『ルポ リベラル嫌い』が映し出す、SNS時代以前の社会分断の本質
『ルポ リベラル嫌い』の内容を踏まえると、特に注目すべき点は、リベラル派思想が欧州や日本の社会に与えた影響や、それに伴う「分断」の問題に対する批判的な視点です。
このテーマを、SNSメディアの普及前から始まったヨーロッパにおける社会的分断と、それがリーマンショック後の緊縮財政下でどのように影響を与えたかに関連づけて考えると、社会的・経済的な背景がより鮮明に見えてきます。
ヨーロッパにおける「分断の構造」
SNSメディアの普及以前から、ヨーロッパでは政治的、社会的な分断がすでに存在していました。特に、移民問題、労働市場の格差、失業率の上昇などが、社会の中で異なる価値観や利益を持つグループ間に亀裂を生みました。
リベラル派の思想が広がりを見せる中で、自由貿易やグローバリズムが推進され、経済的な格差が拡大し、特に低所得層や労働者層はその影響を大きく受けました。
リベラルな政策が社会全体を均等に豊かにすることを期待する一方で、実際には、特定の都市部やエリート層が恩恵を受ける形になり、地方や低所得層は取り残されることになったのです。
リーマンショック後の緊縮財政と人々のストレス
2008年のリーマンショック後、世界経済は大きな混乱に見舞われ、ヨーロッパ各国は厳しい緊縮財政を強いられました。
特に南欧諸国(ギリシャ、スペイン、ポルトガルなど)は、財政赤字の削減と公共支出の削減を強化し、国民の生活水準に大きな影響を与えました。これにより、低所得層や若年層を中心に失業率が高騰し、社会的な不安が広がりました。
リーマンショック後の経済的混乱の中で、多くの国民が自らの経済的困難を、グローバリズムや移民受け入れ政策、またはエリート層の優遇策に結びつけて批判するようになりました。この状況が、後の極右政治やポピュリズムの台頭を助長し、社会における「分断」を一層深めた要因となったのです。
分断の源泉:歴史的な背景における二項対立
経済や福祉支援が行き届かなくなると、それを補う形で「国民対移民」「富裕層対貧困層」など、さまざまな二項対立の構図が生まれやすくなります。
こうした対立は、歴史的にも多くの社会や国で見られたパターンであり、特に経済的な困難が深刻化すると、社会的な分断が顕在化しやすくなります。
国民対移民: 移民の流入が、特に経済的に困窮している層にとっては、仕事や社会福祉資源を奪われるように感じられることがあります。これが反移民感情を強化し、「自国第一主義」の立場を強くする要因となります。移民問題は、特にEUのような統合体で顕著であり、共通の移民政策が各国民の不満を引き起こすことがあります。
富裕層対貧困層: 経済的な格差が拡大すると、貧困層や中間層は、富裕層が不景気の中でも利益を得ていると感じることが多くなります。このような不満が高まり、社会的な分断を生み出し、貧困層が支持する政党や運動が台頭します。
エリート対一般市民: 政治的・経済的なエリートが、自分たちの利益を守るために政策を決定しているという認識が広がると、一般市民との間に対立が生じます。特に緊縮財政など、厳しい経済政策が導入されると、エリート層と市民層の間での亀裂が深まることがあります。
経済的不安や社会的な格差が拡大する状況は、歴史的にも何度も繰り返されてきました。
例えば、産業革命後の階級闘争や、戦間期におけるナショナリズムと社会主義の対立など、経済的困難や社会的不平等が深刻化することで、特定の集団(移民、労働者、エリートなど)に対する不満が社会的な対立を生み出しました。
なぜコロナ以降、数多くの先進国で分断が起きているのか
パイの拡大が難しい時代
過去の経済成長期には、労働者の所得が増え、経済全体のパイが自然に大きくなるという前提がありました。
政府はこの成長の恩恵を民間に分配し、貧困層や中間層を支えることができました。
しかし、現在のような成熟した経済や少子高齢化が進む時代においては、単純に経済が成長し続けるわけではなく、むしろ労働市場の構造変化やグローバル化による競争激化、技術革新の影響で多くの仕事が自動化や海外移転などで消失しています。
分配の問題と社会的合意
国民間で、どの層がどれだけ支援を受けるべきかという問題が重要になり、これが分断を招いています。
特に、社会保障や福祉の枠組みが変化する中で、どの層にどれだけ支援を行うかという「線引き」が必要となりますが、この線引きが非常に難しく、時に政治的な対立や社会的不安を引き起こします。
線引きの難しさと社会的合意の形成
「線引き」が難しいのは、単に経済的な視点だけでなく、社会的な価値観や公平感に関する問題が絡んでいるからです。
誰が「支援を必要としているのか」、どの層が「真に支援を受けるべきか」という議論は、経済的なデータだけでなく、社会の倫理観や価値観にも関わる問題です
強く問われるリベラリズムの核となる価値観
現在、経済的な不均衡や社会の分断が深刻化する中で、リベラリズムの核となる価値観である**「格差是正」や「自由と平等」**が強く問われる時代になっています。
格差是正や自由と平等の問題が浮き彫りになり、リベラリズムの価値観は再評価されています。
伝統的なリベラリズムが強調してきた自由市場の理論や個人主義的な価値観が、現代の格差拡大や社会的分断の中でどのように進化すべきかが問われています。特に、社会的な福祉や環境問題への対応において、リベラリズムがどのように役立つかという視点が重要です。
結論として
リベラリズムが掲げる自由や平等は、経済や社会の現実にどのように対応していくかが問われる時代に突入しており、これは日本を含む多くの先進国で共通の課題となっています。
とはいえ例えば右派が掲げる自国第一主義の政策を「人種差別」として批判することなども誤りであるとも言えます。書籍を踏まえて語ってきたことを考えると、こうした人々の不満の源泉もまた冷静に理解していきながら、議論や思考をしていく必要があるということです。
社会的な分断が深まる中で、リベラリズムがどのように社会全体の利益を調和させ、解決策を提示できるのかが、今後ますます注目されるテーマです。