読了記 ~早送りで読めるトレンドレポート~

稲田豊史『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ——コンテンツ消費の現在形』光文社新書、2022年04月
大晦日に借りて読みだした本。けっこう気になってたのでいい時期に紹介してもらったと思います。この本の貸し借り、定期的にやりたいです。

サブタイトルを素直に受け取ってトレンドレポートとして読み取れば勉強になることが多かった。体験をベースとしたアンケート調査がエビデンスなので、トレンドとして位置付けるのも慎重にすべきとも思うが、実感とも合うのでそこはスルー。背景の深掘りとしては物足りないものが多く、「もちろん」とか「なんといっても」のように誰でも知ってる話だし誰でも想像がつきそうな話なので、意外性はなんもない。
だから、「いま若い人はこうなんです」という報告書として受け止めるのが一番ずれが少ないように思う。

映像メディアの進歩史と芸術表現の推移を分析していた部分が厚みを持ってくるのかと思っていたけど、そこまで紙数が割かれなかったのが残念。
映画もTVもラジオも、登場当時はそれまでにあった芸術・芸能の下位互換として受け止められており、それが市民権を獲得していく過程があって、結局動画サブスクやその視聴方法もそうした時間軸の一過程を経過している最中なんだ。という指摘は芸能・芸術史上の重要な意味を持つだろうし、本文でもテクスト論等のいくつかの思想潮流を念頭に置いた検討もされていて、重厚感・多層感も持たせようと思えばできたと思う。
ビジネス誌掲載がきっかけになっているようなのでそこまで踏み込むのは想定読者のニーズからズレるんだろうけど、トピックにはそれだけの力があると思う。

といいつつ、この話題にテクスト論を持ってくるのはやっぱり違うと思う。
「視聴する側が好きなように視聴すればいい」という「投げやりな主張」と、「テクストを生成する主体と読解する主体は根源的に異なる」という「悩ましい思考法」は志向する対象が異なるように思う。筆者も「倍速視聴肯定派の論はテクスト論などの思想潮流ほど練られたものではない」としているが、そもそもそうした思想潮流の中にプロットできるほどこのトレンドは確立したものではないだろうし、プロットできるほど思想潮流を解読・記述しているようにも思えない(少なくとも本書では)。新書版にパワーアップする際のリップサービスなのだとしたら、ぜひそうした世界全体の流れの中での落ち着いた整理として続編を期待したい。

去年は文庫を漁る一年だったので、新書がけっこうたまった。2023年は私的新書大賞が激戦になるといいな。

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