ホタテ騒動で色々思うこと
中国のホタテ輸入禁止で色々と騒がしい
普段アクションの遅い岸田総理が報道陣引き連れてわざわざ市場に出向いて
「やっぱ、影響出てますかね?」
とか聞いて回っているのがすごく変な感じ。出てるに決まってんだろ。聞かなくても。で、補助金出すという。
それはいいんだけど、なんでホタテに注目が集まるのか。中国の禁輸は水産物全般なわけだが。
日本の水産物はどこに売られている?
水産庁のデータによると、日本の水産物輸出高はコロナ前の2019年で2,873億円だそうだ。そして、最大の輸出先が香港で29.8%、2位が中国で16.9%。つまり45%が中国向けである。その額は約1,300億円。
全体輸出の最大輸出品目がホタテで全体の15.5%(約447億円)。そのホタテの最大輸出先が中国で60%なので、268億円となる。更にいうと、ホタテ輸出先3位の香港(7.2% 32億円)も今や中国のコントロール下なので、インパクトは300億円というところか。
ちなみにナマコ(208億円)は89.8%が香港だから約187億円。真珠(329億円)はこちらも香港が86%なので約282億円。カツオ・マグロ類(153億円)は中国9.8%、香港9%なので、29億円。ざっと中国香港合わせて主要品目だけで約1380億円のインパクト。水産物輸出高全体の48%がふっとんだということになる。こりゃ一大事だ。
ちなみに、香港政府は2ヶ月前に禁輸アラート出してますね。この時になんか動いたのか、政府は。
ともあれ、ホタテは対中国輸出海産物のエースだということはわかりました。意外。マグロじゃないんだ。
日本産ホタテは高級品で人気、という話
ここのところマスコミが説明している「日本産ホタテは中国で高級品として人気なのです」という話、なんか違和感が。
そんな人気商品禁輸したら、中国の国民怒るんじゃない?食べるの大好きだし高級品も大好きだし、富裕層は日本の人口ぐらいいるんだぜ。そもそも14億人の胃袋を賄うことに腐心している中国政府が人気食品禁輸したら内紛起こらんか?
ところで中国はホタテをどれくらい国内生産しているのか。
なんと180万トン。桁が違う。2位の日本、52万トンの3倍以上。
中国国民一人当たり1.2kg。貝殻付きの重さにしても6枚くらいだし、全員がホタテ食べるわけじゃないから十分余る量ですね。つまり、禁輸しても問題ない。では何故、日本のホタテを輸入するのか。
日本産ホタテの輸出額は年々増えている。2022年は900億円に届いた模様。その60%を中国が占めているという。 笹川財団が運営するnippon.comによると
”干し貝柱が伝統的な中国料理の食材として需要が高いことに加え、近年は日本食ブームで殻付きの生鮮ホタテが北京や上海に空輸されている。”
とある。確かにそうだろう。けど、圧倒的水揚げ量の確保できている中国国産ホタテである。日本産の品質が良くて一部高級ブランドが売れるにせよ、一般人は十分流通していて鮮度がいい国産を消費するだろう。高鮮度が大好きな中国では活水槽で生きたまま販売するのが人気だが、生きたホタテを日本から輸入するにはコスト的にも検疫的にも難しいし、空輸はコスト高。日本の干し貝柱は確かに高品質だと思うけど、そこまで巨大な需要なのだろうか。それでもGDP世界2位の14億人市場だから、高級食材の需要爆発はあるだろう、とも思えるが、なにか引っかかる。
加工輸出というホタテロンダリング
そんな風にモヤモヤしていたら在米中のことを思い出した。
アメリカこそ日本食マーケットの最大ポテンシャルであり、ホタテを食う国民ではなかったか。
上記のグラフで2013年あたりからアメリカ向け輸出は中国以上に大きかったがその後減退してしまっている。日本食ブームはもちろん、普通にホタテ消費世界最大クラスのアメリカなのに。在米時に何度かBBQにお呼ばれしたが、普通にホタテが出てきたし(ボイルか冷凍だけど)、みんな大好きトレジョ(Trader Joe's) ではサシミグレードなる冷凍ホタテ売ってたぞ。コストコでも貝柱冷凍2パウンドで売ってたぞ。
同記事では追加説明がある。
”また、中国の業者が日本から殻付きのホタテを輸入し、むき身にするなどして最大の需要国である米国に輸出するケースも増えている。”
アメリカで買える日本産のホタテは高い。普通に食べるのは国産かカナダ産である。日本では大体1kg3,000円で買える刺身レベルの帆立の貝柱が、アメリカだと50ドル以上する。倍の価格である。でも不思議なことに、Japanese Scallopsと言っといて、袋にはproduced in Chinaとか書いてあった。僕がアメリカにいたことは2016年から2年間。それほど好きじゃないし貧乏留学だったのでホタテはたまにしか食べなかったけど、高級レストランに行けば生や半生の美味しいホタテが、ソテーやサラダ、カルパッチョでサーブされる。寿司屋でお任せを頼んだら、ほぼ必ずホタテは入る。そのくらいのマーケットはあるし、生でも食せる肉厚日本産ホタテは実感値としてかなり出回っていたと思う。なのに、この時期のグラフを見ると、日本産ホタテの対米輸出がギュッと縮んで中国向けが大きく伸びている。
日本産ホタテを国内で加工し、アメリカや欧州のマーケットに売っている。このポーションが大きいのではないか。
農水省とみずほ総研による調査データを見つけた。
これによると、
中国のホタテ消費は年間200万トン、ほぼ国産品
主なチャネルは飲食店。70%は生で販売
日本からの輸入ホタテは年間8万トン
2021年は輸入ホタテの3万8000トンを海外に加工再輸出
朝日新聞の記事だと2022年の日本から中国へのホタテ輸出量は14万トン
と上記の8万トンを全然超えているので、1年で6万トンも伸びたのか。
驚きべきは、輸入したホタテの25%がアメリカへ、14%が香港、12%が台湾、8%が韓国、6%がカナダ、4%がオーストラリア、そして、なんと13%が日本に還流している。アメリカへの輸出は2021年で1万トンを超えている。
仮に中国が輸入するホタテの殆どが日本産だとしたら、少なくとも半分くらいは他国に直接売れたはずのモノということになる。
「日本のホタテはアメリカで人気があるのに輸出額は何故減っている?」
という僕の疑問は、まあまあ説明がつきそうだ。日本産ホタテは中国経由アメリカ行きが増えていた。言い方は乱暴だがホタテロンダリングみたいなもんだ。
何故日本直のアメリカ行きホタテが伸びないのか
ブランドとしては日本産が売れるが、販売者は中国。なんでこんな状況が
起きるのかというと、おそらくは認証の問題である。
世界各国には食品輸入に明確なレギュレーションが存在する。ISO9000、HACCP、SC認証などの国際規格があり、各国独自の衛生局や食品管理局が規定する規格がある。アメリカではFDA、欧州ではBRICSという厳しい規格があり、これを超えないとアメリカ市場で食品を売ることはできない。
さらに、現在のグローバル・リテーラーはサステナビリティに配慮し、国家規格とはまた別の認証を取引魚油車に求めることが多い。今回の水産資源の場合、MSC(Marine Stewardship Council:海洋管理協議会)やASC(Aquaculture Stewardship Council:水産養殖管理協議会)がそれに当たる。コストコやウォルマートなどは取引先にMSC/ASC規格の認証取得を義務付けており、独自のサプライヤー基準も制定している。
MSCやASCの規格は、漁獲・養殖から加工に至るまでのプロセスを基準に沿って実行しているか厳格な審査があるのだが、中国の大手水産食品メーカーはこれをバッチリ取得しているのだ。
ちなみに日本の生産者では、大手だと伊藤忠商事がカツオ・マグロ漁などで取得。件のホタテで取得しているのは北海道漁業協同組合連合会のみ。ニュースで頻繁に出ている青森の漁協は入っていない。つまり、MSC認証を持っていないと、どこかのアンダーに入らないと海外の小売大手には卸せない。FDAなどの規格取得には何年もかかり、申請の労力も大変なので生産者は大手食品メーカーや商社に依存することになる。
中国の大手水産業者は積極的に世界中の規格を取り、そのために生産プロセスを整備・透明化・システム化して、自国だけでなく日本の漁獲資源の加工販売で上手なビジネスをしているのだ。
日本、やられちまったな
汚染水排水問題は、隣国にとっては勘弁してくれよって話なので反発は大いに理解できる。まして、圧力外交が得意な中国は、絶対に厳しいカードを切ってくるのはわかっていた。そして、水産資源を禁輸しても彼らは食っていけるし、世界中の水産資源を集めて高価なマーケットに売る、加工輸出大国になっているのだ。日本の水産業はきれいにこの戦略に浸かっていたわけである。
中国の対外姿勢は全然好きじゃないけど、極めて戦略的でエグい。国家百年の計みたいな遠謀深慮が見て取れる。
本来、日本の国家や企業が日本の海産物をプロデュースすべきだろうに、不況だけでなくサステナブル対応にも乗り遅れ、グローバル市場で下流に埋もれ始めている。
今回の禁輸問題で、しっかりディストリビューション網を構築維持しないと商売には勝てない、って当たり前のことを大きなスケールで突きつけられたように思います。
漁師さんに200億ばらまくのもいいけど、ジャパンブランド品質最高とか、日本食は世界中でブームです、とか騒ぎ立てるのもいいけど、地味で遠回りでも、したたかで実のある施策打っていかないと近い将来ガタガタになるぞ、と思ったホタテ事件でした。