ネタになると思ってね、と彼女は笑った。
確か高校1年の夏、彼女と出会った。その時、ぼんやりとこの屋根裏の隠れ部屋に行ってみたいな、と思った記憶がある。
アムステルダムを旅していた時に、あ、そういえば、と急に思い出してスマホで調べて行ってみた。2重3重の長蛇の列で何時間並んでも入れそうにない。己の毎度のノープランを呪った。ネット予約が基本だと知り、翌日は売り切れで翌々日に空きがあったので予約した。気楽な1人旅でよかった。
基本的に家具などは残っていなかったが、例の屋根裏に続く本棚の隠し回転扉があって、こんな感じだったのか、と感無量であった。
彼女の名前はアンネ・フランク。高校の夏に読んだのは「アンネの日記」。
どう考えても状況最悪、メンタル崩壊の記録になりそうだが、悲惨な話でも可哀そうな話でも泣ける話でもない。屋根裏部屋で恋のようなもの!も経験する。
中でも私が特大に気に入っているのは、物書きになりたかった彼女が、この時代が終わったら、この屋根裏部屋での隠れ家生活は「いいネタ」になる、と思っていたことだ。
「いいネタになる」ですよ、奥さん。やばくない?
この視点。最高!!
絶望的な状況。理不尽の極み。悪いことなどしていないのに、見つかったら即、アウシュビッツ。かくまってくれてる人も一発でアウト。ナチスを逃れて屋根裏部屋で息を潜めて暮らすユダヤ人たち。この状況下!この状況下でも人は「希望」を持たずには生きていけない。そういう生き物なのだ。
誰だって「過酷な現実」をおみまいされれば一瞬はヤラれる。だけど不幸ばかりにフォーカスしていると、不幸が増大して「だま」になってやってくる。だから早急に気持ちを切り替えねばならない。どう切り替えるか。
絶望も「作家的視点」「詩人的視点」あるいは「YouTuber的視点」を持っていれば「全部ネタ」。
現実にめり込むほどに囚われてしまうのではなく、現実からちょっと引いて俯瞰してみるこの視点が、これからの私たちを助けてくれるだろう。希望とユーモア。
彼女は送られたアウシュビッツから戻ることはなかったが、世界中で一番読まれた日記のベストセラー作者として名を残すことになった。短い青春を思いっきり駆け抜けたあの輝きは、決して「可哀そう」などではなかったと私は思う。
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