あの日から1年なんとか生きました
出張カメラマン & 出張美容師 祝1年
7月7日。
自業自得。自分を信じずに他人に縋って生きたツケが回ってきた。
実力不足、自分への過大評価、決断力の不足、詰めの甘さ、人間力の低さ、
自分は何者でもないとわかってたけど、思い知らされた日。
帰り道はあまり覚えてない。
何もかもどうでもよくなるってあのことなんだと思う。
寝たのかも覚えてない。
いつもの朝。朝のルーティン。
いつもの服。いつものカバン。
もちろん何も喉を通らなかった。
天気はよかった、車に乗っていつもの通勤路。
めまいと吐き気と動悸とか細い呼吸。
いつもの路の途中の駐車場。溜め息、深呼吸、溜め息、深呼吸。
ハッとした。心はとっくに壊れてたんだ。
『全部やめよう』
連絡先もSNSも切るしかやり方がわからなかった。
これからどうするかなんて考えてなかった。
とにかく 今 から逃げる方法が欲しかった。
後悔はしてない自分に失望したってだけ
どこからかなって考える。
自分が歪んだのは。明確な日はある。
写鏡なのはよくわかってる。魅力も面白さもないから今がある。
1人でどうにか生きていくしか方法を知らない。
人に頼るやり方を知らない。
全部自分でできればいいのに、至って凡人だと言うことを、
毎日毎日思い知らされる。
自分は何者でもない。わかっていても受け入れられない自分がいる。
めんどくさくなって辞めようとした日は何度だってある。
でも辞められない。まだやるべき事があるのかな。もういいんだけどな。
かわりに気づけた生かされてるということ
生きててよかったってあんなに言われることってそうそうないよね
『全部』のうちに 生きる が含まれなかったのはきっとその言葉のおかげだった。
と思う。
本心かどうかもわからないし気持ちはこもってないかもしれない、
それでもその言葉に縋ったってことは存外自分が思うよりも何倍も、
まだ生きてたいって思っちゃってんだろうなぁ。ダッセェ。
あと何年生きてるかわからない命の使い方
ある意味自分のことだけ考えて余生を生きるわけだから、
生きがい感じて最後を迎えたいわけで、
自分と関わる人のために経験や知識を使って生きたい。
もちろん新たな出会いも大切って考えもわかる、
でももう、不特定多数の見ず知らずの人に興味がないみたい。
大切な人の繋がりが新たな出会い。もうきっとそこまで。
その他の出会いはきっと必然。ご縁しか興味ない。
“美容師”としても“カメラマン”としても“かず兄”としても、
自分の大切な人の為に使っていくよこれからも。
よろしくね。