憧れのかたちって
ちょっとした日記を書いていこうと思います。
先日、社会人になったばかりの友人が仕事をやめたそうです。
詳しい理由は聞いていないのですが、”夢を追いかけるため” という情報だけは入ってきました。
それを聞いた率直な感想としては、”かっけぇな” でした。彼は好きなことにはとことん突き進むタイプなので、彼らしいなと思いました。
そういうまっすぐさに尊敬の念を抱くし、憧れのまなざしを送っています。
かくいう自分は、チキンです。将来のことを第一優先に考えてしまいます。ここで仕事をやめて、路頭に迷ってしまったらどうしよう。
ずっとその思考回路から抜け出せず、ずるずると23年間も生きてきました。
その考えも決して悪いことではありません。慎重派、丁寧、王道。レールから外れない人生を送ることを正としているのです。かっこいい言葉に置き換えるならリスクヘッジができる人とでも言っておきましょうか。
仕事をやめた彼も考えなしにやめたわけではないようです。仕事をやめたと聞いて、速攻でDMを送ったところ、”売れるかホームレスになるかギャンブルやね”、”人生楽しいねぇ” と返ってきました。YouTubeに本格的に力を入れていくそうです。素直にかっこいいと思いました。何回かっこいいと思えばいいのでしょうか。
好きなことをやっている・成功しているから憧れるのではなく、自分のために・自分の夢をかなえようと行動するその姿勢に憧れているのでしょう。
もちろんレールに乗ったまま努力をしている人にも憧れはあります。でもレールに縛られない人生を送ろうとする人は大尊敬です。悪い言い方をしたら”後先考えない人”と捉えられることも少なくないでしょう。
でも、自分の人生なんだから何しようが自由だ。自由はかっこいい。
私には憧れの人がいました。厳密には"今も憧れている"ですが、そんな彼とももう連絡をとれていません。
このnoteを読んでくれる機会があったらまた連絡ください。いつまでも待ってます。
見た目はただの脳筋バカ。頭悪そう。それが正直な第一印象でした。でも、話していくと言葉の一つ一つに、行動の節々に何か熱いものを感じ取れるような人でした。実際は自分より何倍も頭のいい人でした。
人って面白いもので自分にないものを持つ人間に憧れるものなんですね。これが憧れなのか。そう思わせてくれるような人でした。
見た目からは想像できない繊細な心を持った人だと知ったのはだいぶ後のことでした。そうゆう弱い部分をさらけ出しながらも進んでいる彼を、私は一生憧れて生きるのでしょう。
そんな人になりたい。私の中でとてもとても太い、一本の樹が心の中に生まれました。その樹を枯らさないように、沢山の栄養を与えていきたい。
そして、その樹から生まれた果実を多くの人に分け与えられるような、そんな人間になりたい。
どれだけバカにされようと、陰口叩かれようとも、私は夢を追いかけてやるんだ。
今はただのビッグマウス。
でも口に出せるぐらいには成長できてるのかな。
そんなことを感じた、社会人2年目の夏です。