小説 俺が父親になった日(第二章)~俺たちの始まり(1)~
洗濯したての服を入れたレジ袋を左手に、手を繋ぎながら俺とキラは駅前へ向かった。目的地は駐在所。何の手掛かりもないのだから、嫌でも頼らなければならない。
「あ、あんた。どうしたの……えっ!?あ、あんたまさか、遂に!?」
「ち、違うっすよ!」
やっぱりか。予想通りの言葉を浴びせられ、俺は苦い顔をして頭を掻いた。
何故こんなことを言われるのかと問われたら、過去に何度も世話になった「前科者」的なヤツだからだと答えるしかない。
俺は妻から訴えられた。なんとか犯罪者にはならずに済んだが、それに準ずる取り扱いをされている。たった二年と数ヶ月で離婚を余儀なくされ、今は慰謝料のためだけに働く日々を送っている。
都内の私大から就職難の時代に、そこそこ名の知れた中堅商社に入った。意気盛んに働き詰め、それなりの収入、それなりの出会いを難なく手にして鼻も高かった。
だが離婚を機に、それは見事にへし折られた。
今考えると、部活の先輩の口利きがあったから就職できただけのこと。俺自身の才能の賜物だという愚かな勘違い。そこから生まれたただのワーカホリック。仕事以外を失ってもなお、自分の過ちさえまともに受け入れられない最低最悪の男。
そう。俺はキラのことをどうこう思い遣る立場になど決してなれない人種なのだ。腐って生きているのもそれが理由だ。
「…ったく、反省の色もなく…」
「だから、違うって言ってんじゃないっすか!?」
俺は事の顛末をできる限り詳細に、オーバーなリアクションを交えて守谷巡査長に対して説明した。キラは折り畳み椅子にちょこんと座って、ダーッだのシャーッだのと擬音だらけで焦り大声で話す俺を、不思議そうに黙って見ていた。
「ふーん、ただの迷子じゃなさそうだな…ねぇキラくん。そのリュックの中、おじさんに見せてもらってもいいかな?」
色黒で一見粗野な風情の守谷巡査長だが、俺なんかと比べ物にならない程自然にしゃがんでキラの視線に合わせそう尋ねた。キラは黙って頷き、両腕でしっかりと抱えていた水色の小さなリュックサックをその両腕で差し出した。
ヒントはすぐに見つかった。リュックの中に隠れていたタグの文字。
「…堀ノ内かぁ…なんか聞いたことあるな…ちょっと待っててよ」
巡査長は無機質なデスクの上やロッカーの中を探り始めた。そして思いの外、手掛かりはすぐに見つかった。
「ほら、あんた。これこれ」
「いい加減『あんた』っての、やめてもらえません?」
そう言いながら俺は、巡査長の指差す新聞のスクラップへと歩みを進めた。
そこには今年の冬に起きた交通事故の小さな記事があった。
間違いない。キラの両親は亡くなっていた。同乗していたキラは助手席にいながらも奇跡的に一命を取り留めたのだ。
堀ノ内貴羅…想像より普通に読める名前だ。変なことに変わりはないが。
一気に点が線で繋がった。俺がお願いするまでもなく、守谷巡査長は電話を手に取りキラの帰るべき場所を探してくれた。
そこは父親の弟夫婦の家だった。電話で守谷巡査長は引き取るようにと願っていたが、何故か相手は行けないと言っているようだ。事情を聞くために、そしてキラを引き渡すためにそちらへ向かうと、巡査長は相手に告げた。キラは若い女性巡査に渡されたピーポくんのぬいぐるみで、なんとも楽しげに一人遊びをしている。
何故か俺は、そいつらの顔が見たくなった。放っておいたらどうなるか分からないこんな小さな子供を放り出して、引き取りに来ないと言うそいつらの顔が。俺は執拗に守谷巡査長に食い下がり、一緒にパトカーで目的地へと向かうことに成功した。
ー つづく ー