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「猿回し」について考える。

午後から太陽が出たので、近所の大きな寺へ散歩に行った。
広い境内の片隅で、猿回しをやっていた。

もう7日で平日だったので、お客はたったの三人で、なんか悲しい感じがした。だから、ちょっと見ていくことにした。

元々、動物愛護やanimal rights(動物の権利)の観点から、「猿回し」ってどうなの?と思う私。可愛いとというより、可哀想と思ってしまう。

そんな私が見物するのはどうなの?
サステイナビリティ系友人に言ったら、「絶対見るべきじゃない!サポートするな!」と言われそう。

でも訓練して、お披露目する席にお客がいないのは、もっとかわいそうな気がした。

また、猿回しの芸人さんが若い女性だったのも、興味深かった。お猿とご縁のある人なんだなぁ、と勝手に思った。

だから座って、見物することにした。

芸人さんが、「手拍子や声援を沢山いただけると、ハナちゃん(仮名)もっと頑張れるんです!」と言われると、つい大きなリアクションや手拍子をしてしまうのが私の性格。

類人猿の表情について知らない。でも、ハナちゃんは、ちっとも幸せそうには見えなかった。ただ調教されたことをこなす。全て段取り通りやることが仕事って感じに見えた。

でも、お猿さんは、私の想像以上の運動能力で高いハードルや幅の広い飛び越えをやってのけて、心から驚いた。

芸が終わる頃には、知らぬ間に聴衆は3倍ぐらい増えていた!

それをちゃんと、猿回しの芸人さんは見ていて、「ここに喜びを分けていただければ幸いです」と1000円札の沢山入ったザルを差し出した。

私は面を食らった。そっか、ちゃっかり座って観てたけど、お金が必要だったのだ!でも、近所に散歩に出ただけだから、現金を持ってないし・・・

「現金、持ってないの」と猿回しの芸人さんに正直に伝えたら、軽い笑顔で通り過ぎていった。

・・・
サステイナビリティを真剣に考える者として、私の行動はどうだったのだろう?

私は、社会的に自分が良しと思わないことに、お金を出さないことが、それを良しと思わないことに投票しているようなこと、と通常考える。

動物の自然意志を無視して、狭い檻に入れたり、人間の思う芸をさせることは、人間のエゴでしかなく、奴隷オーナーと何も変わらないと私は思う。だから、今から新しく動物園やシーワールドに入れる動物を捕獲したり、サーカスで芸する動物を調教することには大反対。

でも、これまでの風習や制度で既に飼い慣らされてしまった動物をどう倫理的に管理していくかは別と考える。だから、もう既に猿回し業に従事している猿たちをサポートすることにはお金を出したかったので、恥ずかしい気分。

短い時間に、なんとも複雑な思考・感情が入り乱れた。

まぁ、今回は人一倍、大きな声で笑ったり、拍手したり、「さくら」の役目は果たした気はする。そのせいで、人は沢山集まったから、良かったかな?

ちょっとGoogleしたら、「猿回し」は、8世紀に日本に伝わった、とっても古い芸能らしい。たぶんお猿さんの調教にも伝統的なノウハウがあるのかと察する。


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