なんやね…。
しめじ それやったら最初から「松茸ご飯」って言えや!くっそう、香りは負けても、味は負けへんっちゅーねん。それに最近の松茸、輸入モンが多なって、香りもちっともせぇへんらしいぞ。おーい!おじいさん、おばあさん!高いの掴まされて、騙されてまっせ!『香り松茸、味しめじ』、しめじにしときなはれ!
えのき 負け犬の遠吠えやね。
しめじ わぁ〜、またお客さん、ぎょうさん入ってきた。
えのき きのこ売り場に、殺到してくるわ。
エリンギ そりゃ、3パック百円ですから。
しめじ おい、えのき、お前の仲間、一回カゴに入れられたけど、戻されたぞ
えのき エノミちゃん、戻された時に転がって、落ちてしもた!エノミ〜!大丈夫?
エリンギ うわっ!奥さん、なんでえのき1パックとしめじ2パックを選んだんですか?どうして僕を選ばないんですか?僕としめじを、入れ替えませんか?
しめじ エリンギ、何言うとるねん!よそもんは黙っとけ!シメタ〜、元気でな〜!
エリンギ あ、あの奥さん、チラシの裏、見てはるで。あ、こっち来る!
えのき (シャキッとして、目を閉じて祈るように)次こそ私?
しめじ (同様に)いいや、俺や。
エリンギ (同様に)僕に違いない。
えのき あ〜れ〜!カゴの中に〜!(上に引っ張られた後、ドスンと落ちる仕草)
しめじ (同様に)お、お〜!俺もや!
エリンギ (同様に)Oh My God! Me, too!
えのき (カゴの中で3人でハイタッチして喜び合いながら)私たち3パック、みんな売れたのね!選ばれたのね!3パック五十円の憂き目に会わずに済んだのね!
しめじ 痛っ!誰や?ぶつかってきたのは。
きのこの山 どうも〜!みんな大好き、きのこの山です!きのこの皆さん、僕も仲間に入れてくださいよ〜!
しめじ 何言うてるねん!お前はお菓子やないか!仲間ちゃうわ!あっち行け!
えのき 私たち、買ってもらえたのね。しかもセール開始すぐに!安売りされずに!あっ、あそこで手を振るのはしいたけ師匠!
エリンギ 師匠〜!僕ら、鮮度抜群の状態で売れました!
えのき 師匠〜!長い間、ありがとうございました!
しめじ おかしいな。師匠、泣いてはるで。
えのき え?何で?あ、そういえば、しいたけだけ、今日朝から一個も売れてない…。
しめじ 何でや?何があっても、しいたけ師匠は一番高くで、すぐ売れていくはずやのに。
えのき 師匠!泣かないでください!きのこは、へにゃっとなったら終わりです!
エリンギ あ、カゴの中にさっき奥さんが見てた「秋の味覚セール」のチラシが
えのき 裏に、おすすめメニュー書いてあるわよ!
しめじ 何々…?きのこのアヒージョ、きのこマリネ、きのこピザ、きのこパスタ…。
えのき どのメニューにも、しいたけ師匠、入ってないやないの!
しめじ そんなアホな…。しいたけ師匠…、干されはったんや。
(了)
え〜、ここまでお読みいただいた方(がいれば)、本当にありがとうございました。
なんじゃこりゃ、と、さぞ、頭の中が混乱されていると思います。はい。その感覚は至極まっとうなものですので、大事になさってください。
内容と題名がミスマッチなのでは?と思われる方もいらっしゃるかもしれません(いてへんわ!)ので補足しておきますと、当初「宮大工の弟子入り志願者をオンラインで面接する」という設定で『弟子入り志願』という題名の落語を創りはじめたのですが、どうにも納得がいくオチが見えず。思案しながらスーパーに行ったところ、キノコ売り場でこのネタを思いついたわけで…。なので、タイトルとキノコが急に出逢った、みたいなことになりました。(何のこっちゃ)
他に良い題名があれば変えても良いのですが、冒頭部分を「キノコ」と分かってはじめるか、ボカしてはじめるかで、反応が結構変わってくることもあり、題名も「キノコくさい」ものにするかどうか悩み中です。良い案あれば教えてください。
とまぁ、落語の創作はおそらく年1本くらいのものだと思いますが、ひょんな妄想から変な噺が生まれたりすることもありますので、また出来たら晒したいと思います。
私は「オープンソース」という概念を非常に尊んでいますので、著作権フリーです。が、今後の創作のヒントとさせていただきたいので、もしどこかで演じられることがありましたら、こちらのnoteのコメントやDMでご連絡いただければとても嬉しいです。
長文にお付き合いいただき、本当に本当にありがとうございました。
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