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小説 俺が父親になった日(第三章)~薄っぺらな覚悟(1)~

 「あんた…やっぱりバカだったか」

 いきなりその言いようはないだろう。

 「あんた、そんなに子供好きだったか?自分の子供も育てられんのに」

 何も言い返せない。でも後ろのほうは、いくらなんでももう少し言い方があるだろう。

 「あんたにもちぃとは情ってもんがあるのは分かったわ。でもね、人一人育てることがどれだけ重大なことかが分からんから、そんなこと平気でできるんと違うんかね?」

 「……」

 受話器越しの母親の声が容赦なく俺を責め立てる。
 部屋は思いつく限りの子供用品で溢れかえる。紙おむつ、下着に服、百円均一のプラスチックの食器、それから…薄っぺらい知識でかき集めたものを山積みにしただけのことで、俺は落ち着かないままだった。
 キラはリビングの端で、せがまれて買った配送用トラックのミニカーをテーブルの上で転がしながら、携帯電話を持ってうろうろする俺の姿を目で追っていた。

 「…まぁそれだけありゃあ暫くはなんとかなるでしょ。あとは、覚悟を持ってあんたがどう変わるんか。そこだけだわね」

 母親にきつく言われた覚悟というもの。
 この時俺は、それが何なのかなんて、何も分かっちゃいなかった。
 それは生まれてこのかた持ったことのないもの…それくらいは分かっているつもりだった。でもその覚悟でさえ、明確な何かに形作れない。手掛かりさえない曖昧なものだった。

 「おなか減った!」

 今日の俺もインスタントもの以外を思い付く筈はなく、二人で駅前のファミリーレストランへ向かった。


 覚悟とはどういうものか。あーだこーだ考えて行動に移すまでもなく、間もなく周りから思い知らされることとなる。

 「おいおい。お前のプライベートに干渉するつもりはないけども…本当に大丈夫ななのか?両立できるのか?」

 過去を知っている荒木営業一課課長は、仕事を心配しているように見えて、まるで本物の父親のように俺の目の前で頭を捻って悩み込んでしまった。
 閑散とした会議室の静けさが、二人の間の微妙な空気をことさら重苦しくした。

 いつも通りに始めたつもりの仕事も、何かと上手くいかない。キラを引き取った翌日から早速、いきなり俺のペースは狂い出した。

 懇意に相談できるような人が殆どいない。午後三時過ぎのふとした小休憩。
 スマートフォンで連絡先のメモリーを必死にスクロールした。解約した携帯からも移したから、結構な登録数なのに…飲み屋の連絡先や仕事だけの付き合い、卒業以来一切連絡を取っていない奴…
 …俺は愕然とした。こんな事情を話せる相手が見つからない。
 見つかったとしても、話して分かってもらえることなのかどうか ー

 「ヨシ、お前そんなにお人よしだっだっけか?責任持てるのか?」

 定時を過ぎようやく心を決めて電話したのに、ここまではっきり言われると、固い意志を持ったつもりでも結構凹む。俺を一番理解してくれる佐藤でさえこうなのだから。
 もちろん、逃げられた莉紗に相談できる筈はない。連絡先も強制的に消されて分からない。万が一メールを送ったとしても、俺への言葉などある筈もない。
 
 そりゃあそうだ。思い出したくもないだろう。
 子供は今、当然莉紗のものだ。

ー つづく ー

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