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小説 俺が父親になった日(第三章)~薄っぺらな覚悟(2)~

 親らしいことなんて殆どしなかった。彼女に責任を全て押し付けてしまった。
 むしろ自分の息子がしたことでさえ、何か音を立てたりするだけでも苛立ち、反射的に怒鳴っては、家中を陰鬱な空気にさせていた…のだそうだ。
 俺は自分がそんな状況を作っていることに一切気付きもしなかった。
 裁判で向こうの言い分を聞いた時、俺の何が悪かったのか、さっぱり理解できなかったのだから。

 そんな俺が丁度同じ年頃の男の子を連れ帰ったというのだから、無責任だと言われるのも当然か。


 何もできないまま諦めて、定時にオフィスを出た。
 託児所までキラを迎えに行く間にも、手を繋いで帰る間も、的が絞れないままやるべき筈のことが頭の中をグルグルと駆け巡っていた。
 昨晩からずっとこんな状態なのだ。仕事に集中できる訳がない。
 俺は今までの自分がいかに自分のことしか考えていなかったか、いかに楽をしてきたかという事実を突き付けられていた。
 今はただ、目の前で起こる思いも寄らない全てのことを、訳も分からないまま一つずつ片付けていくしかなかった。

 マンションに戻るとポストには不在通知が入っていた。
 送り主の苗字は堀ノ内、内容は「衣類等」と書かれてあった。今なら再配達をしてもらえるようだ。
 送られてきたのは大きな段ボール一つ。服、おむつ、幼稚園用のバッグや食器などが乱雑に突っ込まれていた。
 別に頼まれた覚えはないが、頼む姿勢が全く見えない箱の中身に俺は腹が立った。一番上に置かれたあちこち凹んでしまった茶封筒から書類を出してしばらく眺めた後、それをPCデスクの上に置いた。

 「…ったく、なんだよこれ?」

 段ボールから何の気なしに次々と服を手に取って広げてみた。
 洗濯はしてあるようなのだがどこか拭えぬ違和感…俺は気付いてしまった。
 昨日買った服だけが、今のキラのサイズなのだと。
 引き取られてから一着も買ってもらってなかったのか…。
 誰にぶつけられる訳もなく怒りが込み上げ、噛み殺すように拳を段ボールに突き出した。
 昨日洗濯したキラの服はベランダで揺れていた。キラの思いを語るように、窮屈そうに揺れていた。

 「キラ、これ着たいか?」

 俺の手の内で広げた黄色いシャツを目にしたキラは、俺の予想を遥かに超えた不機嫌な表情で「やだっ」と首を横に振った。ジーンズも同じ反応。やっぱりな。

 「今度の休みまで、我慢できるか?」

 「やだ」
 さっきの勢いをそのままにキラは首を横に振った。本当に嫌そうな顔だ。買ったのは二着か。洗濯機はしばらくフル稼働だな。

 明日の一大イベントは幼稚園への送り迎えだ。書いてある場所はここから十駅、しかも路線が違う。対して俺の職場は真反対の新宿。相当早起きしないとな。

 やるべきことが徐々に明確になり、俺の肩にも徐々に重荷が現実としてのしかかり始めてきた。

 「幼稚園、行きたいか?」

 「うん!」

 躊躇なく笑って返事するキラを見て、そうだろうなと俺は一つ息をついた。

ー つづく ー

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