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Dual Residence:サくら&りんゴ #29
ズッキーニの花と旅の記憶
花はフリッターにして食べられるよね
裏庭の野菜畑を見に来たLaurieが言った。
そうだ、ズッキーニの花のフリッター!
私はそれをすっかり忘れていた。
雌花がついてほどなくその根元が膨らんで、そして緑色のぴかぴかのズッキーニが育って行く。
だからそこばかりに気を取られて、雄花を摘むことなどすっかり頭から転げ落ちていた。
それは同級生ナノカと一緒にイタリア旅行をしたときの事である。
トスカーナでお料理クラスに参加した。知り合いの日本人女性がそこに住んでクッキングスタジオを営んでいたのである。
クラスは食材を買うことから始まって、その時行った地元市場で初めてズッキーニの花を見た。ズッキーニは食べているのに花は教えられなければわからなかった。それは橙色に近い黄色をして木箱の中に詰められていた。
東京のファーマーズマーケットで見るホウレンソウやトマトと同じように。そこにいて当たり前のように無造作に。
その日の献立のひとつがズッキーニの花のフリッター。
確かアンチョビと、チーズはモツァレラだったか、花のつぼみの中にさしこんで、軽くねじって戻して、オリーブオイルで揚げる。
花弁はサクサク。中から出てくるチーズがとろりと口の中に広がる。アンチョビの塩気がもうひとつと食欲をそそる。
ほかにもトマトソースのパスタなど色々作ったと思うが覚えていない。ただこのズッキーニの花のフリッターをすっかり気に入って、東京に戻ってから花を探した。しかしズッキーニは売っていても花を見かけることはついになかった。馴染みのイタリア料理店のシェフに聞くとシーズンが限られていると言われ、そのピンポイントの時期に合わせて来店することもできなかった。
こんな風にズッキーニの花を追っかけていたのに、そのことをすっかり忘れていたとは。
さっそく朝一番のアーシング時間に花を摘む。ズッキーニは少なくとも20本は収穫したあとで、そろそろ終わりかなと思っていたような時期である。
かろうじて三つ。雄花をナイフで落とす。
冷蔵庫の中を探すもモツァレラチーズもアンチョビもなし。
仕方ないのでスイスチーズとパルメジャーノレジャーノとゴートチェダーをそれぞれ細く切って花の中に差し込む。オールパーパスの小麦粉もなし。こちらはひよこ豆の粉を代用。そしてオリーブオイルで揚げた。
うーん、残念ながら外はサクサクとはいかず。
しかし丸ごと口に入れると、ズッキーニとわずかに違う花の味を私の舌が覚えていた。
そしてとろけ出るチーズは、スイスチーズでもゴートチェダーでもなくやはりパルメジャーノレッジャーノがその花の味にピッタリである。
あの旅のトスカーナの乾いた空気、フィレンツェの古い石畳の匂いが鼻腔の中に舞い戻ってくる。
数えてみるともう八年も前の事であった。
昔は旅をすると、そこで出会った匂いが旅のスクリーンショットと共に脳裏に保存された。
それらは厳密には、何の匂いかわからないのだけれど例えば
タイ、バンコクのチャオプラヤー川にナンプラーが混じったようなにおい。
L.A.のスーパーマーケットの食品
ローマの古い建物と埃とガーリック
シルクショップなのに漂ってきたキムチの匂いはもちろんソウル。
年齢を重ねて出会ったカナダでは、私はもう匂いのセンサーを失っていて、初めて来たときの特別な匂いの記憶が残っていない。
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