新幹線と自動運転
先日、東海道新幹線が開業60年を迎えたという記事を書いたのですが、東海道新幹線が出来て間もない頃に盛んに宣伝されていた、その時代の「新しい技術」について思い出しました。
還暦を迎えた東海道新幹線
鉄道の信号システムは基本的には信号を目で見て運転手が判断するもので、新幹線が出来る以前から、その判断ミスが大きな事故を招き、人間の力だけに頼るのでは無理があるというのでATS(自動列車停止装置)というのが導入されはじめていまいた。
新幹線というのは時速200キロ以上(秒速に直すと60メートル近い)の速度を出せるので、そもそもとして信号が見えるのかという問題があり、信号機を線路に設置するのではなく、電気信号で列車に伝え運転台に表示することにしました。さらに停止する必要があるかだけではなくATC(自動列車制御装置)を開発し、その時点で出しても良い最高速度を伝えるようにしました。もし運転士が信号を見落としても列車自身が「自動的に」ブレーキをかけて速度を指示の範囲に収めるのです。
自動列車制御装置
何せ新幹線が最高速度から急ブレーキをかけても停止するまでには4000メートル程度は必要です。4キロ先に何らかの障害物があったとしても、照明は届かないですし、天候によっては何も見えないこともあります。ある意味で時速200キロの世界は、人間の能力を超えたものであるので機械によって補わなければならないという判断がされていたのです。
そして営業運転する線路全体をCTC(列車集中制御装置)で管理し、駅にある指令所からすべての列車の状態を判断して、適切にそれぞれの列車の運行も管理するようにしました。
列車集中制御装置
いずれの技術も在来線(新幹線以外の普通の鉄道)においても列車がたくさん運行されている路線や大きな駅では導入されていたものですが、新幹線ではこれらを全面的に採用し安全を確保したわけです。その効果は驚くほどで、この60年の間に日本の新幹線では信号システムが原因の死亡事故は起こっていません。
もっともこれを実現するのに装置の力だけで済んだわけではありません。運転手はもちろんすべての関係者の継続的な努力の賜物ではあります。自動的に制御されるのであれば運転手なんていらないのでは?という考え方もあるかもしれませんが、装置というのは故障もするものですし、ブレーキだって効き目が確保されているからこそ止まることができるものです。とはいえ運転手自身のモチベーションも大切なので、長い間、ATCの仕組みはブレーキをかけることに限定していて決まった速度までの範囲でどんな速度で運転するのか加速に関しては運転手に任されていました。新幹線は過密なダイヤで運行されていますから定時運行の責任は運転手の力量だったわけです。
それすら最近では「定速走行装置」というものが導入されて、線路の状況に合わせて自動的に制限速度の範囲内で速度を「調整する」ことが出来るようになり、運転手の仕事は装置を「監視する」だけで済むようになりました。確かに制限速度ギリギリで運転するには頻繁に速度の調整を行う必要があり、そんな機械的な作業から解放したほうが、より安全に気を使う余裕が出来るという時代になったのでしょう。
そういう訳で装置に故障がなければ、運転手の力をまったく借りずに安全にダイヤ通りの運行ができるのが今の新幹線です。実際に運転手が突然亡くなるという事態が発生した時にでも車両は次の駅に進入した時点で自動的に停止して事故にはならなかったそうです。自動的に停止する場所がホームに先頭車両が進入した時点になっているのは、ホームから駅員が事態を確認できるため(駅以外の途中で止まってしまうと直ぐに駆けつけられない)で、ホームの定位置に停車するのは今でも運転手の仕事のようです。
ここまで来たので、遂にJR東日本は試験的に自動運転を導入することに決めたようです。もちろん無人という訳ではなく、トラブルが発生した時のために運転手の資格を持つ乗員がおそらく車掌として乗り込んでいるのだとは思いますが。
東海道新幹線、自動運転試験を初公開 28年導入めざす
新幹線の自動運転
https://www.jreast.co.jp/press/2024/20240910_ho03.pdf
https://company.jr-central.co.jp/company/technology/_pdf/report_02.pdf
まだ開業は少し先ですが、そもそもリニア新幹線は、その速度の制御は軌道に流す電気で決まるものなので、運転は車内ではなく指令所で制御することにはなると思います。そうなるとケーブルカーみたいなもので、運転台に陣取るのは意味的には運転手ではなくて車掌にあたるのでしょう。もっとも時速500キロとなると、何かを目で見ても対処が間に合うかといえば無理がありそうで、出来ることといえば装置の監視と現場の情報を指令所に伝えて実際の対処を行う整備士のような仕事になるのかもしれません。
ところで人間の力と装置で安全が確保されるのかといえば、それだけでは不足です。新幹線という今までと異なる鉄道システムを作った際には、それに対応するための仕組みと法律も用意しました。まず踏切というものを廃止しました。踏切があるとそこでトラブルが起こりうるので目視できる600メートル以内に停止することが義務付けられています。先にも触れましたが新幹線が止まるには4000メートル以上は必要なので、これを満たすことはできません。それで踏切を作らなくても良いように多くの線路は高架として立体化された線路を引いたのです(在来線でも踏切をなくすことで高速に運転できるようにしている路線があります)。(速度の出ない車庫周辺であるとか在来線に「乗り入れている」ミニ新幹線には踏切はあります)
また線路内に立ち入ることは法律で禁止されていて(在来線は踏切もあるので立ち入らざる得ないです)、もし侵入したり何かを投げ込めばそれだけで犯罪になります。新幹線のためにわざわざ法律を作ることまでして安全を確保する必要があったわけです。
話が代わって、最近は自動車の自動運転(この言葉、何だかオカシイ)が話題になることも多くなっていますが、技術の進歩があったものの、基本的に人間と同じようにカメラで見て周囲の判断をするのが基本です。人と違ってカメラが信号機をうっかりして「見落とす」ことはないかもしれませが、そもそも何らかの理由で見えないことだってあるでしょうし、電波などで情報を直接やりとりすることも将来の課題です。何らかの異常事態に強制的に停止する装置も無いですし、道路交通に関する新しい法律が出来るのかもわかりません。人が事故を起こすのだから機械も事故を起こすことがあると諦めているのか、実は自動運転が実現できるなんて誰も信じていないのかもしれません。鉄道の前例を見れば、人が事故を起こしてしまうので、機械がカバーすることで安全を担保してきたのですから、自動運転に関しても人を超えるような結果が出るような仕組みと体制を作らなければ何のためなのかとは思ったりもします。
ヘッダ画像は、0系新幹線の速度計。以下のものを使わせていただきました。https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Shinkansen_0_kei_ATC_signal.jpg
Toshinori baba - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=68815547による
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