小説 俺が父親になった日(第五章)~誰かのために生きること(4)~
「おぉ…」
擦れた小声でキラは感嘆の声を上げた。
ポテトサラダのバースデーケーキ。何気ににんじんは星形で、切ると中にはゼリーに包まれた豚冷しゃぶ肉。随分と手が込んでいる。
カウンター越しに笑みを浮かべる不二蔵の大将は、見かけによらず結構ロマンチストなのかも知れない。
帰り道も肩車。リスク回避としてケーキの箱は俺が持つことにした。
頭をしっかりと掴むキラの手のひらは柔らかくて、温かい。会話が途切れるとその感触をより一層敏感に感じる。
寒さのせい?いや、それだけではない。
あともう少しで家に到着する頃、キラくらいの男の子の靴紐を、父親が結び直しているのが見えた。
「こんなの珍しく履こうとするから…」とか言っているのが聞こえた。
あぁ…紐を結ぶのがヘタクソだった頃、親父、俺のサッカースパイクの紐をよく結び直してくれてたな…ん?
ー えっ? ー あれ? ー そういうこと?!
「あっ!」
思わず声を上げていた。「なに?」とキラが頭上から俺を覗き込んできた。
お前が肩車をねだったのは、ずっとパパにしてもらっていたからなのか?
こんな風にお前はいつも、父親の頭に両掌を食い込ませていたのか?
会えなくなってから今日までずっと、大好きだった肩車を、大好きだった父親のしてくれた肩車を、我慢していたのか?
恥ずかしそうに俺に告げるまで誰にも言えず、思い出だけをその小さな胸の内に抱えたままで、ずっと今まで…
あくまでも俺の直感。勝手な想定。
本当でも勘違いだとしても、キラに真相など聞ける訳がない。残酷だ。
親のことを無神経に尋ねたあの日の俺のようなことは、もうしない。
「なぁ。誕生日じゃなくっても、いくらでも肩車してやるよ」
「わーっ」と弾んだ擦れ声が頭上から聞こえた。その声以上にはしゃいだ身体がやたらと揺れた。俺は踏ん張れるよう、咄嗟に猫背の姿勢になっていた。
言いたいことを言えないなんて、俺はまだ、キラに警戒されているのかな。
俺もまた、そう思われてしまうように、腫物に触るようにお前と付き合っているのかな。
確かに俺は「他人」…それは事実だ。どうやったって揺らぐことのない真実。
やっぱり俺は、お前のパパにも、ママにも、とても追いつけない。
まだ四ヶ月しか経っていないのだけれど、多分これから先も、簡単に追い付けそうもない。
お前にとっての俺はただの「ヨッシー」。俺は今もこれから先も、親子でも、友達でもない「ヨッシー」にしかなれないのかも知れない。でもー
ー俺、お前の思い出したくないことなんて、絶対に聞かないから。
だから、俺にも嬉しかったこと、もっと教えてくれないか?
もう一度その楽しかったこと、一緒にやろうぜ。
俺、お前の思い、ヘタクソかもしれないけれど、頑張って受け止めるよ。
そうしたらそのうちでいい…お前の寂しさを、俺に分けてくれないか。
悲しい気持ちも辛いことも、もし話したくなったら…話せる時がいつか来たなら、ヘタでもいいから、ゆっくり聞くから、話して欲しい。
それが俺の、ラストチャンスをくれたお前へのお返しなんだ。
今日はキラ、その名の通り、お前がキラキラと輝いて生まれてきた記念すべき日だ。
そのお祝いをこうやってできて、お前のやりたかったことができて、俺は嬉しいよ。
でも、苺だけ食べてケーキをマンガのチーズみたいに穴ぼこだらけにするのは、止めてくれないかなぁ。
ー つづく ー